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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第一章 三つの仔
12/485

事件前夜 ⑥

   ※


「ん? そろそろ、かな?」

 通常よりかなり低速で走っているので、時間と距離の感覚が狂ってしまっているが、岸壁から海にせり出した埋め立て地は恐らく佐野運動公園だろう。佐野運動公園を越えて、淡路市庁舎を超えた先に津名港の旧ターミナルビルがあったはずだ。街灯だけの明かりでもなんとか現在地は分かった。

 真は右手を挙げて、後ろを付いてきている智明にも分かるように埋め立て地の方を指さした。


「…………あんれ?」

 28号線から海寄りの脇道に入り、埋め立て地へと架かる橋をいくつか過ぎて、津名港に段々と近付くにつれ真は違和感を覚え始める。

 ターミナルビルの手前に広大な駐車場があるのだが、入り口にはパトカーと白バイが警戒態勢で佇み、その奥にはバイクや乗用車やスポーツカーが整然と並んでいる。

 なんの用事で警察官が居るのか分からないので、真は周囲の様子を気にしながら慎重に駐車場へ入っていく。

 智明も無難に通過してきたので、真はあえて駐車場の端っこの暗がりにバイクを停めた。

 改めてバイクの列を観察してみると、大勢の人間がいくつかのグループに分かれて自由な感じでダベッているようだ。

「あ! まさか……」

 人影の中に特攻服ぽい服を着たガラの悪そうな集団や、揃いの赤皮のライダースジャケットを着た集団、さらに黒や赤や青のツナギを来た集団を目にして、真はその集団の正体を察した。

「今日はそんな日かよ」

 明らかに淡路連合の集会日に鉢合わせてしまったようだ。

 真の交友関係から仕入れた情報で、大きなチームのユニホームの特徴は聞いていたから、特攻服の集団が淡路暴走団、赤皮のライダースが空瑠橘頭、揃いのツナギは洲本走連なのはすぐに分かった。だが普段着の集団はパッとは分からなかった。

 よくよく観察して頭や首や顔やベルトに独特な迷彩柄のバンダナを巻いているのを見て、ようやく真にもその集団がWSSだと分かった。

「智明、ややこしい時にややこしい場所に来ちまったみたいだぞ」

 バイクから下りてヘルメットを外ししゃがみこんだ智明に真は直面している危機を伝える。真の言葉の意味を計ろうと智明は周囲を見渡し、その意味を理解した。

「マジか。……アレってやっぱりアレなのか?」

「たぶん、淡路連合の集会だ」

 半ば絶望感を漂わせながら真は予想を口にした。

「こんな時くらい、警察も追い返してくれりゃいいのに……」

 真の絶望は智明にも伝染し、体調の悪さも手伝ってか思わず愚痴った。

 本来なら、集会に無関係な人物や車両は駐車場入口に立っている警察官が呼び止め追い返すのだが、間の悪いことに先程山場が遅刻者がいることを警察に説明したため、真と智明がその遅刻者だと勘違いされて通されてしまったのだ。

 そんな事情は真にも智明にも想像できるものではないので、自分達の不運を呪うしかない。

「どうする? 逃げるか?」

「逃げれるのか?」

 真の提案に智明はすぐに聞き返した。

 噂で聞くだけでも淡路連合から簡単に逃げ切れるとは思えなかったからだ。

「……俺の知り合いと話せたら、もしかしたら」

 集会で集まった二百人を超える荒くれ者の中から、人一人を見つけ出せるか分からなかったが、一応の希望はある。

「おい、誰か来るぞ」

 真が知り合いへの言い訳や説明を考えていると、智明が言葉だけで注意を促してきた。

 指差したりしなかったのは賢明な判断だ。

「なんだ、真か」

「テツオさん……。すんません! 俺、今日ここで集会があるって知らなくて、休憩で寄っただけなんス!」

 学校では見たことないくらい真が腰を折った一礼をしたので、しゃがんだままだったが智明も一拍遅れて頭を下げた。

「そうなんだ。いや、別にお前らをどうこうしに来たんじゃねーよ。ウチのバカが二人、遅刻しててな? バイクが二台入ってきたから、そいつらかと思って見に来ただけだよ」

「そーなんスカ」

 智明には、テツオと呼ばれた人物は穏やかで優しそうに見えたようだが、真の恐縮ぶりを見て、只者ではないと感じ余計な口出しをしないでいてくれたので真は幾分安堵した。

「集会の邪魔にならなきゃ休憩くらい構わないけど、お前はまだウチのメンバーじゃないからな。出てくんなら早めに立ち去った方がいいぞ」

 真がバイクチームに入ろうとしている件は智明に内緒だったので驚かせてしまったようだが、未成年者が手に入れる事のできないH・B(ハーヴェー)化の為のナノマシン(通称『タネ』)を入手してハベったりと、バイクチームと交流があることは匂わせていたから、智明も大きなリアクションは取らなかった。

「すぐ立ち去りたいのはやまやまなんスけど、コイツが体調崩してまして……。あ、コイツ俺のダチで智明っていいます」

 恐る恐る状況を説明する流れで、真は智明を紹介した。

 急に名前を呼ばれたせいか人見知りのせいなのか、智明は慌てて「どうも」と小さくつぶやいただけ。智明のコミュニケーション能力の低さに助けられてる場面ではあるが、もう少し人当たりよくしろと腹も立つ。

「ふーん。なんにせよ、集会が始まっちまったら終わるまでエンジンかけちゃいけないルールだから、関係ないお前らも終わるまで待ってもらうことになる。今ここでクチ聞いてる以上、俺の関係者と思われてるだろうから、お前らの途中退場は俺の顔に泥がくるからな。どっちにするか決めてくんないか?」

 優しい言い回しに聞こえなくはないが、有無を言わせない威圧感がある。

「……智明、バイク乗れそうか?」

「なんとか、ここを離れるくらいなら」

 集会が終わるまでここに居座るより、今のうちに立ち去った方が自分達のためにもなるし、テツオに迷惑がかけるわけにはいかない。真は智明に無理をさせると分かっていても立ち去る流れに持っていく。

「五百メートルも離れたらエンジン音も聞こえないだろうから、頑張れるな? ……テツオさん、すんません。ハケさせてもらいます。後でちゃんとワビ入れさせていただきます」

 前半は智明に目標を持たせて気合を入れるためと、テツオに『そのくらい離れれば影響ないですよね?』と確かめるつもりで真は言っていた。

「分かった。こんなことくらいでワビとかいらないよ。それより、中免取って正式にメンバーになるまで変なことはするな。チームに入る前の前科と入ってからの前科は意味も立場も違う」

 ヤクザか暴走族のようなやり取りをしつつ、テツオは二人を追い払うように手を振って元居た人だまりへ戻っていく。

 智明にはよく分からない顔をしているが、真は静かな脅しに震え上がってしまっていた。

『中免を取れ』とはすなわち『無免許運転で夜遊びするな』というお叱りで、『入る前の前科と入ってからの前科』とは、逮捕歴や補導歴がある厄介者はチーム内でも扱いが悪く捨て駒や食い物にされるという忠告だ。

反面、チームの為に体を張った行いは逮捕され実刑を受けても仲間として扱われる。

この違いはWSSだけではないと真は悟った。

「……行くか」

「ああ」

 真の内心など知る由もなく、智明はゆっくり立ち上げってバイクにまたがった。

 たくさんの人間から奇異な目で見られているのを感じながら、真と智明は津名港から離れ、再び28号線を南下していく。


   ※


「テツオ。かなりヤバイねー」

「まだ来ないのか。面倒だな」

 仁王立ちで腕を組んで遠くを見ていたテツオに進言したのは、テツオの右腕とも言われる男で名前を瀬名という。

 小柄だが筋肉質で眼光も鋭く、年齢よりもどっしりと落ち着いて見える。

 テツオの幼馴染みでチーム内で唯一リーダーを『テツオ』と呼べる男だ。

「瀬名、適当なのを一人入り口に立たせて、集会の邪魔にならないように追い返させてくれ」

「いいのかい? 全員参加だろ?」

「最中に鳴ってくるよりゃマシだ!」

「……ん、分かった」

 飄々として見えたテツオの顔が一瞬だけ鬼のように険しくなり、それだけでテツオの心中を読んで瀬名は退いた。

「テツオ君、どない? 始められそう?」

「シュンイチ君。……ダメだね。とんでもない恥を晒してるよ」

「まあ、こんなこともあるやろ。そもそもの全員参加っちゅーのが無茶な話やもん。僕は気にしてへんから、川崎のオッサンを丸め込む算段しとかなあかんね」

「……そうだね。ありがとう」

 わざわざ傷口を触りに来る山場の楽しそうな顔を見ると、テツオは顔面に一発ブチ込んでやろうかと思うが、今は失意に苛まれる男を演じておく。

 空瑠橘頭のような小ズルイ連中をやり込める方法はいつでも考えられる。

 それよりもクマゴリラこと淡路暴走団の川崎は今対応しなければ、どんなペナルティーを課してくるか予想もできない。

「じゃあ、もうすぐ始めるで」

 しおらしく感謝の言葉を述べたテツオに気を良くしたのか、それともあっさりしたテツオの態度がつまらなかったのか、山場は立ち去りかけた。

「……あん?」

 遠くから微かに聞こえるエンジン音に山場は足を止めテツオを見る。

「クソが!」

 山場に聞こえない小さな声で罵り、テツオは瀬名の姿を探す。

 徐々に大きくなり始めたエンジン音はバイク二台だと判別できるまでになっている。

 テツオが瀬名を見つけた時、駆け出そうとしたメンバーを瀬名が無言で引き止めたところだった。

「テツオ」

 小さく瀬名の口が動くのが見えたが、テツオは小さく首を振って「何もするな」と命じ、瀬名も了解の旨を返してきた。

 程なく、津名港ターミナルビル前の駐車場にバイクが二台入ってきて、バイクを停めるやいなや迷彩のバンダナを着けた男二人がテツオの前で土下座した。

「すいませんっした!」

 額を地面に擦り付けるほど詫びの姿勢を示す二人に、テツオは静かに口を開く。

「ウチの会合なら容赦もできるけど、連合の会合はそうはいかない。分かってるよな?」

 土下座をしている二人は一瞬だけ頭を上げてテツオの顔を確かめ、再び地面に額を付ける。

「ウエッサイのメンバーはよく聞け! どんな理由でも連合に迷惑かけた奴は、即!クビだ! 連合が存在してる意味を、もう一回考えろ!」

 真剣な表情で周りに控えるチームメンバーに大声で語りかけ、両手を広げて盛り上げるように挑発する。

「ウエッサイぃー!」

 一瞬の間をおいてすぐさま瀬名がチーム名を叫び、右手を突きあげる。

 周囲のメンバーは瀬名の後を追うように大声や歓声を上げてテツオを盛り立てる。

 だが当のテツオは、未だに土下座している二人に近付き、二人だけに聞こえる声で命令する。

「田尻、紀夫。お前ら、真って知ってるだろ? オンボロのCB400に乗ってるチャラい奴だ。アイツがダチ連れて洲本の方へ下ってった。どうやらトラブルがあったらしい。ちゃんと手伝ったらクビは帳消しだ」

 テツオの言葉にビクリッと体を震わせる田尻と紀夫。

 真とその友達を手助けすればチームに残れるという話だが、上手に手助けできなかった場合、チームをクビになる以上の結末が待っているとテツオは暗喩していた。

「出来るよな?」

「もちろん、です」

 紀夫が声を震わせながら返事する。

「よし。行け」

「ウッス!」

 短く命じて立ち上がったテツオに、田尻は気合の入った返事を返す。

 文字通り首が飛ぶか残るかの瀬戸際なので気合を入れたのだ。

 急いでバイクにまたがり駐車場を走り去る田尻と紀夫を、テツオは厳しい目で見送る。

「そんなに真のこと買ってたっけ?」

 瀬名の記憶では、城ヶ崎真は他の加入希望者と変わらないただの小僧という印象しかない。

「田尻と紀夫を生かせたら、真を都合よく使える。それだけだよ」

「そうか? ……なるほどね」

 何か言おうとしたが言葉を引っ込めた瀬名を、テツオは一瞥して川崎達の方へ歩き去る。

 とりあえず、遅刻者を出した恥は公開でクビを切ることで建て前は立てた。

 一筋縄でいかない曲者達も下手なツッコミはしにくいだろう。

「こんなことで筋道なくされちゃ、俺の作りたい淡路連合の形が変わっちまうからな」

 独り言をつぶやきながらもテツオの顔は爽やかに笑っていた

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