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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第四章 恋人たち
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セルフコントロール ④

 訓練の雑音に溢れていた外苑だったが、川崎の太くて低い声はよく通り、黒い特攻服を着込んだ淡路暴走団のメンバーはキビキビと指図を全うした。

 しかし赤いライダースジャケットは一旦不思議そうに手を止め、淡路暴走団が列を作り始めてから互いの顔を見合わせ、ゾロゾロと歩み始める。

 川崎は近くに居た教官役のメガホンをひったくり、強く指図する。


「駆け足や!! ガキの遊びで戦争ごっこやっとるんやないぞ! 団体行動のとれんモンは飯も給料も減ると思え!」


 川崎の怒声の効果か、空留橘頭のメンバーは渋々ながら歩みを早くした。

 しかし淡路暴走団の様に十人ずつ真っ直ぐに並ぶことが出来ず、見兼ねた淡路暴走団の教官役が個別に指示をしてなんとか形だけの整列を終えた。


「……ここまではノーカンにしといたる。だがこの先は、団体行動を乱す行為や態度、秩序を乱す行動には罰が課せられると思え! 淡路暴走団(アワボー)には先に事情や流れを話してあるが、空留橘頭(クルキ)もその傘下に入った以上、この明里新宮の親衛隊とみなされる! 軍隊みたいなことを言うなと思うかもしれんが、軍隊同然の規律に(のっと)って行動してもらう!」


 メガホン越しの川崎の訓示は門の裏手にいた智明と優里にも届いており、衣装を作り変えていた智明をニヤリとさせた。


「何笑ってるん?」

「いや、あんなに嫌がってたのに、やっぱり川崎さんは大将の器なんだなって思ってさ」


 淡い光を体に宿しながら、智明は詰め襟の白いシャツと揃いのスラックス、軍服風の紅いジャケットとブーツを身にまとう。


「もう。なんで他人事なん。モアは川崎さんより上の立場やねんから、もっとカッコエエこと言わなあかんねんで」

「分かってる」


 古いアニメからイメージして作った衣装の出来に満足しつつ、智明は呆れ顔の優里に近寄って軽い抱擁をした。

 その耳にまた川崎の声が届く。


「静かに!!」


 少しずつ大きくなリ始めていたざわめきが、川崎の一喝で徐々に小さくなる。

 静まり返るまで待って川崎は再びメガホンでのたまう。


だましたりおどしたりして従わせる訳やない。事情を知らない空留橘頭だけやなく、淡路暴走団にも馴れ合いや付き合いでここに来たモンもおるやろう。そういったハンパな気持ちは、このあと容赦のない出来事を目の当たりにして、後悔や反感となってこの集まりの害になる。付き合いきれんと思うモンは今夜中にこの場を去った方がええ。だが明日の朝、ここに残ったモンには仕事が与えられ、給料が出て飯も出る! そしてワシがキングとしてヒザを折った男の為に働き、その志に意義をいだける! その志にはこの人数は少なすぎるかもしれん。だがやってみる価値があると、ワシは思っとる!」


 すっかり静まり返った百余名を眺め渡し、川崎は一度言葉を切った。

 自らが率いてきた淡路暴走団の面々は、常日頃と変わらぬ川崎節にニヤけたり追随の意志を示す表情が見られた。

 対して、山場俊一(やまばしゅんいち)に引き連れられてこの場に立っている空留橘頭の面々は、懐疑的な目や反抗的な表情、あからさまな敵意を見せていて、川崎の言葉に乗ろうという者は僅かしか認められなかった。

 予想通り過ぎるほど予想通りの反応に苦笑しつつ、川崎は外苑とともに設けられた外門を振り返る。


「キング、こんなもんでええけ? いけっけ?」

 メガホンを使わずささやいた川崎に智明は苦笑する。

 まさかこんな煽りで登場になるとは思っていなかった。

「……行くか」

「う、うん」


 智明は優里にささやきかけ、どこか学芸会か発表会に登壇するような緊張を感じながら外門を押し開く。


「! ワシらを導くキングとクイーンや!」


 もう一山盛り上げようとしていたところに智明と優里が現れてしまい、仕方なく川崎は段取りを一つ飛ばして二人を声高に招じた。

 これにはさすがの淡路暴走団も乗り遅れ、所々から散発的な拍手が起こったのみだ。

 それでも拍手は徐々に広まり、智明と優里が門から川崎の隣に進み出るまで続く。

 川崎はそれを手で制し、再びメガホンで用意していた煽りを付け足していく。


「……皆も知っての通り、ここは今上天皇の居所となる地やった。今日、ここにワシらが集えたのは、キングとクイーンがこの地に立ち、五度にわたる警察の突入を弾き返したからや。この最外周の囲いも、キングが警察の突入を阻むために作り給うたもんや。そうして自らの居所を守り、ワシらを導く拠点としてくれやった。この地の名を明里新宮と決められたのもキングや。これからキングより何が行われるか、何を目指すのか、ワシらに何を命じられるかのお言葉をいただく! このお言葉を聞いた後、本日の零時までに各々の進退を決めてくれ!」


 川崎がメガホンを下ろしても一同は静まったままだ。

「……ここで出て来て欲しかったんじょれ」

「なるほど、ごめん。まだ慣れてなくてね」

「しゃーないけどの。……ちょっと演説とか訓示垂れてもらえっけ。ほんでどっかで一発チカラ見せたって」

「うん」

 ささやき声で短い打ち合わせをし、川崎は三歩離れた。


 そのせいか一同の注目は一気に智明に集まり、智明は喉が詰まるような緊張を覚える。

「えぇーっと……」

 それでも何か喋らねばと顔を上げてみるが、目の前には智明よりも大柄な男女が居並んでいて、ますます圧迫感を感じてしまった。

 それもそのはずで、この中では智明と優里が最年少だし淡路暴走団に至ってはほとんどが社会人だ。全員を見ようとしても智明の目線では列の先頭から数人がやっとだ。


「後ろ、見えてるかな?」


 なんとも威厳のないキングの呼びかけに答える者は居なかった。

「ふむ……。リリー、上に上がろう」

「ええ!? 私、スカートやねんけど!」

 優里の抗議も聞かずに智明はフワリと体を浮かせる。仕方なく優里もスカートを押さえながらゆっくりと体を浮上させた。

「おお!」

「なんだ!?」

「手品か?」

「はっは! いきなり宴会芸かよ!」

「浮いてるぞ……」

 集まっていた全員が口々に言葉を発したため、外苑は一気に騒々しくなったが、智明は門の上に立って全員を眺め渡すことが出来た。

「これは、ちょっと、恥ずかしいね」

 優里は少し遅れて智明の傍に降り立ち、半身を隠すように智明の左腕に抱きつく。


「さて……。

 自己紹介が遅れて申し訳ない。俺は高橋智明! こっちは鬼頭優里! 川崎さんからはキングとかクイーンなんて呼ばれてるけど、まだ十五のガキだ。……だけど色々と思うことがある。

 例えば、淡路島に遷都が決まったが現実はどうだろう? ビルが建ったりリニアモーターが走ったり、地下鉄が走って便利にはなって来てる。でもその一方で変えられないものと変わらないものがのさばっていないか?

 何十年もかかって首都が移る、それは分かる。

 ……だけど人の心や考え方はまだまだ農業や畜産や漁業に根付いた暮らし方をしているんじゃないか? ビルが建ったから首都ではないし、田んぼが無くなれば都会になるってもんじゃないはずだ。

 ……来年の今頃にはここに天皇陛下が引っ越してきて、『遷都は成った』と宣言するだろうけど、それは本当に首都に成ったのだろうか?

 俺は本来なら高校受験に向けて勉強してなきゃならない時期だ。だが来年の春に合格したとしても、首都となって生徒の転入や転校があれば学校の価値やレベルはあっという間に変わっちまう。学校に限らず仕事だってそうだろう。今は好調な職種も、新規参入や業務拡大はアチコチで繰り広げられて、競合店が現れたと思ったら業績なんて一夜にして逆転してしまうだろう。

 それは良い変化も見込めることだけど、決して良いことばかりじゃないはずだ。

 みんなバイクで走っていて感じているんじゃないかな。

 百年を費やしてブランド化したアワジの玉ねぎは、収穫量が半減した。

 同じく、淡路牛も淡路島の牛乳も、その生産量や出荷量は減ってきている。

 漁業や海産物だって無縁じゃない。海岸や港の開発は行われていないけど、島で工事やってりゃ川から海へと少なからず影響は出ていて、海苔や若芽やシラス干しは年々質と量を落としてるらしい。

 都市化が進めば仕事はある。

 でも、これでいいのかな? 淡路島はこれでいいのか?」


 新宮の最外周の門の上から語りかけた智明の弁に、一同は静まり返っていた。智明の問題提起に関心があるというよりも、このあと彼がどういった行動指針を示すかを待つためだ。


「そこで俺は国に問うてみようと思った。行政や政府じゃなく、日本国の国民全てにだ。

 みんなも思ったことはないだろうか?

『もっとこうなればいいのに』

『もっとこうしたら暮らしは変わるのに』

『このルールは正しくないんじゃないか』

 そういうのを直接ぶつけたい!

 ただ、俺は世間的には受験を控えた中学生だ。だから当然普通の手段じゃ、発言の機会も与えられないだろうし、真剣な返答も得られないだろう。

 ……だから俺は、正当な質疑の機会を得るために、淡路島を独立させることに決めた!

 新都のシンボルともなるべき皇居を占拠し、度重なる警察の圧力を跳ね返して来た! そしてニュースなんかにもなっているけど、近々自衛隊が淡路島へとやってくる。

 目的は何か?

 この明里新宮の奪還と見て間違いない……」


 一同にさざ波のようなざわめきが広がった。今日、自分達が手にした武器と防具が誰に向けるための物かに気付き、今日の訓練がなぜ行われたかを理解したのだろう。


「……もう気付いていると思うけど、みんなが持っている銃は、自衛隊とその後ろに構える国へと向けるための銃だ! 身に付けている防具は、俺の独立を阻もうとする暴力から見を守るための防具だ!

 ……だが安心して欲しい」


 一際大きくなったざわめきを、智明は手を挙げて制する。


「その防具は機動隊で使われているものと遜色ない能力がある。反対に銃は玩具同然で殺傷能力は低い。独立だ、抵抗だという割にチャチな武装に留めたのは、みんなに人殺しをさせるためじゃないからだ。

 俺のしようとしている事は日本国への反逆と抵抗だ。だからこの新宮に身を置くだけでも罪になる。その上で強力な武器を持っていれば、みんなも酷い刑罰に処されてしまう。それを避けるためにあえて武装は弱くしている。

 裁かれるのは俺だけでいい。俺が首謀者なのだから、それで良い。

 だけど、俺一人では独立は叶わない。中学生一人が騒いだだけで国を動かせるはずはないし、俺一人で国を興して作り上げることは出来ない。

 そう! 独立国家は旗を振った人間だけでは成り立たない! 志を同じくした仲間と、担ぎ上げてくれる国民が居なければ国は生まれない!

 日本や世界を征服するような大それたことは出来ない。だけど、国会や行政にのさばっている骨董品に、二十二世紀を生きる俺達の何が理解できるだろう?

 何を理解してくれるだろう?

 あえて言うなら、ジジイ共に俺達の明日を決めさせない! 俺達の国を作り、俺達のルールを作ろう!

 その独立の一歩にみんなの協力が必要だ!

 こんなガキの戯言を『面白そう』だとか、『付き合ってやろう』と思ったら、この地に残って欲しい!」


 いつの間にか言葉に熱がこもり始め、智明は身振り手振りを交えながら訴えかけていた。

 そのせいか喉が痛くなり始め、脇腹を汗が伝っていく。

 言いたい事を言い切って外苑に整列した人々を端から順に見ていった、のだが、反応はイマイチで、拍手や歓声が上がる気配も無ければ、賛同してくれている様子もない。


 スベった、と感じて気恥ずかしさが膨れ上がった智明は、足元に立っていた川崎を見やる。

 と、強面の川崎が作り笑いで白い歯を覗かせながらしきりにウインクを投げてくる。

「ん、うん?」

「モア、能力見せてやってって、言うてはったよ」

 当惑し始めた智明に、優里がそっと耳打ちをしてくれた。

 なるほど、と合点がいき智明は周囲を見渡し、適当な端材やゴミがないかと考える。


「お! アレでいいや」

 射撃訓練の的のそばに転がっていた鉄パイプを見つけ、手元へと引き付ける。

「おお……!」


 更地の表層に敷かれた砂利の上を、何者かに引きずられるように斜めになって、地についた片側からカラカラと音を立てて進む鉄パイプに驚きの声が上がった。門の前まで引き摺られた鉄パイプは、また何者かに蹴り上げられたか投げ上げられたように宙に跳ね上がって、回転しながら智明の前まで浮かび上がる。


「こんくらいかな?」


 回り続けていた鉄パイプを眼前で横一文字にピタリと停止させ、智明は独りごちて一端から一センチほどの輪切りを二つ切り出す。そしておもむろに掌をかざし、淡い光を振りかけるようにして輪切りにされた鉄パイプを細く引き伸ばし、羽を広げた二羽の鶴が彫り込まれた腕輪を造り上げる。

「形が変わったぞ!」

「ただの鉄パイプを!?」

「手品、じゃねーよな……」

「光って伸びたらもう出来上がってた、よな?」

 一同の目に触れるように腕輪を掲げると、ざわめきから感嘆の声へと変わり、小さな拍手が起こった。


「……川崎さんがキング、キングって持ち上げてくれるから王冠にしようと思ったけど、さすがに国王とか独裁者っていうほど中二病じゃない。だけど、みんなを引っ張っていく首謀者として、このチカラを示す」


 智明は声高に宣言し、空中に浮かせたままの腕輪の一つを取り上げて自身の左手へ通した。


「……私は、キングのサポートとして、その責任の半分を背負います」


 智明が優里を促す前に、優里も宣誓をして空中の腕輪を取り左手へ通す。

「……いいのか?」

「今更やなぁ。モアがイザナギやったら、私はイザナミやんか」

「ありがとう」

 智明と優里がささやきあったあと、優里が左手を差し上げると、二人を冷やかすような口笛と拍手が起こった。


「……ありがとう! 最後に一つ、付け加えておくよ。実は昨日届いた荷物の中に、新しい時代へと繋がる『タネ』が入っていた。さっき見てもらった俺のチカラ程じゃないけど、人間を人間以上に強化してくれるモノだ。ただ、残念ながら数に限りがあるから、この地を去る人には譲れない……」


 智明は一旦言葉を切り、先程の鉄パイプを今度は五ミリほどの輪切りにし、また一同に見える状態で百個の腕輪を造り上げる(さすがに鶴の彫り物はなく、シンプルな平打に幾何学的文様と通し番号が掘られているのみだ)

「ふう……。川崎さん!」

「うお? お、おう!」

 智明は額の汗を拭ってから、リレーで使うバトンほどに短くなった鉄パイプを川崎へと投げ、川崎が受け取った鉄パイプへ百個の腕輪を輪投げよろしく全て投げかけた。


「明日の朝、この地に残り同士となったメンバーには『タネ』と一緒にこの腕輪を配る。この腕輪が独立の志を共にした証拠となり、人間を超えた人間の証明になる」


 再び智明は熱を込めて手を差し上げてみたが、イマイチ締まらなかった。と、足元でガシャリッと小さな金属が一斉にぶつかり合う音がする。


「独立のために!!」


 たくさんの腕輪がかかった鉄パイプを差し上げて川崎が大音声で叫び、もう一度腕輪を打ち鳴らす。


「独立のために!」


 川崎に呼応して淡路暴走団が声を揃えて右手を突き上げた。


「独立のために!!」


 また川崎が腕輪を打ち鳴らし、空留橘頭を煽るように、指揮するように手を振り回して叫ぶ。

「……独立の、ために!」

 やや乱れながらも半数以上が声を上げた。

「独立のために!!」

「独立のために!」

 川崎は腕輪を打ち鳴らしながら空留橘頭の列の中へ歩んでいき、手近な者と目を合わせ、肩を叩き、背中に手を添えてやりながら、リズムを揃えボルテージを上げていく。

「独立のために!!」

「もっとだ!」

「独立のために!!」

「気合入れろ!」

 空留橘頭の声が揃い始めると、淡路暴走団は乱れなく足を踏み鳴らし、右手を突き上げて熱量をさらに上げ、川崎は列を回り込みながらさらに煽る。

「俺たちの国を作るぞ!」

「独立のために!!」

「新しい国だ!」

「独立のために!!」

 いつの間にか智明と優里も右手を振り上げ、突き出し、声を張り上げて煽っていた。


 独立のコールが続く中、智明は更地の小石を二つ舞い上がらせ、天高く打ち上げて空間ごと圧縮していく。

 限界以上に押しつぶされ圧縮された二つの小石は、粉々に潰れても圧縮されたので熱を帯び始め、融解されてガラス質へと変異し、さらに押しつぶされて破裂し、ちり以下の大きさとなって明里新宮に降る注ぐ。

 ガラス瓶を内側から割ったような破裂音が響き、上空を見上げた同志達は、七月の陽射しを反射する幾千の煌めきを目撃した。


 うおおおおおおお……!!


 一同が沸き立ち、独立とキングを称える歓声は木霊となって諭鶴羽の山々に轟いた。

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