(五) 迎合 ①
※
《モア! コトが来るん?》
《この感じは真だと思う》
《ダメだ。こんな刺々しく乱れた感情では、この場が保たれない》
優里の喜ぶ声がある。
智明の動揺もある。
貴美が焦っている。
「真、やめろ!」
「今は駄目よ」
真の耳にテツオとサヤカの制止する声がよぎったが、宇宙の深淵から飛び込んだ真の速度は瞬間移動に近かった。
「智明! やっと会えたぞ!」
ハッキリと姿形として捉えたわけではなかったが、智明と優里と貴美の存在感を認めて真は叫んでいた。
しかし瞬間移動同然の速度で三人に近寄った真は、急停止できず、目の端に三人の姿を見ながら行き過ぎてしまう。
「優里? だよな?」
驚きと違和感を感じながら口の中で問いつつ、減速と急旋回を試みるが、真の意識は気持ち以上にゆったりと方向転換する。
《リリー、ここを離れるぞ》
《コト、なんで怒ってるん?》
思い通りにならない方向転換の最中、真の意識に智明と優里の声が響き、真の動揺が膨らむ。
――頭に直接聞こえている!?――
初めて体験する感覚への動揺と、立ち去ろうとする智明の意思、真の感情に疑問を呈して冷めていく優里の感情、それらが真の精神を打ちのめす。
「マコト、落ち着くのだ」
方向転換を終えた真の耳に冷ややかな貴美の声が届いた時、既に智明と優里の存在感はなく、あたりを見回してもポツンと貴美だけが漂っていた。
その表情は真を哀れんで見え、真は少なからずショックを受けてゆっくりと貴美に近付いた。
「智明は?」
怒りや憎悪が削ぎ落とされた真は、口の中が乾く感覚の中、それだけを貴美に問うた。
「もう、居ない」
「……そうなのか」
落胆する真を抱くようにして貴美は真を包み込み、優しく口付ける。
「……危なかった。ここは精神と精神が交錯している不安定な世界。先程のように攻撃的な感情は、関わった意識に傷を付けかねない。彼らが察してくれて、本当に良かった……」
「良かった? 何が?」
耳元で囁かれた貴美の言葉の意味が分からず、真は少し苛ついた声を出す。
が、それを制止する声は別の所から聞こえた。
「真! 起きろ!」
「――えっ、テツオ、さん?」
体を揺り動かされて覚醒し、顔を上げると暗がりにテツオの顔が見えた。
「ん? ああ、ありがとう。キミにかけてやれ」
サヤカがテツオの前にバスタオルを差し出した意図を察し、テツオは真に命じながらも貴美の上半身へサヤカから受け取ったバスタオルをかけた。
「ありが、とう」
着乱れた服もそのままに、喉元から下腹部までをバスタオルで覆いながら貴美は礼を言う。
その表情は高揚した顔から恥ずかしさへと変わる。
まだボンヤリとテツオとサヤカと貴美を見比べている真に、やや乱暴にジャージが投げられる。
「お前もパンツくらい履け。サヤカに火付いたらどうすんだ」
テツオが真に冗談めかした命令を聞き逃さず、しっかりサヤカはテツオの脇腹をつねっておく。
「あ、あっ! すいません……」
ようやく現実に戻って来たのか、真は慌てて貴美の体から離れ、丸出しの下半身にジャージを履いていく。
「はいはい。テッちゃんはアッチね」
「おっと。……分かってる」
貴美の半裸をテツオに見せまいと、サヤカは素早くテツオと貴美の間に入る。
「え? わっと、すいません」
「んあ? 今度はそっちか」
ベッドの端に腰掛けてジャージを履いていた真が慌てて顔を背けたので、テツオがその理由を探すと、シーツで貴美の着替えを隠そうとしていたサヤカのTシャツの裾から下着が見えていた。
やれやれ、とテツオもシーツの片側を摘んでサヤカを隠し、真を落ち着かせる。
「とりあえず、変な夢を見たからコッチ来たんだけど、邪魔しちゃったみたいだな?」
「そんなことは、ない。良いタイミングだった」
「あん、キミそっちじゃない」
テツオの指摘とは違うことに応じた貴美をサヤカが即座に指摘し直す。
「す、すいません。最初はこういうことをしない流れで話してたんです」
「お前もか。ああ、いや、本人同士が求め合ってしたことなら謝ることじゃないだろ」
「そうなんでしょ?」
「ああ、そりゃあ、そうです」
少し動揺している真は、テツオとサヤカから咎められないことに返って慌ててしまう。
真と貴美はイザナギやイザナミの様に『さあ、始めましょう』という手順ではなかったからだ。しかし二人の合意であることは間違いない。
貴美はまだ顔を赤くしたままベッドの上で小さくなっている。
サヤカは最初、テツオが近くにいるから貴美が恥ずかしがっているのだと思ったが、衣服を整えてなおシーツにくるまってサヤカをも遠ざけようとするあたり、サヤカが同席していることも気にしているようだった。
「まあ、そっちの話は置いとこうか」
「テッちゃん」
「? …………ん。真、ちょっと裏に行こう」
サヤカは貴美の様子を気遣い、テツオに個別で話すほうが良いと合図を送った。すぐさまテツオは真を貸し別荘裏手のウッドデッキへと誘った。




