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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第一章 三つの仔
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変転 ①

 今日は散々な夜だ――。

 田尻はバイクを走らせながら焦りと後悔で気が狂いそうだった。

 淡路連合の集会は一ヶ月前から日時も場所も分かっていたし、リーダーのテツオから口酸っぱく『集会でヘマをするな』と厳命されていた。

 この日だけは絶対に下手を打てない!

 遅刻なんてもってのほかと、念には念を入れて、田尻は紀夫に迎えに来てもらうように段取りしていたにも関わらず、当の紀夫が待ち合わせに遅れてきた。それも寝坊や用事が長引いたとかではなく、セフレとケンカをして仲直りのセックスが盛り上がってしまったからという理由だった。

 彼女ならまだしも、セフレとというところがなんともスッキリしない。

 ともあれ、まだ時間的に余裕はあったから集会が行われる津名港へ向けて走り出したのだが、今度は田尻のバイクがガス欠に陥り、バイクを押してガソリンスタンドを探す羽目になった。

 ガソリンスタンドは難なく見つかったが、足元を見られたのかボッタクリだったのか、割高な値段に抗議するも論破され、挙げ句財布が空っぽで紀夫から金を借りる借りないでケンカになった。

 手が出る直前まで言い争ったが、時間がないことに気付き慌てて紀夫が代金を払って走り出したのだが、今度は路地から頭を出してきた軽自動車と接触しそうになり、真面目ぶった髭面のオヤジと口論になった。

 この二時間のストレスを発散しないと集会どころではなくなってしまうと思い、掴みかかる勢いでケンカを売りに行くと、なんとも絶妙に会話を外してきて、挙げ句に警察関係者だと仄めかしてきた。

 結構真剣に紀夫が引き止めてくれたのでその場から引き下がることができたが、結局集会には間に合わなかった。


 WSSウエストサイドストーリーズは四大チームの中でも人数が多く淡路島南西部を仕切っている大きなチームだが、そのぶんリーダーのテツオはチームのメンツや他チームへの印象を気にするようで、遅刻の制裁としてテツオから大勢の前でチームをクビにすると言われた。生きた伝説になりつつある憧れの男から、直接目の前で言われたのはショックだった。

 しかし、そんな派手な宣告は淡路連合でのチームの立場のためにやった芝居なのだと、その後の密命で気付かされる。

『真がトラブルに見舞われているから手助けしてやれ』

 これは本当にしくじれないやつだ。

 田尻の顔もかなり引きつっていたと思うが、紀夫の顔もかなりイッていた。


 そもそもの話をすれば、田尻は城ヶ崎真のことはあまりよく知らない。

 まだWSSの正式メンバーではないし、メンバーの知り合いだか友達だかで、チームのたまり場に居るのを何度か目にした程度だ。恐らく紀夫もその程度だろう。

〈どっち通ったと思う?〉

 H・B化した脳に紀夫から着信があり、やや金属質にこもった音声が脳内に響いた。

〈普通なら28号線じゃねーかな。どこに向かってるかで変わるけど〉

 テツオからは『洲本の方へ南下した』としか聞いていないので、真の行き先は分からない。

〈そうだなぁ。この時間に集会以外でガキが走り回るったら、アワイチか?〉

 紀夫は真のことをガキと言ったが、実際のところ田尻と紀夫とはそれほど年の差はないだろう。真が中学生なのは間違いないが、だとしても二歳ほどしか違わない。

 どちらかといえば、夜中に中学生が無免許運転でバイクを走らせている行動を『ガキ』と表現した感じか。

〈鬱憤ばらしで夜中にアワイチか。ありがちだな〉

〈だな。……オンボロのCB400って言ってたっけ?〉

〈ああ。傷だらけでサビだらけのスーパーフォアーだ。古臭いワインレッドのタンクだ。何度か見たことある〉

 生産開始から百年を過ぎても生産されている名車なので田尻も紀夫もバイクの形状は知っている。だが、真の手入れが行き届いていないのか本当の持ち主が管理していないのか、バイク好きからすればかなり惜しい状態のまま真が乗り回しているので、分かりやすいけれど少し腹立たしくもある。

〈…………なあ?〉

〈んだよ?〉

〈なんでリーダーはあんな奴を助けろなんて言ったんだろうな?〉

〈知らね。なんかコネでもあるんじゃねーの?〉

 紀夫の疑問は田尻の疑問でもあったが、そこまで深く考えてはいなかった。

 真の正体や価値よりも、自分がこのミッションを乗り越えてチームに戻してもらうことの方が田尻には大切だからだ。


 実際のところWSSはバイクチームなので、大昔に流行った暴走族やヤンキーやチーマーとは違い、使途不明の会費や集金はない。ユニホーム的な衣装を(あつら)えたりグッズを作る際の費用などをメンバーで出し合うことはあるが、無理強いではないし強制もない。

 そもそもがツーリングを楽しむためのチームだし、その費用は自費だ。他所から妨害や縄張り争いを仕掛けられなければ荒事も起こり得ないし、起こらないはずなのだ。

 ただ、バイクや自動車に興味を持つのは十代の男子ならば一定数いる訳で、それに加えて小競り合いや暴力沙汰にも勝利している組織は、十代男子の憧れを集めるに足る魅力がある。

 田尻が憧れている本田鉄郎(ほんだてつお)は、リーダーシップがあり腕っぷしも強く、数々の噂や伝説を残してきた人物だ。

 そのテツオからの直々の命令は必ず果たさなければ、田尻自身の面目も意地も丸つぶれになってしまう。


〈……分かれ道だな〉

 ONOKOROアイランドを通り過ぎて塩田郵便局の手前の交差点で、紀夫はバイクを止めて呟いた。

 ここから右折して469号線に入れば、安乎(あいが)・中川原を通って洲本の市街地へ抜けることはできる。

〈相手は中坊だぞ? 西淡(せいだん)に帰るにしても国道から行くだろ〉

 真の住居は西淡だったと田尻の記憶に薄っすら残っていて、中学生なら地理にも詳しくないだろうし道路事情にも疎いだろうし、行動力や判断能力を考えると脇道よりも大通りを使って地元に帰るのが妥当だ。

〈確かにな〉

 田尻の考えに納得して紀夫はバイクをスタートさせ、そのまま28号線を南下する。

 ちなみに『西淡』とは、旧南あわじ市に市町村合併される前の地域の名称で、三原川・大日川の河口周辺から津井までの旧南あわじ市西部一体を指し、合併前からの住民には昔ながらの呼び方がまだ残っている。


 しばらく海沿いを走っていると右手側の丘陵が切れて住宅地に差し掛かり、紀夫が田尻に教えるように前方を指差した。

〈追いついたか!〉

 思わず叫んで、田尻は法定速度ギリギリまでスピードをあげる。

〈おい、逃げるなって!〉

 田尻に合わせてスピードを上げていた紀夫は、彼らのヘッドライトに気付いて速度を上げた前の二台のバイクに怒った。

 田尻と紀夫からすればテツオの命令で追いかけているわけだが、何も知らない彼らからすれば後ろから現れたバイクに追いかけられている状態で、追われる心当たりがなければ慌てて逃げるのも無理はないだろう。

〈クソ! 無茶な走り方してやがる!〉

〈この時間じゃなきゃ事故ってるな〉

 深夜一時半の大通りを急加速や急減速し車線をはみ出してコーナリングしているのを見ると、慣れたものからしたらおっかなくて仕方ない。

〈後ろのやつ、危なっかしいな?〉

〈そうだな。……ちょっと間をとるか〉

 二台のうち先行するバイクはシルエットで見る限り中型に間違いないが、後続のバイクは小型もしくは小排気量のシルエットでタイヤも細く見える。

 また運転技術も差があるようで、先行の中型が小慣れていて後ろはまだたどたどしくスピードにも慣れていないように見える。

 田尻と紀夫が強引に接近して停車を求めるのは容易なことだが、先程のようなチグハグな運転をされると、彼らが事故を起こす可能性とこちらがそれに巻き込まれる可能性も出てくる。

 田尻と紀夫は速度を抑えて対策を練る。

〈どうする?〉

〈……しばらくライトを下げといて、追いかけられてないと思わせよう。この先はまた山と海だけの区間が続くから、そんなとこでレースなんかしたら事故らせちまいそうだ〉

〈んじゃ、洲本市入ったあたりの信号待ちで並びかけるか?〉

 この場合の『洲本市』は淡路島中部の五色浜から洲本港近辺一帯を指す旧洲本市ではなく、『西淡』と同じく市町村合併前の洲本平野一帯の市街地を指す。

〈さすが紀夫だな。それで行こう〉

 田尻はサムズアップで相棒のアイデアを讃えながら、小さくなっていくテールランプを見失わないように睨んだ。

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