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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第五章 激突
142/485

コンタクト ④

   ― ― ―


 神戸淡路鳴門自動車道から一般道へ移り、建設中のマンションや一戸建てが並ぶ中を通り抜け、田んぼが広がる山裾へと進みいよいよ諭鶴羽山(ゆづるはさん)へと近付いたのだが、到着目前にして第三十六普通科連隊(軽)編成の車列は停滞した。


「報告します!」

「なんだ」


 止み間のない雨の中、先頭の兵員輸送トラックから走ってきた伝令に向け川口道心(かわぐちどうしん)一等陸佐が応じた。


「ハッ! 目的地新皇居へと至る山道付近にバイクの集団がたむろし、通行を妨げております!」

「なんだと?」


 キビキビとした敬礼のあと、顔にかかる雨にも表情を動かさずに述べる伝令に対し、指揮車に同乗していた野元春正(のもとはるただ)一等陸佐が思わず問いただした。

 今回の任務では、総指揮を第三十六普通科連隊司令官である川口が執り、現場指揮を野元が行うと定めていたので、野元の発言は越権にはあたらない。


「短絡的な妨害行為か? それとも、敵性の一団と判断できるか?」


 前者は自衛隊の演習というものへの妨害行為かどうかの可能性で、後者は新皇居奪還任務の駆逐対象である可能性なのかの問いである。

 野元の質問に伝令は一瞬の逡巡を挟んで答える。


「敵性はないと思われます! ですが、抗議団体や反対組織とは思えません!」

「ならば説明と説得を行って、通行できるようにしろ!」


 自衛の組織でありつつも軍事力と捉えることのできる兵装を保持している自衛隊は、今回のような任務にあたる際に小規模ながら抗議や批難を受けることがある。

 平時であれば基地や駐屯地にまで押しかけられる事はないが、演習や派遣などで活動しているさなかに、メガホンや横断幕で独特な主張が耳目に触れることがある。


 特に、今回のように自衛隊法改正案などが議論された際には、そういった行動は苛烈に行われる。

 こういった場合に際してのマニュアルも存在し、自衛隊という性質上穏便な手段を取ることになっている。


「失礼いたします!」

「指揮の途中だぞ!」

「申し訳ありません! 牛内ダムに向かった中隊より、緊急の報告でありました!」


 指揮車に同乗している通信兵の割り込みを叱った野元だが、通信兵の告げた緊急性に言葉が出てこず、思わず川口と伝令と通信兵を見回してしまう。

 仕方なく川口が代弁してやる。


「君は少し待て。どういう通信だ?」


 伝令を待機させた川口に促され、通信兵は応える。


「ハッ! 牛内ダムへ進行を試みたところ、進入路にバイクの集団を発見。退去に応じず進行を阻まれているとのことであります」


 それを聞いて今度は川口が野元を見やった。


「何かの団体の抗議でしょうか?」


 川口の視線を受け、野元は判断付きかねた気持ちを率直に問うた。

 規模の大小に関わらず、こうした抗議団体や活動家は存在するが、デモや街頭演説のような行動をとっても進路を封鎖するような実行団体は珍しい。

 日程や進行ルートが予め明かされていればこうした抗議は想定できるが、今回の任務はまだ公に明かされてはいない。


「……敵性がないということは皇居に集まっている若者でもないということか。ともあれ、我々は任務を――」


 野元の問いに応じていた川口だったが、その途中に爆発音とも破裂音ともつかない音が鳴り響き、発言を中断して車外へ目を向ける。

 相変わらずの降雨の中、遠くに鳥が舞っていた。

 川口だけでなく野元も伝令も通信兵も、先程の破裂音の原因を探すように道路脇の山林の上空へ目を向けていた。


「……ちょうどアチラから聞こえましたな」

「この雨では鳥も飛びづらそうだな」

「周辺で雷が鳴った様子はありません」


 気を利かせたのか通信兵が雷雲の有無を見てくれた。


「……皇居の方角ですね」

「そうなのか!?」


 ポツリと呟かれた伝令の言葉に川口は叫び、慌てて車外へ飛び出した。

 両手をかざして雨を避け、まだ空を舞っている二羽の鳥を追う。


「どうされたのですか」

「……あれは、鳥じゃないぞ」

「まさか?」

「人間が、空中戦をやっている」


 降り続く雨の中、空中に対峙していた二つの影は、川口が目を凝らして観察したタイミングでぶつかり合い、犬猫の決闘か時代劇のチャンバラを連想させた。

 川口の言葉が信じられず、野元も車外に出て同じポーズで空を見上げ、言葉をなくした。

 待機させられていた伝令もポカンと口を開けて呆気にとられている。


「……急ごう。妨害しているバイクを()()()()()便()()()()()()、現地に向かう」

「は、しかし――」

「説明を行い、威嚇を行っても応じない場合は実力行使もやむを得ん。ただし、不必要な暴力と発砲は禁止する!」

「ハッ!」

「牛内の別働隊にも伝えよ!」

「了解しました!」


 川口の言質をとった野元はより細かな指示を発し、伝令を原隊に走らせ通信兵にも令を下した。


「川口一佐」

「ん? む、分かった」


 指揮車へ乗り込もうとした野元は、まだ熱心に空舞う影を追っていた川口に声をかけ乗車を促した。


   ― ― ―


 二人の間で起こった激しい衝突音に、智明は真への警戒レベルを高めた。


「へえ。面白いもの持ってるじゃないか」


 防具の一部だと思っていた金属色の手甲から、攻撃力のある何かが発射されたことは分かったので、智明は楽しむような明るい声で真にそう告げた。

 対峙する真は不敵な笑みを浮かべて応える。


「そっちの大道芸に見合ったもん用意しとかないとな。丸腰とか失礼だろ?」

「向こう見ずに突っ込んでくるだけかと思ったけど、そこまで馬鹿じゃなかったんだな」


 冗談混じりに真を嘲る智明だったが、内心はそこまで馬鹿にしているわけではない。

 西淡湊里の貯水池で水素爆弾様の爆発を起こし、智明と真が袂を分かってから十日近く経つ。


 その間に智明は川崎と山場を味方につけて人数を集め、川崎の手配でそれなりの武器や防具を揃え、独立の声を上げることで一つの組織を立ち上げることが成った。


 対して真は、超常的な能力もなしに智明の障壁を揺さぶるような武器を得、少人数ながら前後に分かれて明里新宮に攻め入る仲間や同士を連れてきた。


 智明がここまでしてのけたのは超常的な能力があったからであって、真がそこまでのお膳立てをやってのけた筋道が見えず、その真相は無視できない。


「ハッ! お前がそこまで俺の事を単細胞に思ってたとはな。見くびるんじゃねーよ」


 啖呵を切る真に智明は油断のない視線を返す。

 今更ながら真の装備を詳しく見、そのポテンシャルを測っていてふっと不安がよぎった。


 ――まだ他にも隠し玉があるんじゃないか? 昨夜の夢には修験者(しゅげんしゃ)の女の子が真の名前を呼んでた。無関係とは思えないよな――


 城ヶ崎真という幼馴染みを知っているからこそ、真と修験者は縁遠いものだと思えるし、武器や防具をどうやって入手したのか見当もつかない。

 そもそも真がH・B(ハーヴェー)化したのだって、どんなルートから『タネ』を入手したのか?

 空中に浮遊したり飛行していることさえとんでもないことのはずだ。


「……そうだよな。俺がこんなことになってるくらいだ。お前が空飛んでたり、どっかから武器を調達してきたことくらい、どってことないよな」


 動揺や警戒で判断を誤らないために智明自身を諌める言葉だったが、真の耳には違って聞こえたのかムッとした返事が返ってくる。


「上から言ってるんだか、見下してるんだか、何にせよお前が、俺を、『お前』呼ばわりすんじゃねーよ」


 そう言って右手を突き出し、真は射撃態勢をとる。


「俺の障壁をどうにかしてから言えよ!」


 智明は瞬間的に光を纏い、わざと周囲の空気を押しのけるように障壁を張り直して真に圧を与える。


「くっ! うおっ!?」


 智明の意図通りに突風にも似た圧力に真の体が押し揺らいだ。そこへめがけて手足の挙動なしに空気の塊をぶつけてやると、真は驚きの声を発しながら数メートルほど落下した。


「どうした? もう始まってるんだぞ?」


 油断なく真に狙いを定め、智明は空気弾を連射する。

 落下していく体を留めたばかりの真に、最初の二発は命中したが、そこから真はジグザグ飛行をして軌道を読ませなかったので命中はなかった。

 それでも智明は散発的に空気弾を放っていったが、頭の真ん中を針先でつつくような刺激を感じた。


 心の声や意識にも人の声の様な色や雰囲気があって、何人かならば指定受信のように限定して意識を向けていられる。

 川崎から自衛隊出発の報を受けた要領だ。


「チッ。こんな時にか」


 思わず舌打ちが出たが、攻撃の手は緩めずに頭に響いたサインの主に伝心(テレパシー)を向ける。


《今、結構忙しいんだけど》

《そうみたいやな。せやけどもっと忙しくなる報告やねん》


 応えたのは諜報活動に当たらせた山場俊一(やまばしゅんいち)だ。


《手短に言ってほしいな》


 ジグザグに飛行し急ブレーキや急加速を思い付きで繰り返す真に攻撃しながら訴える。


《大体想像つくやろ。今、自衛隊がウエッサイを捕まえてどかして、坂上がってこうとしよるぞ》

《このタイミングで? うおっ!?》


 山場から自衛隊の接近を告げられ、動揺して動きが止まったところへ真からの攻撃を受けてしまった。障壁があるので負傷はしていないが、風船の中に居るようなものなので障壁が受けた衝撃は僅かだが智明に伝わる。


《山場さん、ありがとう。なんとかするよ》

《ほな、他の仕事片付けるわ。報告に帰ってくる場所、守っといてや》


 山場の小馬鹿にした他人事の言葉が返ってきたので、智明は返事をせずに伝心を終えた。

 その間にもう一発、真から攻撃を受けたので智明も空中を左右に移動して真の狙いを外す。


 ――目の前に真が居ちゃ、伝心に集中できない。川崎さんは本宮周辺に居るからか外苑の更に向こうまでは見えてないし――


 空中を上下左右に移動しながら空気弾を放ち、真から放たれる攻撃を避けながら、智明の思考は今為すべきことでいっぱいになる。


 ――クソッ! 集中できねぇ!――


 真へと放った空気弾二連射は、智明が想定していた威力より弱く、エネルギー切れを感じて思わず毒付いてしまう。

 智明の身に宿った力は、人間の能力を圧倒的に超えた力だが、そのエネルギー消費は激しく連続使用となるとすぐに空腹や頭痛を感じてしまう。


「これならどうだ!」


 真を惑わせるために思わせぶりなセリフを吐き、智明は瞬間移動で一時的に姿を消した。

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