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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第四章 恋人たち
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セルフコントロール ③

   ※


 夕刻を迎えつつある諭鶴羽山に、耳慣れない音が響いていた。

 七月に入って小動物や昆虫の活動も活発になり、蝉の羽音が耳に付き始めたが、それらとはまた違った耳障りな音だった。

 その音は単一ではなく、高橋智明と鬼頭優里(きとうゆり)が名称を改めた明里新宮(あけさとしんぐう)の外苑から多数聞くことができ、時には連続して耳に届いた。

 智明らは皇居外苑に倣って新宮外苑と呼んでいるが、元は警察車両の侵入を防ぐために智明が築いた最外周の囲いに、これまた智明が半球状に彫り抜いた地表を復元した結果、期せずして円形の更地が生まれただけである。

 しかし、近日中に演習という名目で自衛隊の奪還作戦が行われるという情報に基づけば、その主要経路として大日川ダムから新宮へと続く舗装路を進むと予想でき、この外苑部が戦地となり得る。


「いつ、どんな状態でも当てられるようになっとけ! ゴーグルやヘルメット越しでも狙いを付けろ! もう一射、っ撃てぇー!」


 手製のメガホンでが鳴り立てているのは服装から見て淡路暴走団の一員だろう。要所要所に装着されたプロテクターの隙間に、淡路暴走団の揃いの特攻服が認められる。


「射撃後は間を開けずに射撃態勢に直れ! ガキの鉄砲遊びじゃないんだから、いちいち余韻に浸ったり命中の確認をするな!」


 教官を気取っているのか軍事マニアなのか、メガホンの男は熱い指示を連続して飛ばす。

 外苑に急遽設けられた射撃練習場は、先日智明が切り出した諭鶴羽山の木材を板状に加工して自立させたもので、ラッカースプレーで人型が塗布されている。

 簡易の的に正対する位置に十人ほどが並んでい、揃いの防具と玩具のような質感の小銃を構えている。

「もう一射! 撃てぇー!」

 教官もどきがまたメガホンでが鳴ると、小銃の引き金が一斉に引かれて、ガシャンと機械的な音が響き、的からはパチンと乾いた音が鳴った。


 どうやら小銃は外見通りの模造品のようで、火薬やガス圧縮や電動で弾丸を発射しておらず、古来のボルトアクションライフルのように発射後にスプリングの巻き上げと次弾の装填の動作が行われている。

 弾丸も金属ではなく硬質ゴム製で、木の的を凹ませた弾丸は四方に跳ね返っている。

 ある意味で、弾丸の再利用が可能で専用の薬莢などを必要とせず、発射後のゴム弾を回収すれば弾数も制限されず、火薬の反動もなければガス切れや電池切れのない高効率な武器と言える。


 反面、どんなに強力なバネを使用しても殺傷能力は低いし、貫通力が低くライフリング回転しないゴム弾は照準の精度を欠いてしまう。


「まあ、あんなもんじょの」

「そうだね。あれくらいでいいと思う」


 教官もどきの号令や指導が飛ぶ傍らで、淡路暴走団の大将こと川崎実と高橋智明は射撃訓練を見学しながらつぶやいた。

 智明の考えでは、川崎率いる淡路暴走団の武装はあくまで防衛と抵抗であって、攻撃や侵略を想定したものではない。なので、殺傷能力が低く連射機能のない玩具のような小銃がちょうど良く、また弾丸の使い回しが出来たり火薬を扱うことで起こる事故も回避出来たりと、デメリットはないと思われた。


「まだ半日ほどしか訓練してないのに、様になってるね」

「うちは社会人ばぁやし、空留橘頭(クルキ)の縄張りは山が多いよっての。サバゲーの経験者が頑張ってくれとんのよ」


 川崎が指差した先を見ると、防具の下に赤いライダースジャケットを着た教官役が、別の一隊を指導している姿があった。


「意外だな。サバイバルゲームの愛好者が結構いるんだね」

「アワジらしいっちゃアワジらしいんやけどの。人数分のエアガンがあったらどこでもフィールドになる土地やよっての」

「言われてみればそうだね」


 淡路島には山や丘もあるし浜辺や寺社も多くある。私有地や自然の危険などを気にもしない小学生は安価なエアガンやスプリングガンを携えて撃ち合いに興じれる環境ではある(数年で土に返るバイオBB弾が普及していてこその話だが)

 さすがに高校生にもなると私有地への不法侵入を気にしたり行動の大胆さから大人達に咎められたりもして、友人や親族の所有する竹林に集ったり公用地か専用のフィールドを提供する店舗の世話になるなど、戦争ごっこや撃ち合いにも知識と金を使っていかざるを得なくなるが、そうした環境は豊富といえる。

 そうした遊びや趣味がこんな形で生きてくるのも不思議な話だが。


「……女の人もいるんだね?」

「ああ、少ないけどな」


 また別の人溜まりを見た智明が、髪型や体型や声から女性の存在があることを気にした。


「ああーっと、そっちの心配はせんでええど。淡路暴走団(うち)のも空留橘頭(クルキ)のもチーム内に彼氏がおるさかい」


 即座に川崎は付け足して、智明が何か言う前に風紀の乱れは案ずるなかれと先回りをしておく。


「さすがだね。もしそういう乱れが問題になるなら、外苑の内と外に分けるとか、なんなら正門の内側で働いてもらうとかも考えないとだね」


 智明は川崎がそうした機微まで把握していることを褒めたつもりだが、川崎は一瞬ムッとした顔になりつつ一応の理解は示す。


「どうにもならん時はその対処でええと思う。……ただ、キングよ。クイーンの事もあってフェミニストになるんは構わんが、男女間の風紀の乱れなんぞは無い方がおかしいもんや。逆に、立場や階級以外の部分を不平等に(あつこ)うたら、それは組織も統率もひっくり返ってまう。空留橘頭(クルキ)を下の立場にしてても働きを正当評価するのと同じで、何かにつけて平等や公正・公平を欠く判断は、ワシは反対や」


 川崎は智明の立場を立ててはいるが、明らかな反対意見を臆さずに述べた。

 企業の社長とチームの長をこなしている大人の態度だ。


「……フェミニストってつもりじゃなかったけど、そう見えたのなら直すよ。ありがとう」


 智明は複雑な表情ながら川崎の意見を尊重し、注意と進言に素直な態度をとった。

 こうした組織の作り方や育て方を担い、智明と優里にはない能力を補ってもらうために川崎を招いたのだから、智明は川崎の発言に対して信用や信頼に近いものを持っている。

 平たく言ってしまえば頼った上に甘えてしまっているのだが、そこにつけ入る川崎ではないから、新宮の上下関係は成り立っている。


「……モア。こんな感じで良かったんかな?」


 智明と川崎が訓練の様子を一通り見回り終えた頃、優里がフラリと現れて純白のスカートの裾を摘んでみせた。

 体のラインを強調したワンピースタイプのロングドレスで、足元のパンプスもワンピースに合わせてホワイトで合わせている。

 ただ、ノースリーブで腕が出ていることと体のラインが強調されているのを恥ずかしがってか、肩にエンジ色のストールをかけている。


「いいね。大人っぽい」

「ほほぉ。ごっつええやん。キングが用意したんけ?」

「いや。これはリリーの見立てだよ。お姫様か女王っぽくってリクエストはしたけどね」


 智明と川崎から手放しで褒められ、優里は少し頬を赤らめる。


「やり方はモアに習ったのでやってみたけど、見本を探すのが大変やったわ。ミス・ユニバースとか見たらスタイルが全然違うんやもん」


 今更ながらヒップラインを気にして覗き込みながら、優里は比べようのないことを口にする。


「いやあ、クイーンぽくてなかなかのもんやで」

「あ、ありがとう……」

「川崎さん、鼻の下が伸びてるよ。……それじゃ、そろそろ始めようかな。一旦、門の向こうに隠れるから、良きタイミングで呼び込んでもらえるかな」


 明らかにニヤついた川崎に注意しつつ、智明は指示を出して優里と共に外苑の門へと歩を向ける。


「了解。…………よおし! 全員集合だ! 訓練してた班ごとでええから、一列に並んでくれ!」


 智明と優里が門の向こうへ隠れてしまうのを見送ってから、川崎は大きく二度柏手(かしわで)を打って大声を張り上げた。

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