天照らす光 ④
― ― ―
「どおぉりゃああああぁっっっ!!」
何度も同じモーションで同じ箇所を狙って繰り出されている本田哲郎の中段回し蹴りを、左肘でカウンターを当てるように止め、川崎実は右手でテツオの顔面を掴みそのまま突進を開始する。
テツオは川崎の右手を引き剥がそうと両手で手首を掴むが、そんなことで形成が変えられるほど川崎の腕力はやわではない。
ましてやHDで強化された筋力は、元の数倍の握力でテツオの顔を掴んでいるはずだ。
テツオは足をなんとか地につけて猪突する川崎を止めようともしているが、それも効果はなさそうだ。
「ずえい!」
突然、川崎は両足を大きく開いて停止し、猛進してきた勢いをのせて体のバネで右腕へと繋ぎ、すくい上げるようにテツオを投げ飛ばす。
その先には明里新宮の中央の区画と南の区画を隔てる壁があり、その鉄筋入りのコンクリート壁にテツオを叩きつけた。
「ぬほぅっ!?」
硬いものが軋んで割れたり折れる音がし、コンクリート壁から衝撃を物語る破砕音が鳴って亀裂が入る。
そこへめがけて川崎が体当たりをぶちかます。
息を吐いたところへ川崎の巨躯がぶつかってきたため、テツオはなすすべがなかったようで、川崎ともども壁を突き崩しながらぬかるんだ地面へと転がる。
少し息を荒げた川崎が先に立ち上がり、大の字に倒れているテツオの胸ぐらを掴んで引き上げる。
「ええ面構えになってきたねーか」
ニヘラと笑う川崎同様、すでにテツオの着けていたヘッドギアとバイザーは殴られて吹き飛んでおり、顔面は内出血と出血で元の人相が分からなくなりつつある。
二人ともに防具はひび割れたり窪んだりしており、顔だけではなく露出している肌にはアザや出血が目立つ。
「川崎さんは、あんま、変わんない、ね」
川崎の野生的な顔を皮肉ったテツオがくにゃりと顔を歪めた。どうやら笑ったらしい。
「アホか。この状況で強がんな」
「それは、川崎さん、でしょ」
止まらないテツオの減らず口にカッとなるが、川崎が言い返す前に、右手で吊り上げているテツオの体が軽くなる。
何事かと訝しんだのも束の間で、川崎の左腕に激痛が走ってテツオを掴まえていた右手の力も緩んでしまった。
その隙きを見逃さずテツオはスルリと飛びのいてしまう。
「……そうか、飛べんねやったな」
痛みが収まらない左腕を押さえている川崎から数メートル離れた所にふわりと降り立ったテツオを見やって、川崎は飛行装置を身に着けたテツオが飛べることを失念した自分を叱った。
「そろそろ終わらせようか」
声のトーンを変えたテツオは川崎の返事も待たずに構えを取り、勢いよく飛び出すために力を込め始める。
それを見た川崎は慌てて身構えるが、内心では決定打となるような形成に持ち込めない悔しさが溢れている。
先程のように、壁に叩きつけて掴み取るまでは行くのだが、そこから滅多打ちにしてやろうとすると逃げられてしまう。
飛び上がろうとしたテツオの足首を捕まえて地面に叩きつけた場面もあったが、蹴りつけてマウントを取ろうとする前にやはり逃げられた。
川崎に打開策がない限り、この勝負はテツオの優勢勝ちになってしまう。
実のところファイティングポーズを取る川崎の左腕と左足は、防御やテツオからの攻撃で痺れと震えが起こっていて、少し動きが鈍ってきている。
――これを狙ってたんやったらワシの負けや――
後ろ向きな考えをしてしまった瞬間、テツオが川崎の目の前まで飛び出してきてストロークの短いパンチを連続で放ってきた。
なんとか腕をクロスさせて防ぐが、素早く乱打されるテツオのパンチは重く、確実に川崎の体を痛めつけられて行く。
「セイッ!!」
パンチの乱打が落ち着いたあとに、テツオが気合の声とともに中段の回し蹴りを打ってきた。
またかという思いで川崎の左腕が防御のために下がる。
と、テツオの右足が膝を基点に軌道を変え、跳ね上がってきた足が川崎の顎を強打した。
「ごぅっ」
意表を突かれた川崎は頭を跳ね上げられ、蹴りの威力で巨体が浮き上がってしまい、なす術なく吹き飛ばされて泥水に倒れた。
「ふう。……これで立ち上がれるなら勝負は長引くけど、どうする?」
構え直して呼吸を整えたテツオが問うてきたが、川崎にはもう答えは出ている。
「負けたわ。……体が動かんわれ」
左腕と左足の痺れや痛みに加え、顎に決まったテツオの蹴りは、気絶しなかったのが不思議なくらい川崎にダメージを与えている。
衝撃で脳が揺れたのか船酔いのような気持ち悪さがあるし、立ち上がる気力もない。よしんば立ち上がってもこんな状態で戦うことなど出来ないだろう。
「良かった。川崎さんの左を封じといて正解だったね」
「やっぱり狙っとったんか」
テツオが中段蹴りを多用し、川崎の左腕と左足に少しずつダメージを重ねていったことは薄々気付いていた。
「もちろん。スピードで勝ってる自信はあったけど、力とか突進力や破壊力、タフさじゃ負けるからね。だから手足に違和感が出るまでしつこく攻撃して、『もう戦えない』と思わせるしか勝ちようがなかったよ」
地面に大の字で寝転がる川崎のそばへ屈み込み、テツオは嬉しそうに作戦を明かしていった。
「この策士め。そんな作戦、ワシは習ったことないわ」
「バトル物の漫画、結構使えるんだよ」
任侠物や成り上がりビジネス系を愛読する川崎にはない発想に、呆れ返ってしまう。
「ヤレヤレやな。……ん? なんや?」
テツオの頭の向こうに赤い光を見つけ声に出すと、テツオもそちらに顔を向けた。
「……照明弾か」
なんでそんなものが?と問いかけようとして川崎は戦慄した。
――自衛隊が来たんか!――
白い煙を吹き出しながらパラシュートでゆるゆると降下している赤い光は、恐怖や脅威とは違った印象を川崎に与える。
外苑から新宮へと戻るように命じた仲間からの連絡はないし、新宮に入り込んだ女忍者の行方も気になる。
そして何より、キングとして持ち上げている高橋智明が現状をどこまで把握しているかが気になった。
傍らに屈み込んでいるテツオは顔だけを上空へと向けているが、その顔には先程の無邪気な笑顔は無かった。




