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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第一章 三つの仔
14/485

変転 ②

   ※


「……何だあれ?」

 智明は出したこともないスピードに平常心が乱れたが、バックミラーからライトが見えなくなったので少し落ち着いた。

 少し前を走る真が『急げ』の合図を出した時は、何事かとひどく慌てた。

「平気。…………なわけないけど、あの後じゃ止まるに止まれんだろ」

 かなりスピードを落として片手運転で智明を振り返った真に、オーケーサインで問題ないことを伝えたが、本音はバイクを止めたくて仕方なかった。

 東浦辺りで早くなり始めた動悸は収まるどころかますます早くなってきているし、肘も膝も目に見えて震えてきている。アクセルを握る手もクラッチレバーにかけた指も、感触が曖昧だ。

 何より一番辛いのは、頭痛が激しくなり始めて集中力や思考能力が途絶えがちで、ボンヤリし始めたことだ。

 先程から独り言をつぶやいているのも、意識が無くなりそうで怖くなってきているからだ。

 特に今は右手に山、左手に海で街灯もまばらな闇の中をヘッドライトを頼りに走っている状態だ。

 一瞬の判断ミスで生死に関わる事故を起こしかねない。

「……淡路連合の人らなのかな? だとしても追いかけられる理由が分かんないけど……」

 バックミラーを覗くが今は後ろの闇を写すだけだ。

「でも真がスピード出して逃げようとしたってことは、やっぱりピンチってことだよな」

 十メートルほど前を走る真のバイクのテールランプを見ながら呟く。

 ――あ、ヤバイ――

 急にこみ上げてきた嘔吐感に声も出せず、かと言ってバイクを止めることもできず、しっかり前を見ることと両手両足に力を込めることだけ意識して、無理に我慢せずに吐くにまかせた。

 服は着替えて洗えば済むし、バイクも洗ってやればいい。今はコケずに走り続けて、事故だけはしないようにしないと――。

 それでも智明の操るバイクはフラつくような挙動を見せ、真に振り向かせることになった。


「あのバカ! 合図しろよ!」

 明らかにおかしい智明の様子に真は激高したが、直前に正体不明のバイクに追われて慌てふためいた自分の行動が影響したかもと考え、停車できる場所がないかを探すことにした。

 間もなく右手の山林が途切れ市街地に入る。

「あ、あそこなら!」

 山林が途切れてすぐに28号線から分岐する形で76号淡路水仙ラインが伸びてい、そちらへ左折してすぐに海水浴場があって州浜橋へと続いていく。アワイチで何度か通った場所だ。

 すぐさま智明にハンドサインを出して、左折の準備を行う。

 うまく信号を抜けれればさっきのバイクをやり過ごせるかもしれない。

 淡い期待と智明の運転の心配をしながら、真はウインカーを点滅させバイクを左折させた。


   ※


 洲本の市街地に入り、ビルやマンションの影をバックに街灯の列が規則正しく並んでいる。

〈……おい、どこだ?〉

〈見失った? ……マジかよ〉

 油断させるためにスピードを抑えたとはいえ、視界にあるほぼ直線の国道は遠くまで見通せるのに、それらしいバイクの姿がない。

 丁度信号が赤になったので二台ともバイクを停車させ、田尻はヘルメットのバイザーを上げて肉声で紀夫に話しかける。

「どっかで曲がったか?」

「どうだろう? もう交差点を何個か来ちゃってるからな……」

 耳から入る肉声と脳内の通話の声がダブッて聞こえるのを我慢しながら周囲を見回す二人。

「そのままアワイチコース走ってるとか?」

「トラブル抱えてんのにか?」

 紀夫の予想を田尻は一蹴しようとする。田尻が敬愛するテツオからは『トラブルに見舞われている』と聞いていたから、彼にとってはそちらの情報の方が信頼度は高い。

「でも、アイツらが帰るならコッチだろうし、アワイチなら水仙ラインだろ?」

 紀夫が説明しながら、進行方向を指差し次いで後方の交差点を指差すのを目で追って、田尻は考え込む。

「可能性はあるか。……んじゃ、水仙ラインを十分ほどカッ飛ばして追いつけなかったら、28号線に戻ってブッ飛ばしてみよう。前のは400だけど、後ろは小型だったしスピード出し慣れてなさそうだったから、追いつけるだろ」

「そう、だな。それでいこう」

 小さな会議を終わらせると右折のウインカーを点滅させて、律儀に信号が変わるのを待ってからUターンして76号淡路水仙ラインへの分岐まで戻り、右折して州浜橋に向かって進む。。

〈居た!〉

 田尻より紀夫の方が目が利くようで、水仙ラインに入ってすぐの海水浴場の東屋にバイクと人影を見つけて指さした。

 可能な限りゆっくりと近付き、田尻と紀夫はバイクを止めて確かめる。

「おい、お前。城ヶ崎真だな?」

 ヘッドライトを眩しそうに睨みながら茶髪の男が顔を向けた。

「ビビらせてすまんな。これで分かるかな?」

 紀夫はベルトに括り付けていた迷彩柄のバンダナをヒラヒラさせる。

「ウエッサイの人達?スカ?」

 明らかに動揺している真らしい男は、それでも少し警戒は解いたようだ。

「俺は田尻。こっちは紀夫な」

「ああ、田尻さんは一度名前を聞いたことあるっス。ども、真ッス」

 そこまで確かめられてから田尻と紀夫はバイクを完全に停車させ、ヘッドライトとエンジンを切った。

「ようやく捕まえたぜ」

「オノコロの辺りで追いかけてきたのもお二人っスカ?」

「ああ。すまないな。テツオさんからの指示でな? お前らがなんか困ってるらしいから手助けしろって言われてな」

「襲うつもりなんかなかったのに、逃げ出したからこっちが焦ったぞ」

「いや、こっちこそ何事かと思って慌てましたよ」

 突然追いかけられた恐怖から開放されたようで、真は安堵のため息をこぼしつつ苦笑いを浮かべる。

 田尻と紀夫も一時見失って慌てたことを思い出して軽く笑った。

「……それより、何があったんだ?」

「俺らは助けてやれしか言われてないから、何をしていいか分からんのだが」

「はあ。……実は、こいつ俺のダチで智明っていうんスけど、なんか急に体調悪くなったみたいで。東浦辺りで一回吐いて、津名までなんとか漕ぎ着けたんスけど、やっぱり回復してないみたいで……」

「あん? おま、血吐いてんじゃねーか」

「おいおい、体調どころの話じゃねーだろ」

 真が説明しながら視線を向けた先にはヘルメットを被ったままベンチにもたれている男が居て、弱い街灯の明かりでも分かるくらい上着の胸から腹が黒ずんでいた。

「こんな状態のやつにバイク運転させるなよ! 殺す気か!」

「違うっス! 津名まではここまでじゃなかったんス! ここに来てバイク停めたらこの状態で……」

 田尻が真剣に怒っていることを察して真も真剣に答えた。

 二人のやり取りを聞きながら、紀夫はベンチにもたれる男に近付き手首を握る。

「……。ん、まだ生きてる」

「紀夫さん!?」

「コエーこと言うなよ……」

 紀夫が生死を確かめてしまうくらい男の様子は危険な状態に見えたが、真も田尻もそれだけは考えたくなくて避けようとしたことを紀夫はサラッと言ってしまっていた。

「で、どうする?」

 妙な落ち着き方で紀夫は真に問いかける。

「ここまでだと、やっぱり医者かな、と」

「そりゃそうだが。……救急車か、俺らで運ぶか、だぞ?」

 田尻と紀夫は何もやましい事はないが、真とそのダチはまだ中学生だ。病院に連れて行くのは問題なくても、病院に事故や事件性を疑われてしまうと、警察に通報される可能性はある。

「……俺が、運びます」

「ニケツしたことあるか?」

 田尻は念の為、真が二人乗りで後ろに人を乗せたことがあるかを確かめる。

「何度かは」

「なら、いい。俺らが横について支えて走ってもいいしな」

「スンマセン」

「謝ったり礼を言うなら、テツオさんに言ってくれ。俺らはそっちの指示でやってるだけだ」

 それであっても親身な対応だと思い、真は無言だったが深いお辞儀をした。

 そこからなんとか智明を立たせて真の後ろに座らせ、智明の腕を真にタスキがけさせるように回させて、田尻のバイクに掛けていた荷造り用ネットを智明の腕にまとわりつかせて落下を防ぐ対策をした。

「智明、医者に連れてくからな」

 バイクをスタートさせる前に智明に声をかけ、微かに頭が動くのを見てから真はバイクをスタートさせた。

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