#実神鷹 ―物語― 9
状況把握。というか、確認。
目の前には爆弾。そして6色のコード。色は赤、青、黄、緑、紫、橙。
時限は明日の夜明け頃。
コードの中には一本だけ起爆しないものがあり、それを切った瞬間、多分どうにかなる。
さぁて、果たして僕はどうすればいいんだか。
ねぇ舞魅。舞魅が神なら、もっと平和な世界を作って欲しいな。
少し眠くなってきたが、おちおち寝てもいられない。二度と目覚めなくなりそうだしね。
日付が変わって15分が経った。そこで、大きな欠伸を一つ―――したところでまた足下が揺れた。どうやら爆弾は滞りなく順番に爆発していってるようだった。このビル自体が壊れないのか心配になったが、5秒で忘れた。
「そろそろ、あれをどうするか考えないとね」
「ああ、うん。そうだね。赤と青と黄と緑と紫と橙だっけ。当たりは一つだけ………」
そろそろ、ね。
僕らは今まで、爆弾そっちのけで今までの思い出話に花を咲かせていたのだ。一番盛り上がったのは、やっぱり初めてのあの日―――なんて展開は見られず、ただすごく、僕らの過去はきらきら輝いていた。
「舞魅は何色が好き?」
「ん、青かな。何か落ち着くから」
「青だっけ?まあいいか。僕も青好きなんだけど」
ベタに青切っとくか?と舞魅に尋ねると、「それはダメだよぉ!間違ったら死ぬんだよ!」と説教された。僕はともかく、神である舞魅は死ぬのだろうか。
「設計図も解体手順も無いし、それにどういう仕組みなのか見ても分からない。ってことはやっぱ考えるしか無いんだよな。製作者の心理とかも考えたり」
「製作者なんているの?神ならこう、しゃーっと作れるんじゃない?」
「しゃーっ」のところで両手を広げる舞魅。ごめん。よく分からない。
第一、神が存在する世界で、僕らが居た世界の常識が通用するとも思えない。うーん、何か違うな。神の常識と人間の常識は別物、が妥当かな。
「舞魅はどれだと思う?」
「そ、そんなの分かんないよ。全部勘になるよ。それに私、くじ運とか悪いし」
「舞魅はくじなんか引いたことあるの?」
「あるよっ!この前デパート行ったじゃん!それで帰りに、箱の中に紙が入ってるタイプのやつやったよ!3回引いて全部はずれだったんだから!」
「ああいうのは大抵当たらないもんだからなぁ」
「でも鷹くんは一回で5等当てたじゃん!」
「え?そうだっけ?5等か………何貰ったんだっけな」
「確か、お中元セットだったはず」
「ああ、そうだったね。そうそう思い出した。油だったよ。それで、誰に送るわけでもなく家で使ったんだよな」
「私に一つくれたよね」
何故かくじ運の話が飛び火するように広がってしまった。
「で、話戻すけどさ」この目の前の6色の金属線について。
「うん」
少し過去を憂うように目を閉じて舞魅は言う。そうして開いた瞼の奥は静かに光っていた。
「ごめん、もう一つだけ」思い出しちゃったから。「私と鷹くんが出会ったときのこと………何か思い出しちゃった」
言って笑顔で僕の返事を待つ。僕もその笑顔を見て―――否、舞魅の顔を見て、か。あること、僕がずっと気にしてきたことを思い出した。
過去を気にして悩む男は嫌われると分かってるけど。
僕はずっと…………………舞魅を……………………。
もう×××××欲しい。ん?××?
僕は舞魅の×××を×××××い。
何故か自分の言葉に雑音が入る。
「鷹くん?」
断ち切る。断ち切る。切る。切る。×××を。「―――っぐ」
落ち着くために携帯で時刻を確認する。0と30の数字。無駄な情報を吸収した。
「舞魅」「……………何?」
「赤、切っていい?」「へ?」
「赤色のコード」「あ、ああ。でも何で赤なの?」
舞魅が疑問の目を投げかけてくる。
「舞魅はさ、涙の素が何か知ってる?」
「涙のもと?…………知らない」
「涙はね、血液からできてるんだよ。血液から血球を抜き取った液体が涙として涙腺から出てくる。涙っていうのは………血なんだ」
「う、うん、それで?」
「血液は赤。…………だから、赤を切るんだ。赤を、切りたい。×××を」
またしてもノイズが入る。
舞魅はよく分からないといった表情だった。
「いつか、ちゃんと話すよ」そう言って逃げる準備を整える。まだジョーカーは切らない。
「鋏、貸して。赤、切ってもいいよね?」
「うん」迷い無さそうに即答した。「鷹くんが赤でいいなら」
舞魅の返事を貰って僕は大きく深呼吸をする。様々な空気が僕の肺に入ってくる。その全てが僕を後押しして、清清しい気分になった。
「僕は、赤を、切る」
鋏を受け取り、ゆっくりと爆弾に向かう。6色のコードをじっと見据え、鋏を右手に持ち、構えた。
「間違ったコードを切ったら即爆発だぞ?」
あの声。最後にして欲しいと僕は言葉を返した。
「いいんだ。もう決めたから」
悩まずに、真っ直ぐ刃を赤色のコードに近づける。手に、力を入れる。「待って!」
舞魅が僕の右腕を止めた。僕を掴むその手からは少しの焦りが感じられる。
「これ、切っても、また会えるよね?」
声を震わせて問う。呼吸もいささか荒い。
「うん。手、繋いでおこう。離れないように」
僕の左手と舞魅の右手が指まで深く絡み合う。
じゃあ、切るよ。
交差する刃の間にコードを挟み、そして力を入れる。
今度は誰も止めなかった。
プツン。
僕は赤を切った。




