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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第五章 激突
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混戦 ⑤

   ― ― ―


「進入路の確保はどうか!」


野元は指揮車から半身を出して雨がかかるのも厭わずに声を張り上げた。

皇居へと続く舗装路を塞いでいたバイクの撤去に普通科一個中隊を当たらせ、もう一個中隊をバイクチームのメンバー達の拘束に当たらせている。


「間もなく完了いたします!」


付近で檄を飛ばしていた中隊指揮官が答え、野元は「よし」と返して指揮車へ引っ込んだが、続けざまに通信兵へと指示を飛ばす。


「牛内ダムの方はどうなっているか」

「ハッ! 先程、第二中隊の半数が到着し、バイクチームの拘束を行っているとのことです。第一中隊の進入路の確保も間もなく完了の見通しです」

「よし。……川口一佐、拘束したバイクチームは兵員輸送車に乗せて待機させるとして、重迫中隊はこのまま本部中隊と随伴で構わないのでありますか?」


前部座席の通信兵の報告に納得し、野元は後部座席に腰を落ち着けて今度は隣に座る上官へ伺いをたてる。

あくまで現場指揮は野元のものだが、総指揮は川口であるし、重迫撃砲中隊の温存を決めたのは川口だからだ。


「うむ。地形や範囲で考えても中隊規模での運用は適さないだろう。ましてや空を飛んでいる相手に迫撃砲を当てるというのも至難の業だ。本部付帯の重迫小隊でことは足りる。……まあ、皇居を倒壊せしめるほど駆逐すると言うなら話は別だがな」

「はは。……了解であります」


川口の冗談とも本気ともつかない言葉に困惑しつつ、野元はとりあえず返事は返しておいた。


「伝令! バイクの撤去完了! これより登坂開始します!」


指揮車へもたらされた報告に、再び野元は車外へ顔を出す。


「よぉし! ここから先は戦場と思え!」

「ハッ!」


堅い敬礼とともに伝令は応じ、原隊へと駆け戻る。同時に通信兵も別働隊へ野元の号令を伝える。

先陣を切る本部中隊の各普通科小隊は、進路を阻んでいたバイクチーム拘束に兵員輸送車を回したため徒歩での進行となる。

そのため指揮車以下の後続車はゆっくりとした移動になる。


「……雨が強くなってきたな」

「はい。任務に影響はありませんでしょうが、なんともこう重々しいですな」


決して緊張感がない訳ではないが、のしかかるような暗い雲を眺めて川口が呟き野元もそれに答えた。


「この先には新しく設けられた囲いと更地がある。その辺りからは周辺監視を怠らぬように命令しておかないとな」


視線を車外に向けたまま助言する川口に、野元は不安を覚える。


「了解です。……何か起こりそうだと?」

「そうではない。むしろすでに起こっている。この上何かが起こるならば、先に警戒しておく必要があるし、指揮官が戒めておく必要があるというだけだ」

「……はぁ」

「指揮官は最低限指揮される側の心理を汲まねばならん。対象の心理まで読めればこの上ないが、それは時と場合によるからな」


ようやく野元の方を見た川口は、訓練の時に見せる厳しい表情だった。


「心得ました」


野元は前日の川口の心境を思い出し、素直に頭を垂れて上官の指導を聞き入れた。

それからしばらく無線も伝令もなく指揮車の中は無言の時間が流れる。


「……囲いと思われるものが見えました」


沈黙を打ち破ったのは指揮車の運転を担っていた陸曹で、言葉通りに勾配が緩くなった先に開けた更地が現れその奥に刑務所か研究施設のような高い壁と鉄門が見えた。


「周辺警戒、怠るな。門の開閉の確認。伏兵に注意しろ。……対空監視!」


自ら無線を使って指示を出した野元だったが、川口が隣りで上を指差したので慌てて指示を追加した。


「別働隊は指示あるまで壁際で待機」

「すみません」


指示漏れを補ってくれた川口に謝罪した野元に、川口は軽く手を振って打ち消す。


「到着の報告があってからでも良いことを先に済ませただけだよ。間違いじゃないから気にしなくていい」

「はい」

「――開門、可能です! 伏兵の気配、無し!」


川口と野元のやり取りに滑り込むように無線で報告が入った。


「よし! 開門し、前進! 目標はここから百メートル! 周辺は山林で伏兵の可能性はまだ――、落ち着け! 周辺と上空の警戒をしつつ前進だ!」


野元が無線で指示を下している最中に遠くで青白い閃光が瞬いた。

隊員たちの動揺が伺えたので、野元自身の動揺を打ち払うようにやや指揮の声が厳しくなった。

それでも訓練された隊員たちは了解の旨を示し、金属製の門扉を押し開いて行軍を再開してくれた。


「……雷、ではなかったですよね」

「ああ。音もしなかったし瞬間的な光り方だった」


川口と野元は、ワイパーで拭われるそばから新たな水滴が飛び付いてくるフロントガラス越しに皇居の方角を眺め、薄気味悪い黒雲が各々の不安の色だと感じ始めていた。

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