山場俊一 ③
再び智明を睨んだ山場だったが、チェアーにもたれて言葉を継ぐ。
「バイクでエアーキメたり、谷を飛び越えたりして度胸付いたつもりやったけど、あん時の俺らは暴力の怖さを知らんかった。それどころか、逆恨みや復讐とかが現実の生活で襲ってくるなんぞ、想像もせんかったわ」
日常生活において、自分が暴力を振るわれたり復讐の対象になるなど思わないという部分は、智明も共感できた。
優里からツッコミでしばかれることはあっても、怒りや憎しみで暴力を受けたことはない。
「犯罪を誘った連中に?」
「いや、金目当てでチンピラに尻尾振った元友達や」
「それは、キツイね……」
想像するだけで智明は苦しくなった。
昨日まで友達だった者から逆恨みや暴力を向けられるなど、聞くだけでもショックは大きい。その時の山場の心理はいかようだったか、智明には分かる気がする。
今の智明と真の関係は、山場の過去と似ているから。
「キツかったなぁ〜。そんなことがあるなんて予想してなかったからな。全員ボッコボコにされたわ」
屈辱的な出来事のはずだが、山場は爽やかに笑っている。
「その割には楽しそうな顔してるけど?」
「そりゃそうや。ボッコボコの血塗れにされて奴隷以下の扱いを強要されとったんを、一瞬のスキ突いて逆転したったんや。アレはなかなかに小気味よかったわぁ」
「それが空留橘頭の誕生ってこと?」
「そうや。俺らはクソ以下の惨めな敗北からチームを生み出したんや」
不敵に笑う山場の目には、狂気じみた暗い光が宿って見えた。
そこからは恐らく智明の聞いた噂の通りなのだろう。
犯罪グループや悪徳商人などと関わり、友好的に接したり従属する風を装い、機をみて奇襲や騙し討ちで彼らの全てを奪っていったのだろう。
ある意味、正面からぶつかることに怯え、卑怯な手段を取っているように見えるが、友好的に接したり従って見せることでチームの損失や力を守っているともとれる。
世間的には犯罪者同士の諍いに見えても、山場たちは仲間を守りつつ最大限の攻撃で悪人を葬っているのかもしれない。
『義賊』と呼ばれる理由の一つだろう。
「ある意味、チームのカラーもそこで決まっちゃったわけだね」
「まあな。恥ずかしいんやけど、赤のライダースはアホ共の返り血なんや」
山場は本当に照れているようで、右の頬をかきながら目線はそっぽを向いている。
「いや、中二っぽくて俺は好きだよ」
「アホ。同じこと川崎のオッサンにも言うてみい。淡路暴走団の特攻服は『闇に生きる仕事人の制服や』言うとったぞ」
「ぷはっ!」
真偽は分からないが、山場が馬鹿にした感じで明かした淡路暴走団の黒い特攻服のコンセプトに、智明は思わず吹き出してしまった。
「ウケるやろ? これ、ガチやからな」
『仕事人』とは、金などの報酬次第で仇討ちや暗殺を請け負う始末屋のことで、普段は別の稼業を営んで世を忍んでいるとされている。
時代小説やそれを元にしたテレビドラマなどが人気を博したが、本業と裏稼業というあたりをダブらせるあたり、川崎のセンスがよく表れているので智明には尚おかしかった。
「いやいや。そっちも俺は好きだな」
「ふーん。変わった奴っちゃな。ちなみに、洲本走連はケンカチームやないって主張したくてツナギのライダーススーツな。逆にWSSはボーイスカウト出身者と空手道場の門下生の集まりやから武闘派アピールで迷彩付けとるらしいぞ」
楽しそうに笑っている智明をつまらなそうに見ながら、それでも山場は各チームのユニフォームを解説してくれた。
洲本走連やWSSに興味があった智明としては、裏話を聞けた気がして少し得をした気分になる。
「へえ。みんな色々考えてるんだね。……うちもそういうの作った方がいいのかなぁ。あ、でもこのあと腕輪配るんだっけ」
「ああ、俺に飲ませた『タネ』、みんなにも配ったんか。アレはえげつないな」
山場の話を聞いて制服やシンボルやグッズの必要性と有用性を感じ取った智明だが、山場は智明の心境などお構いなしに表情を輝かせる。
ダルそうにチェアーにもたれさせていた上体をシャキッと伸ばしたほどだ。
「そんなに変わったの? 申し訳ないけど山場さんで試したとこがあって、どのくらいの物かは分かってなかったんだよ」
智明は申し訳なさそうな顔で本音をさらけ出しておく。山場の嘘を見通すぶん、山場に嘘を吐かないでおきたいからだ。
ただ、送り付けられた荷物の中に『タネ』に関する説明も入っていたので、全くの無知で山場に『タネ』を与えたわけではない。
「おま、そういうのは先に言えよ! あん時、仲間になれとか言いながら、川崎のオッサンと結託して俺を毒殺するんちゃうか思って、結構怖かったんやぞ」
拗ねたように唇を尖らせて抗議した山場だったが、そこまで機嫌は悪くなっていないようだ。
「ごめん。でも、ナノマシンで骨や神経や筋肉を金属とか樹脂にすげかえるなんて聞いてたら、尚更『タネ』飲めなかったでしょ? それより、どれほどの効果があったか教えてよ」
今度こそ口先だけの軽い謝罪をしたので、山場は「お前もタチ悪いな」と呟いてから効果を説明し始める。
「二日ほど死んどったのは置いといて。……まあ、当たり前のことやけど、普通に生活する分には変化は感じへんな。どっかにぶつけたとかの痛さも変わってへん。怪我の治り具合もそこいらへんのナノマシンと大差ない。ただ、筋力っちゅーか身体能力は格段に上がっとる」
真剣な顔で話し始めた山場は、ガッツポーズのように右手を持ち上げ、智明に誇示するように前腕に力を込めて筋張らせる。
智明と山場は体型が似通っており、山場の方が十センチほど背が高いが、線の細さで言えば二人とも華奢な部類と言える。
その山場が拳を閉じたり開いたりして腕の筋肉を見せつけるようにするが、智明には数日前との違いが分からなかった。
「見た目の変化はあまりないみたいだね」
「試してみるか? たぶん、生身の頃の十倍くらいやぞ」
「そんなに? それが本当ならHDを配る価値があるよね」
川崎の知り合いだというフランク・守山から送られてきた『タネ』は、説明文や宣伝文句が添えてあったとはいえ、その効果には不安があった。
脳を電子機器化してスマートフォン並みの性能を持たせるH・Bが普及しているとはいえ、骨や筋肉などを金属や樹脂に変えると説明されても、ピンと来なかった。
だからというわけではないが、山場が他のバイカー達からしばらく離れて過ごしたいという提案に乗じて、HDを試験してもらった。
「確か、空気の密度を高めて壁を作れるとか言うとったよな? 最初に普通の力で左ジャブを打って、ほんで全力の右ストレート行くからな」
チェアーから立ち上がった山場は、左足を半歩だけ前へ出して緩くファイティングポーズをとる。
「分かった。掌にバレーボール位の障壁を作ってるから、そこを狙ってくれればいいよ」
友達に控えめな挨拶をする感じで、智明は右手を胸の高さに上げ緩く開いた掌を山場に向けた。
「ほいっ」
軽い掛け声とともに山場は左手を伸ばし、智明の示した箇所を狙って弾くように叩いて、すぐに左手を引き戻した。
「前も思ったけど変な感触やな。溶けかけの氷枕殴ってるみたいや」
山場は、硬いけれど拳がわずかにめり込む障壁を独特の表現で表し、痛みがあるのか気持ち悪さを晴らすためか、左手をプラプラと振った。
「はは。まあ、空気は何パーセントか水ふくんでるからね」
「だから硬いわけやないのによー言うわ。そしたら、本気のやつ行くからな」
「ウッス」
宣言して先程より足を開いて腰を落とした山場に合わせ、智明も右手を真っ直ぐに突き出して、見様見真似で身構える。
「うっりゃっ!」
静かに息を吸い、山場は気合いの声とともに一歩踏み込んで拳を打ち放つ。
「っん!!」
山場の拳は智明の言った通り、智明の掌の十五センチ手前で音もなく留まっている。が、山場の右手はまだ伸び切っておらず、智明の体全体が押し留まろうと少し震える。
「くっ!」
少しずつ山場の腕が伸びるのに合わせ、智明のスニーカーがゴム底特有の悲鳴を上げて、智明の体が押し下げられる。
「うぇい!」
「ぁっぜい!」
二人が同時に詰めていた息を吐き、智明は真横にステップし、山場は勢い余って左前へすっぽ抜けた体を支えるために急いで右足を振り出して体を停めた。
両者の力が拮抗したため、智明が山場の拳を捌いたのだ。
「ふう……」
「どや! もうちょい踏み込んどったらぶっ飛んどったやろ! 準備してなかったら一撃やったやろ!」
呼吸を整える智明に対し、立ち位置が変わってしまった関係上、山場が肩越しに振り向いてドヤ顔でまくし立てた。
「一発目と二発目で本当に十倍以上の変化が出てるね。スゴイのが回ってきたな」
智明は山場の右ストレートの威力を思い起こすように、閉じたり開いたりしている掌を眺める。
その様子を見て山場はつまらなそうに右の拳を舐めながら愚痴る。
「ほんま、可愛げない奴や。お世辞でも俺を立てろよ。ったく」
「ああ、いや、もちろん山場さんの力にも感動してるんだよ、うん」
「もうええわ。ハーディーとやらを使ってもお前の能力に勝てんのが分かっただけ意味はあったわ」
智明の遅すぎたお世辞では山場の機嫌は直らなかったようだ。
「……でも、こんなのが百セットも届くってことに恐怖も感じないかい?」
声のトーンを落として問うた智明に、山場は血の混じった唾を吐いてから答える。
「……確かに。出処は確か、ナントカ守山って言うてたな?」
まだ右拳の出血が収まらないのか、智明に向き直っても山場はまた拳を舐めた。
「うん。川崎さんが言うには、ハーフっぽい男で、フラッと現れて、情報や雑談をばら撒いて居なくなるって言ってたよ。……血、止まらない?」
さすがに心配そうな顔になった智明に対し、山場はもう一度血の混じった唾を吐いてから答える。
「勢いを捌かれたからな。皮がズルッといってもうただけや。……それより、フランクなんちゃらって奴、もしかしたら俺の知っとる奴かもしれん」
「へえ? それはちょっと、オモシロイね」
山場の言葉を受け、智明はいやらしい笑顔になる。
「おいおい。なんかしょーもないこと考えとるやろ」
「そりゃそうだよ。諜報部や情報局を設けるってことは、そういうことでしょ?」
あっさり答えた智明に、山場は片眉を上げて呆れてしまう。
「お前はホンマにタチ悪いわ」
「はは。天下のクルキとアワボーを従えるんだもん。多少はワルく行かないとね」
今度こそ山場は本気で呆れてしまい、肩をすくめてしまう。
「で? 初仕事はそれでええんか?」
腰に手を当てて、山場らしく指示を仰ぐ。
「いや、いくつかあるよ。一個目はフランク・守山が何者なのかを探る。二個目はWSSの動向と、自衛隊の動向を知る」
「オイこら。俺はまだ十代やぞ。自衛隊ってお前、いきなり日本に立ち向かうんか?」
「そうだよ」
即答した智明に山場は絶句する。
「俺たちは日本から独立して、淡路島を国にするんだよ。そのためには、先回りして、これからの自衛隊を見張ったり知っておいたりする必要がある。こんなこと、そこいらの大人や高校生には頼めないからね」
智明も両手を腰に当て、真剣な目で山場に答え、「山場さんにしか出来ないよ」と付け足した。
「それは買いかぶりっちゅーか、無理難題やろ」
「かもしれない。けど、HDで『普通の十代』ではなくなったしね。任務に期限を切ってる訳でもないよ。ああ、WSSに関しては手近なぶんちょっと急いで欲しいけどね」
「……ったく。フランクなんちゃらとウエッサイは調べようがあるけど、自衛隊っちゅーんがな……」
ダラリと下げていた手で顎をさすって困った様子を見せる山場だが、右手を顔に近付けたついでに拳の怪我を気にしたあたり、困っている演技だと智明は知る。
「何も自衛隊をぶっ潰してほしいわけじゃなくて、どんくらいの熱量でこっち来るのかとか、どの辺まで来てるとか、そういう斥候みたいのでいいんだよ」
「なるほどな」
「ウエッサイもそれに近いかな? そういう見たままを報告するのとは違って、フランク・守山は時間がかかると思うし、危険かもしれない」
「どうやろ? そいつに関しては心当たりはあるっちゃあるねん。多分やけど、守山丞太郎のことかなと思っとる」
また腰に両手を当てて山場は自信有りげにニヤつく。
「目星がついてるなら心強いね。ただ、川崎さんの無茶振りに数日で武器やHDや食料をを用意した輩だから、俺らが思ってるより面倒な人間かもしれない」
「せやから、俺なんやろ?」
「そうだね」
「へいへい。せっかくのリアルなスパイごっこのお誘いやからな。付きおうたるわ」
「……もう一つだけ任務があるんだ」
仕方なく任務を引き受ける風を装って肩をすくめた山場に、智明が付け足しをしたので、山場は顔をしかめた。
「まだあるんか?」
「うん。……実は、うちの親と連絡がつかないんだ。どころか、家にも職場にも姿を現してない」
「どういうことや? お前が事件起こしたから、愛想つかして夜逃げしたんか?」
冗談ぽくイジるように言ってきたが、その山場の予想は間違いだ。
「この状況がニュースで流れてたらその通りだろうけどね。俺達が皇居を占領してることはまだニュースになってないし、俺が事件を起こしたことも報道されていないよ。でも、両親は事件のあった日から姿を消してるんだ」
「ふーん」
智明の説明に、山場は腕組みをしてそっけない返事を返す。
「ま、な。自衛隊どうこうよりは手間はなさそうやが。……ただ、さすがに俺一人じゃ物理的に無理がある。うちのメンバーを何人か連れて行ってええか?」
山場の提案に、今度は智明が腕組みをして黙る。
「……四人か、五人、てとこだね」
「上等や」
「ん。よろしく」
「ああ。……これ、川崎のオッサンに言うんか?」
腕組みを解いた智明が右手を差し出したが、その手を無視して山場が問うた。
短い逡巡を挟んで智明が答える。
「言うべきかなと思うけど、山場さんが動きにくいなら言わないでおくけど?」
「じゃあ、言わんでええわ。一枚岩やない方がオモロイからな」
「分かるけど、俺の立場としてはやりにくいなぁ」
それでもようやっと握手に応じた山場にホッとする。
「そない言うなよ。クルキの山場俊一が従ったるんや。キングらしいしとけ」
「……よろしく」
やや引きつった智明の笑顔に対し、山場は楽しそうなニンマリした笑顔を見せた。




