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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第六章 影響
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立場と責務 ③

   ※


 陸上自衛隊の司令官らとの会談を終え、高橋智明はその足で幹部会の発足を宣言した。


 とはいっても、キングである智明とクイーンである優里の補佐に淡路暴走団の大将・川崎実がいて、その下に付くのは淡路暴走団と空留橘頭(クールキッズ)の幹部数名に過ぎない。

 しかし、自衛隊が特例的に外出や日用品の搬入を許してくれたことで、百名ほどの独立運動であっても、智明は統制や組織の縦割りの重要性を意識せざるを得なくなったのだ。


 大人の余裕なのか国家公務員の律儀さなのか、陸上自衛隊司令官川口道心(かわぐちどうしん)は『買い出し班に追跡や検閲は行う』とわざわざ提言しており、これは智明以下独立運動に関わり明里新宮(あけさとしんぐう)に立て籠もるすべての者の一挙手一投足を見逃さないという姿勢が読み取れる。


 つまりはバイクチームの面々のおフザケや戯れを容赦してくれないということだ。


 幸い、川崎がこれに同調してくれ組織づくりの基礎を担ってくれたうえに、指揮系統の構築と班割りまで請け負ってくれた。

 さすがの空留橘頭も長である山場俊一(やまばしゅんいち)が雲隠れしたことと自衛隊と対面したことで腹を据えたようで、分け隔てのない智明と川崎の判断に同調してくれた。


「――では、統制や規律に乱れがないように頼みます。それから、これは自衛隊からの返事待ちになっていることですが、三日後にはまた大事な会談が行われる可能性もあります。もしその会談の場がこの明里新宮になる場合、皆さんの姿勢や態度や統制を見られることになる。ここで笑われてしまっては舐められて終わりです。そのあたりを意識して訓練に臨み、規律を重んじて欲しいと思う」


 着慣れないスラックスとワイシャツは、自衛隊司令官らとの会談と幹部会の数時間でシワが寄ってしまったが、肌に刺さるようなのりも気にならなくなってきた。

 そのせいか会議のまとめもスラスラと言えた気がする。


「……ところでキング。そういう大きな会談が控えとることやし、こうして幹部も揃えて組織らしゅうなってきた。ここらで名前とか決めた方がええんちゃうだぁか思うねけど、どないで?」


 幹部会のまとめも終わり、では解散という段になって川崎から意外な提案が出た。

 組織や集団に名前をつけるなど、智明は考えもしていなかったので少し驚いたが、同時にあっさりと納得もできた。


 同志となるか否かを問おうとしていた早朝に城ヶ崎真(じょうがさきまこと)らの攻撃を受け、自衛隊の追い打ちがあったために、半ばなし崩し的に淡路暴走団と空留橘頭は新宮に留まらねばならなくなった。

 結果として全員が智明と運命を共にしなければならなくなったのだが、一つの規律ある組織にしようとしている幹部会でも、未だにチーム名で区分けしてしまっている。

 これを問題点として提案してくれる川崎の存在には、智明は助けられてばかりだ。


「そこまでは考えが至らなかったな。こういった提案は助かるよ」


 智明は思ったままの感謝を言葉にし、川崎への返答を続ける。


「確かに、組織として一つにまとまるためには名称は必要だよね。ただ、俺たちは革命とか、反乱を起こしたいわけじゃない。だからヤクザみたいな名前や、ギャングやヤンキーみたいな名前だと具合いが悪いと思う。軍隊ぽくなっても誤解されるし、俺が言うのもなんだけど中二病もダメだよね」


 自嘲気味に笑った智明に合わせるように、幹部からも小さな笑いが起こる。


「ほうじゃの。目的や志が表現されとって、怖がらせたり痛々しくないのが理想じゃの」


 川崎が智明の言葉を補足するようにしてくれたが、その顔は微妙だ。

 恐らく『ヤクザみたいな名前はダメ』と言われ、自身の立ち上げた『淡路暴走団』が引き合いに出されたと思ったのだろう。

 空留橘頭のメンバーも川崎と同じ顔をしているのは、『ヤンキーはダメ』と言われたからだ。


「けどなぁ。人が集まったらナントカ会とか、ナニナニ団みたいにはなりますよ。ナンチャラーズとかさ」


 そう嘆いたのは空留橘頭のナンバー2で山場俊一の親友である奥野大輝(おくのだいき)だ。

 仲間内ではオフロードバイクをガニ股で乗りこなすことから『ダック』の相性で呼ばれているが、髪型や服装は山場に負けるとも劣らないヤンキースタイルだ。


「いっそ適当な英語並べてスワットみたいなのは?」

「中二病があかんからって高二がええわけやないぞ」

「そもそもこのメンツにネーミングセンス求めるのが間違ってんべ」

「んだとコラ? 訛り直してからセンスの話をしろよな!」


 いつの間にか提案が議論を超えて罵り合いに変わり始め、智明は大きく柏手を打つ。


「そこまで! こんなことでケンカになるなら中二以下の小二でしょ。今日の今日だけど幹部っていう役職に就いたんだから、ヤクザやヤンキーじゃ困るよ」


 智明の一喝で一応は全員が口を閉じ、居ずまいを正したが、口を歪めたり舌打ちをしている者はいる。


「キングの言葉じゃ。キングが絶対ちゅう訳やないが、規律っちゅうのがリーダーやトップの発言から作られるいうのを頭に入れとけよ。わしらはキングについて行く集団やろ。そのための名前を考えよう言うとんねん」


 さすがの迫力で川崎が場を引き締め、幹部一同は智明に向かって頭を下げた。


「それでよろしく頼む。……ただ、急に出た議題だからね。戸惑うのも分かるよ。幹部が定まったのと同時に班割りもしたことだし、全員にアイデアを募るのもいいかもしれない。次の幹部会までの宿題にしようか」


 智明はまず川崎に場を収めてくれた礼を右手の一振りで示し、続いて議題の先送りに対しての同意を求めた。


「わしもほれがええと思うわ」

「ん。ではそうしよう。じゃあ、ひとまず第一回の幹部会はこれまでとする。解散だ」


 智明の宣言のあと、幹部一同は起立し、深さはそれぞれだが一礼して部屋から退室していった。


「……ふう。川崎さんが居ないと仕切れないなぁ。まだまだだよ」


 正していた姿勢を崩し、智明は会議椅子の背もたれに全体重を預ける。


「決起の演説の前よりはようなっとるよ。自衛隊に口で負けてないっちゅう話はみんなも知っとるよっての」

「そのために護衛を同席させたんでしょ。まだまだ俺の力不足だよ」


 バイクチームを束ねる川崎や山場には、チームの長に相応のカリスマ性やリーダーシップや統率力が備わっている。

 ついこの間まで教室で限られたメンツとだけやり取りしていた智明には、まだそういった格や深みや影響力のようなものは表れていないと自己分析している。

 それでもこの集団が一か所に集まっていられるのは、川崎のサポートと山場の顔があるからだろう。


 新宮の裏方として諜報活動を頼んだ山場は、チームのメンバーに自身の戻るべき場所について一言残していったらしく、空留橘頭のメンバーはその言葉を頼りに残ってくれているともいえる。


 そういったドラマを重ねてきたからこそ、淡路暴走団も空留橘頭も明里新宮に残ってくれているのだし、智明も両者を分け隔てしない証として幹部会を設けたのだ。


「ほない腐したもんとちゃうで。キングが自衛隊を攻撃したんもみんな見とるし、そのあと回復させたんも知っとる。上司部下で考えたぁあかんかも知らんけど、信じんひんかったぁ信じてくれへんにゃさかい、最後まで信じなあかんで」


 慰める、というには真面目すぎる川崎の表情を見て、智明は姿勢を正し直して真っ直ぐに川崎を見返す。


「ありがとう。そういう説得力のあること、言いたいんだけどなぁ……」

「それこそ中二やんけ」

「はは、ごめん」


 智明の弱音をバッサリと切り捨て、ニカッと歯を見せた川崎に智明も口元を緩めた。


「……ところで、キング。例の陰陽師ちゃんは、その後どうなった?」


 急に声をひそめてモジモジし始める川崎にドン引きしつつ、智明は少し目線を外して答える。


「まだ何も聞いてないよ。これからちゃんと話をしようと思ってるとこだよ」


 城ヶ崎真に頼まれて鬼頭優里(きとうゆり)を取り戻しにきた少女・藤島貴美(ふじしまきみ)

 自衛隊との会談や幹部会の発足ですでに四時間ほど本宮に放置したままだ。


――逃げちゃったなら、それはそれでいいんだけどね。いや、むしろ逃げててくれた方がややこしくなくていいのかもしれない――


 貴美の艷やかな黒髪と純和風な面立ちを思い出しながら、智明は小さくため息をついた。

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