コンタクト ①
「来たぞ!!」
開け放った外苑前の門扉の影で、十人単位の班を指揮する班長が声を上げた。
急ごしらえながら門柱に渡す形で塹壕代わりの木板が立てられ、その影から三人が頭を出す。門扉の両翼に伸びる外塀には簡素な足場も組まれ、こちらからも三人ずつ外苑を覗いている。
「障壁があるうちは撃つなよ!」
門扉の影から班長が声をかけると、外塀の裏で身を屈ませている数十人が、壁に張り付くように散開した。
足場から顔を出している者の交代のためだろう。
「障壁って、どんなもんなんだ?」
「分からん」
門扉から顔を出していた班長の足元で、塹壕に伏している仲間から問われたが、班長はその質問を切り捨てた。
川崎からは『障壁がある』としか聞かされていないのだ。
「三人だけやな?」
「うん。……自衛隊って感じもしないな」
同じく足元から掛けられた声に班長も勢いを無くした声で応じた。
四車線の舗装路に覆いかぶさるような両側の林と、外苑と呼称している砂利の敷かれた更地の境を歩み寄ってきているのは、見慣れない防具に見を包んだ三人の人影だけだ。
警察の機動隊であれば紺色の制服に濃紺の防具だし、陸上自衛隊であれば濃綠色と土色の迷彩柄制服と防具のはずだが、こちらに向かってくる三人は黒地の服に濃紺の防具を着け、両腕には金属質の手甲を装着しているように見える。
「アメリカの特殊部隊か?」
「んなアホな」
「日本にも秘密警察ってあるらしいぞ」
「お前、いくつだよ」
「コラッ! 集中しとかないと死ぬぞ!」
私語を交わしていた仲間を叱った班長だが、川崎から聞いていた話とはずいぶん違う展開に動揺していた。
「うん? なんだ?」
三人のうちの一人が片腕を持ち上げたかと思うと、外門の手前の空間が陽炎のように揺らいだ気がした。
「あれ?」
外塀に張り付いて眺めていた一人も変な声を出す。
「なんだよ?」
「いや、なんか、雨が変な方に弾けたなと思ってよ?」
「水たまりで跳ねただけだろ」
その間も外門の手前の空間はユラユラと景色が歪みまくる。
「これが、障壁ってやつなんだよな、たぶん」
木板の塹壕越しに見ていた一人がつぶやいた。
「いや! やっぱり変だ! 雨が空中で弾き飛ばされてる!」
「なんだと!?」
「俺のとこから真ん中の奴まで一直線なんだけど、雨が変な方に弾き飛ばされて、障壁かなんかに当たる時に雨が丸く無くなるんだよ」
信じられない物を見た驚きの顔で話す仲間を、班長は信じられないことを言ってる人を見下ろす顔で見てしまう。
「見間違いちゃうんか?」
「こんな時に茶化すなよ。場所変わって見てみろよ」
隣に居た関西弁の仲間に場所を開けてやる。
「本当ならとんでもないことだぞ」
班長は、木板の塹壕の真ん中へ移動した関西弁の仲間と重なるように身を屈めながら、一人ごちた。
ゆっくりと歩いてくる人影は武器らしい武器を所持していないように見えるからだ。
「……うーん?」
「……これ、やっぱり攻撃なんだよな?」
関西弁の仲間はいまいち見分けられなかったのか、唸りながら首をひねっているが、班長は緊張感のない問いかけを誰とはなしに投げかけた。
班長の問いかけに誰かが答える前に、向かってきていた三人全員が片腕を上げ、外門の手前で雨が弾かれ空間が歪み雨音とは違う水のかかる音が連続して響き始めた。
「大将! 敵は空気の弾を撃ってきてます!」
班長は手元のゴム弾が頼りなく思え、敵の武器に震えながら報告を行った。
― ― ―
「まずは小手調べが定石だよなー」
田尻と紀夫を左右に従えて、瀬名は無造作に右腕を上げてエアバレットの狙いをつけた。
歩いて登ってきた舗装路は左右の山林が途切れると同時に開けた更地に出て、その正面奥には真新しい塀と門が見えた。
事前の下調べで皇居の正門の位置は確認していたが、今日までに集めた情報通りに囲いと門が一つ増えている。
さらに不確かながら『目に見えない壁がある』との情報もあって、テツオとの会議の結果、『智明の能力だろう』という予測に留まった。
予測されたものが目の前にあるかもしれないのならば、試さなければならない。
瀬名は最小の威力でエアバレットを撃った。
「……当たって、る?」
「あれが『透明の壁』ってやつっすか」
雨音に消えてしまうような発射音のあと、銃口の前の雨粒が弾けたのが見えた。
だが門の周辺の様子に変化がないため、田尻も紀夫も様子を伺うような発言をした。
「微妙。もうちょいやってみっかねー」
歩みを止めずに瀬名がテンポ良く撃ち続ける。
門扉や塀の影に人影が見え隠れしているのに、怯まずに連射する瀬名を見て両側を歩く田尻と紀夫が慌て始める。
「そんな感じでいいんスカ?」
「向こうから撃ってくるッスよ!」
だが瀬名はこともなげに言い返した。
「障壁あるんなら、無理に撃たないって。クマゴリラが仕切ってんだからそーするはずだ」
こともなげに返した瀬名に田尻と紀夫は納得してしまう。
淡路暴走団の大将川崎は合理性と効率を求めるがゆえ、障壁に守られているうちは無駄撃ちをさせない男だ。事実、瀬名たちが近付いていても一発の反撃もない。
「でも、障壁があって効いてないなら意味なくないスカ?」
「なんかの拍子にって可能性はあるからなぁ」
答えながら、瀬名はエアバレットの発射をやめない。
「じゃあ、俺らもそろそろ」
「ああ。アイツら生身かもしんないから弱めでなー?」
「ウッス」
勇んで右腕を持ち上げた紀夫に助言しつつ、瀬名は門の影で蠢く人影を注視する。
雨の勢いが増してきたのか、エアバレットの威力を弱くしすぎているのか、待ち受ける敵にエアバレットの弾道を見極めるような動きが見えた。
エアバレットは空気砲の要領で正しく空気の塊を発射する武器だ。晴れていたり水や埃のない場所では透明で目にする事はできない。
しかし、樹木や草花の近くだと風圧で枝葉がそよいでしまうし、砂埃や粉塵の舞う中ではそれらが押しのけられて弾道が明確になる。同様に水たまりなどにも波紋が立ってしまう。
雨が降る中では視力の良い者にはエアバレットの弾道は目立つかもしれない。
「バレた、かなー?」
両隣で連射を始めた田尻と紀夫には聞こえない小声で、珍しく瀬名が気弱な言葉を呟いた。




