#実神鷹 ―知り合い― 4
桜並木の道をゆっくりと歩く。
もう散ってしまった桜は見ずに、僕は雲ひとつ無い空を見上げる。
ふと、『上を向いて歩こう』のワンフレーズが脳内で再生された。別に、泣いてるわけじゃないんだけども……。
すれ違った男の人は――下を向いていた。疲れてるからなのか、顔を見られたくないからなのか、それとも、そういう癖なのか――。そんな想像をしながら、学校に向かって歩く。ちなみに、僕は上を向いて歩くのが癖だ。
「おーす実神」
彼は言いながら、僕の肩を後ろから叩いた。
「うーす狩口。今日も眠そうだな」
「まーな、でももうすぐ週末だし、何とかなるさ」
狩口竜。こいつは高校に入ってからできた友達だ。レベル1の超能力を持つ、普通の男。超能力の種類はESPだそうだ。毎朝、眠たそうな顔で登校してくるので、理由を聞いたら 「普通に、夜更かししてるから」とのこと。毎日を週末目指して過ごす。僕とは妙に話のリズムが合うので、とても喋りやすいのだ。
「まだ木曜なんだが……」
「もう木曜、だろ?考え方次第さ」
「ま、そうだな」
「実神ってさ、ほんとにそう思ってんの?」
「ん、マジだけど?」
僕はこんなところで嘘をつかない。というか、思ったことはそのまま口にする。僕の言葉はそのまま本心なのだ。こう言うと、相手はどう思うか?などという裏を読むような喋り方は嫌いだ。だが、それがよく分からないのか、狩口は興味深そうに僕の口ぶりを眺めている。
「やっぱ実神って変わってるよな」
「ああ、自分でもそう思ってる。ついでに言うと、変わり者と話をするお前も変わり者だ」
「俺はそうは思わないね」
「……そうか、残念だな。ま、説得するつもりは無いさ。考え方は人それぞれだしな」
このご時世の高校生が語る一般的な会話と比べて、今の会話がどのように分類されるかは置いておこう。もうすぐ学校に着く。
この学校の校門は、ちょうど桜並木の道に面している。つまり、校門を出て、左右どちらに行っても桜並木の道だというわけだ。昨日、岡後さんとはここで左右に別れた。僕は右に、岡後さんは左に。
「んじゃ、また」
「ああ、またな」
そんな言葉を交わし、僕と狩口は別れ、僕は自分のクラスの教室に入り、席に着いた。
すると、程なくして岡後さんが教室に入ってきた。席はもちろん、僕の後ろ。
「おはよ」
軽いあいさつをしてみた。
「あ、お、おはよう…」
少しオドオドしながら、岡後さんは席につく。僕はイスに横向きに座り、顔だけ向かい合うようにして、背もたれに左腕を置く。
「えと、さっき一緒に居た人…誰?」
「さっき……ああ、狩口ね。あいつは狩口竜。獲物を狩るって言う字に口、竜は…坂本竜馬の”りょう”って言う字」
「え……えっと………」
「ああ―――」
岡後さん、記憶喪失で漢字が分からないのか。
「ちょっと待って」
僕はそう言って、ノートとシャープペンを取り出し、漢字で名前を書いた。
「あ、いや、そうじゃなくてね。私、その、坂本竜馬って人、知らない」
「あ、坂本竜馬知らなかったんだ」
「うん。狩口竜、くん。覚えといたほうがいいよね?」
「うーん……まぁ覚えていて損は無いんじゃないかな」
得するかどうかは分からないけどね。と、僕は心の中でそっと呟いた。
「私、もっと実神くんのこと知りたい」
「へぇ、別に聞かれたらだいたいのことは教えるよ」
「え、えと、じゃあ……」
岡後さんは少し考え込んだ後、ちょっと照れながらこんな質問をしてきた。
「実神くんの家って、どこかな?」
僕は吹き出して、イスから落ちそうになった。何で……何で家なんだ……
「はわ、わ、私変なこと聞いちゃった、かな」
笑いを堪えてる僕を見ながら、岡後さんは心配そうに僕に聞く。僕は返事をできない――。
「べ、別に、変じゃないと思うよ…。あ、あのさ、それ聞いてどうするつもりだったの?」
やっと喋れるまで復帰した僕は、不安そうにこちらを見つめる岡後さんにこう言った。
「えと、家に……行ってみたいな、って……」
さすがに2回目は笑わなかった。正直、岡後さんの将来が心配になったので、これだけは忠告しておくことにした。
「あのさ、岡後さん。これだけは言っておくけどさ、すぐに男の人の家とか行っちゃダメだよ」
「な、何で、かな」
面と向かって何で?と聞かれると、答えづらい。何と言うべきか――。
「男の中には、よからぬことを考えてる奴もいるからさ。とにかく、一人暮らしの男の人の部屋とか、絶対行っちゃダメだ。分かった?」
「は、はい……」
始業開始のチャイムで、僕は前を向いた。その瞬間、思い出し笑いで再び笑ってしまった。完全に変質者、よからぬことを考えている男になってしまっていた。