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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第五章 激突
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会談 ①

「そこまでだ! そこで止まれ!」


 防具の上に雨合羽代わりのビニール袋を纏った班長が怒鳴ると、防具もガンベルトも外している自衛隊員二人が足を止めた。


 新宮(しんぐう)正門の横の崩れた壁と反対側の壁の上からはゴム弾を装填したスプリングガンが突き出ているが、自衛隊員は気にした様子はない。


「見ての通りの丸腰だ」

「君達のリーダーと話がしたい」


 背の高い隊員が急ごしらえらしい白旗を軽く持ち上げ、もう一人が手の平を開いて非武装をアピールする。


「動くな! 今、責任者を呼んでいる!」


 実直すぎる班長の言葉に自衛隊員二人は苦笑したが、目を合わせて頷き合い、楽な姿勢で立ち尽くしている。


「すまん。あの二人か?」

「そうッス。見た感じ、武器は持ってないみたいっすけど、リーダーと話がしたいと言ってます」


 ゆっくりとした歩みで正門に近付いた川崎が班長に状況を聞きつつ、崩れた壁から顔を出す。


 小降りになった雨の中、上下迷彩柄の制服を着込み撥水加工の外套を羽織った立ち姿は、間違いなく自衛隊員で、顔の印象からそれなりの年齢と地位にいる者だと思えた。


 ふむ、とひと呼吸し川崎は自衛隊員に見える位置に立って声を上げる。


「ワシは、この私兵をまとめとる川崎っちゅー者や。お二方の所属と氏名を教えていただきたい!」


 川崎の口上に背の低い方が一歩前に出る。


「私は陸上自衛隊中部方面隊所属、第三十六普通科連隊司令官の川口一等陸佐」


 続いて背の高い方も一歩前に出る。


「同じく、野元一等陸佐」


 自衛隊員二人の答えに、川崎を始め正門に居たバイクチームのメンバー三十人のうち何人かが驚きの声を漏らす。


「……すごいんすか?」

「当たり前や。一個連隊の司令官やぞ。一等陸佐言うたら現場指揮のトップや。最大で千五百人の兵隊を動かすんやぞ」

「スゲー……」


 傍らの部下に答えながら川崎自身が自分の説明に震えが来た。

 日夜訓練に励んでいるプロを相手に、たった百人の素人がどこまで抗えるのだろうかと、今更ながらに恐れを抱いたのだ。


「……丁重な返答、痛みいる! ワシらのリーダーに会いたいとのことやが、どのような用件なのか聞かせてもらいたい!」


 相手が佐官だと知って口調を改めてしまったのは情けないが、『長い物に巻かれよう』とする三十手前の社長職の癖が出たと自分に言い訳しておく。


「大仰なものではない。君達の目的や主張を聞かせて欲しいだけだよ」

「見ての通りの丸腰だ。ボディーチェックも受けるし、こちらはこの二人のみで伺う。そちらは警護も見張りも自由にしてもらって構わない」


 柔らかな物言いの川口司令官に対し、野元と名乗った陸佐はやや高圧的な感じだ。


 ――キング。こんな感じやが、どないしょうぜ?――


 川崎は考え込むポーズを取りながら、恐らく意識の目で先程の要求を聞いていたであろう智明に伺いを立てた。

 口伝えでは変化してしまう現状を、川崎が目印となって直接智明に見せて判断してもらえるのは非常に助かる能力だ。

 実務として手間と時間を幾つか省けるというのは川崎にとってこの上ない喜びでもある。


「……ふむ。彼らが門を潜ったら、C班の五名は彼らを囲ってワシについてきてくれ。残りの五名は横一列で後ろからついて来い。ワシと彼らが部屋に入ったら部屋の前で見張りや」


 智明からの返事を承服し、警護を指名してそれぞれと目を合わせていく。

 川崎が漂わせた緊張感や重要度を感じ取ったのか、C班の十名は無言で重々しく頷く。


「了解した! 門を通ってボディーチェックの後、リーダーの元へ案内する! 開門!!」


 川崎はわざと声を張り上げ、大袈裟な動作で命令を下し、正門の方へ隠れる。


「壁に張り付いてるメンバーはそのまま()ろといてくれ。C班以外の皆は通路の両側で()()()()や」


 小声でまくし立て、身振り手振りも交えて周辺の仲間を動かしてから門を開く。

 川崎なりに統率や統制を演出したかったのだが、少し時間がかかってしまった。


「失礼するよ」

「手はこんな感じでいいかな?」


 ゆっくりと歩いて門を潜った川口と野元は、口元に笑みを浮かべながら軽く両手を上げている。

 ボディーチェックを受け入れるポーズなのだろうが、余裕ぶっていて小馬鹿にされたように見える。


「オイ。……それなりの立場の方々だ。失礼のないようにな」


 ボディーチェックのために近寄っていったメンバーが、ハリウッド映画で演出される『粗雑な警官が犯罪者をいたぶるようなボディーチェック』の雰囲気で向かったため、川崎は先んじて注意しなければならなかった。

 指摘を受けたメンバーは「ヘヘッ」と笑って真っ当に見えるボディーチェックを行ってくれたが、川崎は冷や汗ものの緊張を味わう。


 ――真似事でかまんのやけど、ワシが言わんかったら無茶しよるからな――


 本物の自衛隊員を相手に演技を仕掛けること自体ヒヤヒヤするのに、この先、こういった些末な事も()()にしていかなければならないと思うと、まだまだ声を張り上げていかなければならないだろう。


「異常なし! です!」

「……ご苦労。では、こちらへ」


 ボディーチェックを終えたメンバーの取ってつけた敬礼に吹き出しそうになりつつ、川崎は行き先を手で示し、きびすを返して歩き出す。


「よろしく」


 複数の足音に紛れて呟かれた川口の一言に、川崎はこっそりと冷や汗を流した。


 ――後はキングの役目やからな。しっかり頼むぞ――


   ※


「……さすがにちょっと蒸すわね」

「湿度が高いですから。窓、開けてもらうように言いましょうか?」

「……よっぽど我慢できなくなったらにしようかな。ありがとう」

「そう、ですね」


 鈴木沙耶香(すずきさやか)はボツリと呟いた独り言に気を遣ってくれた女性に申し訳なく思いながら、体育館に充満した湿気を払うように自身の左腕を撫でた。


 恋人と慕うWSSウエストサイドストーリーズのリーダー本田鉄郎(ほんだてつお)からは、自宅に戻るように諭されていたが、それを是とするほどサヤカは乙女ではない。


 仮にも洲本走連を牽引するクイーンであるし、テツオの向かった戦地には友人である藤島貴美も出向いているのだ。

 サヤカ一人だけが自宅でくつろぐわけにはいかない。


 結果、WSSのメンバーと共に牛内ダム周辺の道路封鎖に加担し、やって来た自衛隊に拘束されて、今は彼らと一緒に諭鶴羽山近隣の体育館までトラックで運ばれてきた。


 さすが訓練された自衛隊員たちの行動は鮮やかでぬかりがなく、トラックごとに小分けされたバイクチームの面々を威嚇しながらテキパキと体育館に誘導していった。


 その際に、身分証の提示と名簿への署名をさせられたが、その口調は意外にも丁寧だった。


 ――それにしても、暇ね――


 サヤカは体育館の中を一周見回して心の中でため息をつく。

 バスケットボールのコートが二面取れる程度の小さい体育館だが、一段高く設けられた舞台と出入り口には銃を携えた自衛隊員が立ち、チームのメンバーは五人から十人を一塊に座らせて、その間を自衛隊員が五人ほど巡回している。


 念入りなことにインターネット接続が遮断(ジャミング)されており、電話やメールで外部と連絡が取れないばかりか、暇潰しにネットサーフィンすら出来ない。


「そこ! 静かに!」

「へへ。すんません」


 おまけに小声の会話は見逃してくれても、笑い声や大声は素早く注意される。


 ――軟禁だっけ? 拘束かな? なんにせよこんな状態じゃ我慢するしかないか――


 ヒソヒソとした囁き声があちこちから聞こえる中、サヤカは胸に滑り落ちてきた栗色の髪を背中へと跳ね除けた。


 一瞬だけ。


 ほんの一瞬だけ、旧洲本市の市議会議員をしている父親に連絡を取って開放してもらおうと考えたが、こんなところで父親の庇護を受けようと考えた自分が汚らしく思え、奥歯を強く噛み締めて自分を戒めた。


 ――親が出してくれるお金には甘んじるけど、私から助けてなんて言いたくない。テッちゃんが禁じてることは私もしない。そこを曲げたら私は親に飼われてることになる――


 独立心といえば格好つけた虚栄に見られそうだが、反抗している訳でもなければ自分勝手を貫いている訳でもない。

 保護者から下される庇護は遠慮なく頂戴しても、血縁者だからと束縛してくる古臭さには抗いたいのだ。


 そもそも父・鈴木洋一の態度や仕事ぶりを見ていると、とても何万と居る市民のために骨身を砕いて働いているように見えない。

 運転手や秘書を雇い、企業や著名人や後援団体から囃され、ことあるごとに視察や会食に出掛ける。

 会社や事務所や書斎でふんぞりかえるのは勝手だが、リビングでの王様然とした態度はサヤカには受け入れられなかった。


 ――私の王様はテッちゃんだけ。もう私の中では代替わりしてるのよ――


 体育館に移されてそろそろ二時間ほど経ったろうか。

 自分やチームのメンバーと連絡が取れないとなれば、きっと本田鉄郎は様々なコネや情報源を頼って、アレコレと策を練っているだろう。

 その様を想像すると、サヤカの心に不安という言葉は浮かんでこない。

 これまでも不可避の窮地を打破し、連戦連勝を重ね、『キング』の通り名に恥じぬ伝説を残してきたのがテツオだ。


――だから、今は騒がずに待てばいい――


 サヤカはもう一度体育館の中を見渡し、WSSのメンバーが誰一人として不安や危険を感じていないことが嬉しくなった。

 皆、本田鉄郎の新しい伝説が生まれる瞬間を、期待し信じているのだと分かったから。

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