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#実神鷹 ―物語― 8


 ホール中央に位置するダンボールをそっと開けて中を見る。


 タイマーは10時間と30分。


 どうしたものかと考え込んでいると、舞魅が僕の腕にしがみついてきた。


 「何?どうしたの?」


 「うん、何でもない。けど、ちょっとだけ、ちょっとだけ……」


 ちょっとだけ、こうしていたいという表情を見せる舞魅。僕は左腕に舞魅を感じながら、爆弾を色々な方向から眺める。といっても、爆弾は解体できないので、外側のダンボールをゆっくりと解体する。


 爆弾の隠れていた部分が露になる。昔のブラウン管テレビより一回り小さいくらいの直方体の物体。


 こんなもん、どうしようもないよなぁ。


 「爆弾、どうするの?」


 「ん、どうしようもない……。やっぱり動かさない方がいいだろうし。そもそも工具も何も無いんだから、解体なんてできるわけがないよ」


 「鋏とかだったら、私持ってるけど」


 「鋏か………」


 顎に手を当てて考える。爆弾の解体方法とか、舞魅とこれからどうするべきかとか、その他色々。


 「ダメだ。何も思い浮かばない。ちょっと休憩しよう、舞魅」


 舞魅はうんと頷いて、左腕にしがみついたままだった。


 ホールの中のイスを2つ拝借して、机に向き合って座った。お互いの表情が分かる程度までしか、舞魅は離れようとしなかったが。


 背もたれに体重の6割以上の質量を託す。そして、背伸びと深呼吸。舞魅が僕を真似して全く同じことをしていたのでちょっと笑った。


 「なぁ舞魅」思考が一回りして落ち着いたところで、僕は話を切り出した。「舞魅は怖くないの?」ずっと気になっていながら聞けなかった質問をぶつける。


 「ちょっと、怖いかな。でも、鷹くんと居るとそういうの忘れられるんだ。怖いこととか、嫌なこととか全部。だから、今は怖くない」

 

 「怖くない、か」舞魅に聞こえるか微妙な声量で呟く。「舞魅は神っていると思う?」


 「居るんでしょ?居ると思う」


 「じゃあ悪魔とか天使とか、吸血鬼とかは?」


 「うーん。それも居ると思うよ。人間が気付いてないだけで」


 「じゃあそいつらは、人間のことどう思ってると思う?」


 「それは………自分より下の生き物だと思ってると思う」


 やっぱりそうか、と僕は1人で納得する。


 そういう奴らは人間ではない、という答え。「僕もそう思うよ」


 複数の意味を込めて、僕は舞魅に言った。舞魅は理解できてなかったかもしれない。


 「僕の話、聞いてくれる?」


 「うん」当たり前じゃん、と言わんばかりに返事をされた。


 「この世界には超能力者とか、魔法使いとか魔術師がいる。そしてそいつらは常に他の奴らを見張り、監視し、争いをしているんだ」


 「何の争い?」


 「勢力争い。要するに、相手よりも少しでも上に、優位に立ちたいっていう意思の表れだよ」


 人間特有のものだよな。と、自嘲する。いや、この場合自嘲じゃないが。


 この後は、今となっては敵になってしまった先輩から聞いた話を舞魅に聞かせた。軽々しく言うが、今まで秘密にしていたことであり、重要なことだ。


 どんな話かというのは、―魔女― 2を参照のこと。読者サーヴィス。


 「それで、ここからが重要なんだけど………」「………………………………」


 黙って真剣に聞く舞魅に向かって。


 「そいつら全員が舞魅を狙ってる。具体的に言えば、殺しにくる。舞魅は多分、神の使い手なんだと思う」


 人間界に舞い降りし神。


 舞魅は人間じゃない。僕はそう言ってしまった。けど、後悔はしないと最初から決めていた。いつか言おうと思ったあの時から。


 僕の人生をこれほどまでに狂わせた張本人である舞魅。一般人である僕の平凡な私生活を変えた舞魅。僕の恋人である舞魅。


 どれを取っても、そこに人間らしさは感じられない。ここまで人間に影響を与える存在と言えば、もはや神くらいのものなんだ。


 脳の中では分かっていたことだけど、いざ口にしてみると、とても非凡であり得ないことだと思えてきた。一般人なら到底信じ難い事実だろう。


 「私が神?本気で言ってるの?私は人間だよ?私は何の力も持ってないし、それに、それに…………記憶、そう、し、つ……っだって………」


 舞魅の声は途中から震えだして最後には消え入りそうな声になった。僕は席を立ち、舞魅をそっと抱きしめた。僕の腕の中で舞魅は混乱から大粒の涙を流した。


 2,3分くらい。それぐらいの時間で舞魅は泣き止んだ。「もう大丈夫、だから」と僕よりも先に口を開いた。「続き、聞かせて」鼻をすすりながら舞魅はゆったりした口調で言う。


 「大丈夫。大丈夫…………。僕は、舞魅の味方だから」


 舞魅が神なら、僕は神の味方になってやる。


 「これも僕の推測だけど。多分、舞魅は記憶喪失になんかなってないんだよ」


 「でも、記憶が無いのは……」言った直後にハッと目を見開く彼女。


 「うん。ここでの記憶が無いのは、それ以前にここに居なかったってことじゃないかな」


 言ってる僕もだいぶ頭がおかしくなってきた。一体何馬鹿なことを言ってるんだと、昔の僕に怒られそうだ。神の存在を信じるなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことを。

 

 でも僕が今居る世界は、もう普段の世界じゃない。そう信じるしかない。


 信じる者が救われるとは限らないが。救われるためには、信じるしかないのだから。


 「舞魅がこの世界に来たのは、丁度春休みなんだよ。だから、春休み以前の記憶が無い」


 「私が人間の格好をしてるのは?」


 「さぁ……。そこまでは分からないよ。神がどういう姿で存在するのかも知らないしね。もしかしたら、神っていうのは人間の姿と近いのかもしれない」


 僕に体重を預けてくる舞魅の頭を軽く撫でて、「でも舞魅は舞魅だよ」と耳元で囁いた。返事として大きな頷きをもらった。


 ああ、そういえば。


 また舞魅泣かしちゃったな、僕は。もう何回目か分からない。一本の手では数え切れない数になってしまってる。


 「『これ』は成神式って言ってたよね。神に成る式で、成神式。今日がその儀式の日で、舞魅が……神になるんじゃないかな」


 「鷹くんは?何で鷹くんがこんなことに巻き込まれて」


 「巻き込まれたなんて被害者面しちゃダメだよ。僕にはちゃんと理由があると思うんだ。まだそれは分からないんだけど。でもいつか、―――明日の朝には分かると思う」


 ここまで話して、僕は大きな深呼吸をした。本当は溜息だったんだけど、舞魅に悟られないように吐いて吸ってを繰り返した。


 さて、これで僕の知ってるコトは全部舞魅に話した。いや、実を言うとまだ残ってるんだけど、僕はまだそれを手元にとっておきたいという所存である。我ながらジョーカーはなかなか切れない性格だと自負してる。


 まあしかし、だな。


 こんな展開を――――いや、もう止めておこう。終わりよければ全てよしと、中学時代の友達が言っていたしね。


 「ごめんね。ずっと隠してて。舞魅は何も知らないままで。それで周りの人間だけが状況を把握して動いてて」少し薄暗いホールの中で僕は己の罪の懺悔の為に舞魅に謝った。


 「ううん。いいよ。もう、そんなこと気にしなくていいよ。ほんと鷹くんはそういうとこ細かいんだから。もっと楽に生きたらいいのに」


 「楽に生きたらねぇ……」「うん。何か、今の鷹くんはちょっと苦しそう。細かいところまで神経使って、どんどん磨り減ってるみたいで」


 「舞魅からそんなこと言われるなんて思って無かったよ」


 「あー、また馬鹿にしたー。もう、いっつもそうやって」


 そう言ってまた僕にダメ出しをする舞魅は、泣き顔が消え、笑顔が窺えた。対する僕も、予想外の舞魅の反撃に少したじろぎながらも、余裕を取り戻すことが出来た。


 舞魅の言った通り、僕は随分緊張していたらしい。肩が硬くなってたとか。別にダシャレじゃない。


 舞魅にそんなことまで見抜ける能力があったことに驚き満開なわけですが。


 「さって、そろそろいいだろ」


 おーい、今の聞こえてたろ。早く出て来いよ。


 天井に向かってそう言うと、暫くしてあの声が返ってきた。


 「もうネタは上がってる、と言いたそうだな」


 「ああ、あんたどうせ神かなんかだろ。舞魅をここに送ったのもあんたじゃないのか?」


 「答え合わせは最後だ。途中でやるとつまらない」


 そう言う声からは僕に『これ』についての全貌を暴かれかけていることへの悔しさが窺える。


 「さっき言ったことは撤回しない。お前らがすべきことはあの爆弾の解体。ただし作業は簡単だ。ちょっと爆弾の傍まで行ってみろ」


 指示通り、僕と舞魅は二人で一緒に爆弾の元へ向かう。


 「その爆弾のタイマーが表示されているふたをゆっくり持ち上げると、ふたが開く」


 言われた通り、そっと、振動させないように両手でふたを持ち上げると、意外と簡単に開いてしまった。中にはコードが何本も見られるが、起爆装置や爆弾自体は見えない。


 「その中のコードのどれか一本だけ切れば、起爆しないようになる」


 「嘘じゃないだろうな?つーかそんな単純な爆弾があるのか?」


 「その爆弾の起爆装置は水銀スイッチだ。水銀スイッチと爆弾をつなぐコードを切れば、爆弾は爆発しなくなる」


 「水銀スイッチ………って、お前、僕が動かしてたら爆発してたかもしれないじゃないか!」


 「そんなことは今更どうでもいいことだ。今からお前らの世界を元に戻す。色彩が判断できるようになるから、好きな色のコードを切ればいい。コードは一色一本しかない」


 声が終わると同時に灰色の世界が元に戻り、ホールに明かりが灯された。そしてコードが様々な色彩を放ちだした。


 「わぁぁ」と思わず舞魅が声を漏らす。僕も心の中では舞魅と同じように溜息をついた。


 赤、青、黄色、緑、紫、橙。計6色。無駄に鮮やか過ぎる配色だった。


 この中から選べってことか。適当に選んで6分の1。16%とちょっと。


 命を懸けるにはあまりにも低い確率だった。


 「ったく―――お決まりのパターンは面白くないぜ………」


 「直面してみると案外そうでもないだろ?」


 嫌らしい返事が耳に入ってきた。返事はしなかった。


 

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