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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第五章 激突
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天照らす光 ①

 本田哲郎(ほんだてつお)に過信はない。

 小学生の頃に格闘技道場に通った経験と、百八十センチを越える体格が備わっていても、分が悪いケンカに勝ってきたのは己の力量を知った上での作戦と度胸が故だ。


「どうやら『ごっこ』じゃないみたいだね」


 こちらに銃口を向ける淡路暴走団の大将・川崎実へ笑いかけながら、テツオは奇襲の機会を伺う。


「逆やろ。お前が『ごっこ』を『本物』にしたかったんやろ」

「そんなバカな。こんな騒動を漠然と待てるほど俺は暇じゃないよ」


 自分よりも上背がある川崎にもテツオは動じない。筋肉量や腕力の差が強さの差ではないと知っているし、単純な攻撃力の上げ方としてスピードを活かせばいいことを学んでいるからだ。


「この際や。ほのパチ臭い言い回しも塞いでもたるわ」

「……そうだね。こっちこそ、だっ!」


 テツオは両手をゆっくりと上げて投降を装い、言葉尻で左足も跳ね上げて川崎の持つ銃を蹴り上げる。


「ぬおっ」


 不意を突かれたはずの川崎だったが、辛うじて銃を手放すことだけはなかったようだ。

 それでも驚いた条件反射で体が伸び上がっている。

 そこへテツオは両の拳を握り合わせて川崎の頭部を狙って打ち込む。


「セイッ!」

「んならぁ!」


 打ち下ろされた拳は頭を防御するように構え直された銃身にめり込み、プラスチックの硬質な破砕音が鳴って川崎の銃はへし折れた。


「お前、パワー上がっとんねやないか?」

「そっちこそ相変わらずのバカ力だね」


 テツオはHD(ハーディー)化した身体能力でも川崎の筋力を圧倒できていないことに驚いた。なんなら折れ曲がった銃のままテツオを押し返そうとする余力も見られる。


「おぅりゃ!」


 川崎の気合の声とともにテツオの体は押し飛ばされるが、テツオは落ち着いて態勢を立て直して着地する。


「おっととと、やるなぁ。今までやり合わなかったのは正解だったね」

「ぬかせ。その気になったぁどんだけ不利でも特攻して勝つ自信があるくせに、変な距離取りよってからに。ええ機会じゃよってん真面目に勝負しくされ!」


 使い物にならなくなった銃を投げ捨て、予備の弾らしき装備も放り投げて川崎は吠えた。

 川崎の言葉に答えるように構えを取るが、テツオは一瞬だけ計算してしまう。


 ――俺が提案した作戦無しで、真は智明に敵うだろうか?――


 だがすぐにその危惧はするだけ無駄だと悟る。

 チラリと目を走らせた先では、すでに真と智明は皇居本殿の屋根で睨み合っており、真はテツオとのやり取りなど忘れてしまったように真っ向から智明に攻撃を始めていたからだ。


〈真、すまん。アワボーのクマゴリラとやり合うからそっちに行けない。自力でなんとかしてくれ〉


 一応、複数同時通話で詫びておいたが真からの返事はなく、返事もできないほど必死に戦っているか返事をする余裕もないのだろうと割り切る。


「……んじゃ、観客無しで大将戦と行こうか」

「うっしゃあ!!」


 割り切ってしまえばテツオは集中力を目の前のデカブツに全て向けられる。


 構え直したテツオを見て戦闘開始を叫んだ川崎は、プロレスラーの様に両腕を数回振ったあと全身の筋肉を誇示するように不格好なファイティングポーズを取った。


「フッ! シャアッ!」


 雨で緩んでいる足元を気にしつつ、テツオは大きく踏み込んで川崎の左脇腹へ中段蹴りを放つ。


「どぉりゃ!」


 いともたやすく蹴りを払いのけ、川崎から力任せの拳が飛んでくる。

 大振りのパンチを小さなステップでかわし、テツオは川崎の左へと回り込むように足を運ぶ。


「真正面から来いや!」


 野生的な顔で吠える川崎は仇名の通りのクマかゴリラそのもので、テツオは思わず苦笑する。

 そんなテツオの緩んだ表情が気に食わなかったのか、川崎は大きく踏み込んで蹴り飛ばすように右足を振る。


「おっと!」


 一見太短く見える川崎の下肢は、筋肉量と体のバランスから短足に見えるが実は違う。これまでに川崎に負けた者達はイメージと実寸の誤差に気付いていなかったのだろう。


 テツオはまたも身軽に体を捌いて川崎の左側へ回り込む。が、それを見越していたように川崎が体を捻って大振りの右拳を打ち込んでくる。


「ふっ!」


 慌ててテツオは大きく後ろに飛び退り、勢いを止められなかった川崎の右拳は建物の壁へとめり込んだ。


「……川崎さん、そんなの当てるつもりなのかい?」

「おうよ! お前の顔面もこんなふうにしたるんじゃ!」


 鼻息の荒い川崎の恫喝にテツオは苦笑を浮かべ、淡路島へと戻る前にしていた最悪の予想が当たったことに腹が立った。


 ――どうやらクマゴリラはHDで強化してやがる。モリサンめ。この構図を狙ってたってんなら相当の食わせ者だぞ――


 イタリア系ハーフ顔の屈託ない笑顔を思い出して、テツオは思わず唾を吐き、先程よりも腰を落とした本気の構えを取る。


 拳の形に窪みひび割れからポロポロと破片を落としている壁のようになる気はない。


「ようやく本気なったんか。来いや、本田ぁ!」


 煽り文句とともに威嚇する熊の様に両腕を振り上げる川崎へ、テツオは一気にその懐まで飛び込む。

 川崎が「あっ!」と思う頃には低い位置から顎をかち上げる掌底が決まり、川崎の体が力なく伸び上がる。

 そこへ容赦なく左足の中段回し蹴りを打ち込む。


「ゴボッ!」


 壁に埋め込まれた川崎から形容し難い声が漏れる頃には、テツオは左足を引き戻して川崎から数歩離れ呼吸を整える。


「……お前もハーデー使つことるんけ? がいに痛かったぞ」


 左腕から左の臀部(でんぶ)までを壁の中に突っ込んだまま、川崎は笑いながら人を超越したテツオの攻撃力を讃えた。


「やっぱり川崎さんもか。こりゃぁ手こずるな……」

「ええやんけ。お互い遠慮なしでヤリ合えるんは今日くらいやぞ」


 コンクリートの塊や内壁の構造材なんかをガラガラと崩しながら体を引っこ抜き、左半身にまとわりついている断熱素材を取り払いながら川崎は不敵に笑う。


「そうかもね。まあ、俺が勝つけどさ」


 軽口を言いつつ構えを取るテツオは、楽しそうな笑みを浮かべた。

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