天照らす光 ⑤
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――ハンガーノック……――
痛みと震えで動いてくれない体に加え、頭痛と空腹で意識は朦朧とし始めたため、智明はエネルギー枯渇を絶望的に受け入れていた。
本来ハンガーノックはスポーツなどの運動中に起こるものだが、体力以上に精神力やイメージ力で体内のエネルギーを使い切ってしまったのなら、智明の現状もハンガーノックといっても間違いではない。
ただ、智明に絶望を与えているのは視界を赤く染め始めた靄の方で、これは以前に経験した無意識の大破壊の前兆と似ていて、このまま意識をなくしてしまえばまた破壊や人命を奪ってしまうような予感がするのだ。
「形勢逆転だな!」
智明のそばまで歩み寄ってきた真は、勝ち誇ったように余裕の笑みを浮かべている。
その顔を見て智明はカチンときた。
いつもそうだった。
あえて逆らったり声を荒げたりはしなかったが、事ある毎に真は智明を馬鹿にし、見下し、自慢し、自分の方が優位にいるのだと蔑んでくる。
しかし智明が逆らわずに真を持ち上げておけば良い関係性が保たれてもいた。
智明の方が優れている部分を見せたり、真の間違いを指摘することで真が不機嫌になると、その後何日も不遜な態度を引きずるからだ。
そんな真を見返す日が来ることを望んでいた、というのは言いすぎかもしれないが、懲らしめるようなことが起こってもいいはずだと考えたことはある。
「もうやめろ。取り返しがつかなくなる」
胸の内に潜む怒りや劣等感や報復の念が、赤い靄となって智明の意識を乗っ取り始める。
まるで悪魔の囁きか、魔物が目覚める前兆を、智明は必死に抑え込む。
「負け惜しみだな。見苦しいぞ」
智明の内なる戦いなど知る由もなく、真は智明の胸ぐらを掴んで立ち上がらせるように持ち上げる。
――ダメだ! 限界だ!――
薄れていく意識の中で諦めにも似た放心で、智明は上空を仰ぐ。
と、白い煙を吹き出しながら遊覧している赤い光が目に入った。
自分の指示ではないし、真が気付いていないなら真も知らない者の仕業だろう。
訳が分からなくなり智明は考えることも感じることも停止した。
《キング! 自衛隊や!》
突然飛び込んできた川崎の心の叫びに、智明はカッと目を見開き、頭を起こす。
新宮周辺のどこかで川崎も上空の赤い光を見たのだろう。そうでなければ自衛隊と明言できないはずだ。
「……放せ」
「あ? なんだと?」
「放せ!」
滅多に口にしない智明の命令口調に戸惑う真だが、智明にはそんなことに囚われている場合ではない。
自分が行動を起こさなければ、川崎を始めとする淡路暴走団と空留橘頭のメンバー達が窮地に陥り、拘束や逮捕の憂き目にあってしまう。
何より優里の安全が脅かされてしまう。
それだけは、それだけでも回避しなければならない。
「手を放せ!!」
赤い靄を体の至るところから滲み出させながら智明は強く命じた。
「う! ぅぎゃあああぁああ!?」
智明が真を睨むと、その目から赤黒い光線が二本走り、真の両腕を下から上へと跳ね飛ばした。
支えるものがなくなった真の両腕が泥水に落ち、間を開けずに真がそのそばへ倒れ込む。
嬌声を発してのたうち回る真を捨ておき、智明は再び上空の赤い光を振り仰ぐ。
「邪魔はさせない!」
一声吠えて智明は瞬間移動同然のスピードで上空へと飛び上がり、右手を一振りして照明弾を赤い靄で絡めとる。
そのまま滞空し周囲に自衛隊の動きがないかを探索する。
「そこか!?」
南の方角から打ち上がった白煙を認め、より詳しく見定めようとする。
「迫撃砲? この近さでか!」
尾を引いて打ち上がった弾体は三つ。
どれも新宮外苑から打ち上げられているように思えたが、それにしても直線距離で百メートルしかない。
陸上自衛隊が使用している迫撃砲は81ミリの軽量の物が主流で、120ミリの中型の迫撃砲は牽引車が必要になり、より実戦的な任務であれば自走式の120ミリ重迫撃砲が投入される。
しかし口径が大きくなればそれだけ射程距離が長くなり、百メートルという距離は狙いにくくなる。
そうなると口径81ミリのL16迫撃砲が使用されたと思えるが、それでも近すぎる射程距離だ。
「なんだ? 榴弾じゃないのか?」
智明は違和感を感じて、放物線を描いて落下し始めた弾体を見送る。
火薬などの熱やエネルギーを感じなかったからだ。
激しい雨音の中でも独特の風切り音を立てて落下していった弾体は、地上近くで白煙を噴き上げた。
「煙幕弾!!」
新宮の囲いより外に落下した弾体は、雨にも関わらずもうもうとした煙幕を噴き上げ続けるが、すでに次の射撃が行われたようで、今度は四つ飛来してくる。
――これも煙幕か。狙いはなんだよ?――
やはり弾体に内包されたエネルギーは小さく、智明には自衛隊の狙いがわからなくなる。
ただでさえ豪雨で視界が悪い所へ、さらに煙幕を張るのだ。
何がしたいのか? 何かをさせたくないのか?
前者であれば視界の効かない中で攻め入るか捕縛のきっかけ作りだろう。
後者であれば視界を奪って逃亡を阻害することだろう。
「どっちもか? なら、させない!」
二射目の弾体はすでに接地間近なのでどうすることもできない。
ならばと意識の目をまた八方に放ち、可能な限りマーキングを行う。
その間に三射目の弾体が四つ打ち上がってき、足元では二射目の弾体からまた白煙が噴き上がる。
「当たれぇぇぇ!!」
両腕を体の前で交差させ力を込めて開くと、先程マーキングした自衛隊員に向かって赤色の光弾が直進する。
その数、ざっと二百。
「ぷはっっっっ!」
四射目が来ないことを確かめながら智明は息を吐き、乱れた呼吸を整えながらゆっくりと地上へと降下する。
どうやら迫撃砲の射撃は阻んだようだが、三射まで許してしまった煙幕弾は、雨の中でも通常の効果を発揮したようで、新宮周辺はすっかり煙ってしまった。
智明は地上までの距離も測れないほどもうもうと立ち込めたため、着地が心もとなくなり、両腕を振って突風を起こし新宮から煙幕だけでなく雨雲まで払ってしまう。
――制御が効かない?――
無数に飛ばした光弾で確実にエネルギーを使い果たし、仕方なく起こした突風は智明からありとあらゆる力を使い切ったことを教えた。
――ヤベ……。これ、暴走じゃない方の気絶だ……――
まだ地上まで数メートルあるという所で智明の意識は黒く閉じてしまった。




