山場俊一 ②
「ハッ! FBIかCIAをやれってか?」
よほど想定外だったのか、山場は短く息を吐いて一笑に伏し、アメリカの情報機関を例えに出した。
だが拒否や怒りは表さず、口元をニヤけさせているところを見るとまんざらでもない様子だ。
「まあ、そんなとこだね。もう一人いい人材が居たんだけど、その人は正義感の強い人だから、やってくれそうになかったからね」
「で、俺なわけか。……しかしええんか? 諜報ってことはスパイか情報収集やろ? 一番裏切ったり騙したりしやすい役目やぞ」
山場は智明を試すように問うた。
「そうだね。自分の利益だけを考える小物ならそんな心配もするけど、山場さんはそうじゃないからそんな心配はしてないよ。もしそんな事があるようなら、こっちは山場さんを切り捨てるだけで済むしね」
笑顔を消して智明は真剣な表情で答えた。
「ハッキリ言うたな」
目付きを鋭くし、ゆらりと山場が立ち上がる。
川崎ほどの背丈も肩幅もないし、山場自身がネタにするほど武闘派な体格ではないが、それでも立ち姿には淡路島を四分割するバイクチームのリーダーの格を感じさせる。
「やるかやらんかを答える前に尻尾切りすると言われて、俺がその仕事をやると思うんか?」
「やってくれると思ってるよ」
怒りや殺気を漂わせる山場に動じず、智明はあっさりと断じる。
「根拠は?」
「性に合ってるでしょ? バレれば地獄。ミス一つで即死。俺を陥れたり騙すのは簡単だけど、それは帰るとこも新しい居場所も失う……。そんな危険な綱渡りが出来るのは山場さんしか居ないし、山場さんにしか任せられないよ」
「そんなテンプレに俺を当てはめるな、と言いたいとこやけど、お前は心が読めるんやったな」
智明を睨みつけていた目をフッと和らげ、山場は「やりにくい奴やな」と言いながら頭をかいた。
「……そうやなぁ。お前らを陥れて川崎のオッサンもろとも窮地に追いやったら楽しそうやけど、しばらく誰かに認められたり頼られたりがないっちゅうのは淋しいし、イライラするやろな。このままチームの連中と仲良しこよしをやっとっても、そのうちアイツらも俺も働かなあかん歳や」
先程まで噴出させていた殺気や怒気を消し去り、山場は独り言のようにつぶやきながらチェアーに腰掛ける。
「親の仕事手伝って山に入るんも俺らしいとは思わんし、楽しそうでもない。かと言って、仲間らと悪人懲らしめて金集めるんもやりにくくなってきとる」
「そんなことしてたの?」
噂や川崎の評価で知ってはいたが、本人の口から事実として聞くと驚いてしまい、思わず呆れて突き放すような言葉が出てしまった。
「あのなぁ。玉ネギにしろレタスにしろビワにしろミカンにしろ、農家っちゅーんはどうやっても儲からへん仕組みになっとるんや。豊作ん時は作物が溢れかえるさかい売っても金にならん。凶作ん時はそもそも商品無いさかい、店で高い値段で売られとっても農家にゃバックされん。仮にバックされとっても捨てた分や育たんかった分がある時点で損しとるんや」
「そうなんだね」
山場の話した事は一部の例でしかないだろうが、生産者という供給する側の末端では常に相場に振り回された悲喜こもごもがある。
高い品質の為にと、金をかけて肥料を張り込み手間をかけて育て上げても、売り値は相場を元にして決められてしまう。
また育ちの悪い作物や傷んだ作物は補填すらされず、ただただ廃棄して損益となるだけだ。
「そうや。生産者で儲かるとしたら、ブランド化されるんが手っ取り早いけど、それこそ簡単なもんやない」
「へえ。結構溢れてそうだけどね」
「表向きはな。その代わり、裏では必死のパッチや。金かけて旨いモン育てて、市場に出す立場の者に『ブランド足り得る』と評価してもらわなあかん。場合によったら金積んででもブランド化したいんが人情や。ただな? そうやってブランド化した後、今度はその品質や味を維持するっちゅー地獄のマラソンが始まるんや」
世間や企業や販売店に『ブランド』として認められるには様々な経緯や方法がある。
しかし山場が言うように『ブランド』を維持するには真実大変な苦労がつきまとう。
味・見た目・品質などを維持するのは当然として、供給量も安定させねばならないし、品質管理や衛生管理や安定供給のための設備投資に人員確保など、その『ブランド』の背景には様々な準備や改善や努力をし続けなければならない。
まさに山場の言う『地獄のマラソン』にほかならず、このレースにリタイア以外のゴールは無い。
「シビアだね」
「農家の倅なんぞ、余程の覚悟がなきゃ継ぐとか無理やわ。少なくとも俺にゃ務まらん」
自嘲気味に笑ってお手上げのポーズを取る山場だが、だからといって見過ごせない事もある。
「だから義賊の真似事やってたの?」
「そんな格好つけたもんやない」
智明の指摘に一瞬で顔色を変え、山場は嫌いな食べ物を食べなくてはいけない子供のように顔を歪めた。
「親がそんな儲からない仕事やってるせいか、貧乏ってのがみすぼらしくて、情けなくて、耐えられなくてな。憂さ晴らしで山ん中を中古のオフロードバイクで走り回っとった。そしたら同じような連中が集まってきて、『腕磨いて金貯まったらレースとか大会に出たい』なんて夢を見始めてな。バイクの技術なんてのは乗ってりゃそれなりに上がっていくが、金の方は稼ぐか貯めるしか方法がない」
話しながら何年か前の記憶が蘇ってきたのか、山場は過去を懐かしむように柔らかな表情をしていた。しかし、金の話になった瞬間から憎しみのこもった目で床を睨む。
「俺らは趣味でバイク遊びしてるつもりやったが、周りはガラの悪い暴走族かなんかに見えたらしい。変な噂が立ち始めた頃に、性根の腐った連中が近寄ってきて、組織的なひったくりや空き巣なんかの手伝いをしないかと声かけてきた。分け前を聞いた時は一瞬心が動いたんやが、俺を含めた半分はその話を断った。だが残りの半分は金欲しさにそっちに行ってしもた」
その先の展開は読めていたが、声のトーンを落とした山場に智明は続きを促した。
「……どうなったの」
「……普通に警察に通報したさ。その頃の俺らはまだピュアな中学生やったからな……。オイ、笑うとこちゃうぞ!」
「……ごめんごめん。思わずリーゼントじゃない山場さんを想像しちゃったもんだから」
「尚更失礼じゃ!」




