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#実神鷹 ―物語― 5


 「舞魅、4月にやった持久走、タイム何分だった?」


 「えと、えー……13分31秒かな。それがどうしたの?」


 「今から持久走するからね。っていうか舞魅早いな、女子で一番じゃない?」


 「クラスでは一番だったよ。あ、でも初めてだったから、ペース配分とかよく分からなくて、もっと頑張れば早いかも」


 「そっか………」


 持久走するところには突っ込まないのね。


 昔から持久力があったんだろうか。聞いても舞魅は分からないと答える選択肢しかないもんなぁ。ほんと、謎だらけだよと嘆息したくなる。


 狩口の家から最寄の駅が見えてきた。あそこで電車に乗って、高層ビルが立ち並ぶオフィス街及びいわゆる都会にまで出ようというのが僕の作戦だ。


 ここは市内では田舎の方だからな。隠れる場所は一つでも多いほうがいい。


 勿論これは予定であり、こうなれば最も良いという模範解答なだけであって、必ずしもそう物事が順調に進むとは、僕も思ってない。


 希望はするけど。


 切符を買い、改札を抜けてホームへ。


 来た電車にすぐに乗り、車両の後ろ部分に立ったまま目的地に着くのを待つ。


 「これが終わったら――」


 「ん?どうしたの舞魅」


 「二人で花火見に行こう」


 「……………………」


 舞魅が指す『これ』とは一体どの事を指してるんだろうと考える。2秒で止めた。


 「うん。約束しよう」


 これが終わったら。


 その時僕は舞魅の傍に居るのか。


 居たい。居たらいい。居られたら嬉しい。


 ああ、僕は舞魅に夢中なんだなと、改めて思う。夢中なんだ、と。好きとか憧れとか、愛しさとか、全部まとめて夢中なんだ。


 まるで夢の中に居るみたいに、僕は夢を見ている誰かに動かされてる。夢うつつだなぁ。


 じゃあ舞魅はどうなんだろう。


 「―――っ……………」


 言葉を飲み込む。胸につっかえた。うわ、息苦しい。うう……。


 不快感を消すために、と言ったら聞こえが悪いから、そういうのとは関係なく、僕は舞魅の頭を撫でる。少し長くなってきたな、と少しだけ心を休めながら舞魅の髪の毛を指で梳く。


 初めのころは嫌がっていた舞魅も、今は僕に髪の毛を触られて落ち着くらしく、肩を寄せてきた。






 舞魅も僕も無言のまま、20分ほど電車に揺られて目的地に到着。


 「人がいっぱいいるね」


 「ああ、日曜だからな」


 こんなに多くの人が行き交っている風景を見るのは初めてなのか、舞魅はキョロキョロと遊園地に来た子どものように落ち着かない様子で辺りを見渡していた。


 「手……」


 「あ、うん」


 差し出された舞魅の手は僕より温かかった。何でだろうね。「あ、携帯鳴ってる」舞魅が僕のズボンのポケットを指さした。舞魅は耳がいいなぁなんて感心する暇も無く、自分が気付いてないことに焦りを感じた。


 携帯の画面を覗くと、そこには先輩の名前が表示されていた。出ようか迷っていると、着信音は切れてしまった。画面には『着信あり』の文字。それを視界の端に引っ掛けて携帯を閉じた。


 「誰からだったの?何で出なかったの?」


 「んー、舞魅は気にしなくていいよ。とりあえず行こう、どこかに。同じ場所に留まるのは良くないからさ」


 できるだけ人通りの多い、建物の並ぶ道をゆっくりと歩く。耳を澄まして、背後を警戒しながら歩く僕らの姿は、日曜の買い物を楽しむ人たちにとっては異様に見えるかもしれない。


 おっと、背後に怪しい2人組を発見。尾行してるな。素人の僕に勘付かれるということは、向こうもベテランではないな。


 「舞魅、そのまま、反応せずに聞いて」一瞬こっちを向きそうになってすぐに視線を前に戻す舞魅。


 「今後ろに怪しい2人組が僕らを尾行してる。男2人ね。あそこの角曲がったら走って振り切るから、分かった?」


 舞魅はこっちを向かずに静かに頷いた。


 私服を着た男達は30代くらいだろうか、服装に関しては普通だが挙動が不自然すぎる。やはり素人なんだろうけど、あんな奴らが舞魅を狙う目的っていうのは一体何なんだろう。想像も付かない。


 角を曲がる瞬間、横目で彼らを見ると、30mほど離れていた。素人だから走っては来ないだろう。すると、彼らがこの角にたどり着くまでに巻ける場所といえば―――。


 舞魅と僕は中華料理店などがある建物に入り込み、階段を使って3階まで上がった。舞魅を窺ってみたけど、全く息が乱れてなかった。何でこんなに運動能力高いかね。


 通りに面した小窓から下を覗くと、男達は通りを走って通り過ぎていった。それを見送ってから僕はやっと一息つく。


 「はぁ。舞魅、平気?」


 「うんっ。鷹くんの方こそ大丈夫?すごい汗かいてるよ」


 そう言って舞魅はハンカチを取り出して、僕の汗を拭こうと手を伸ばしてきた。


 「いいよ、そんな。ハンカチ汚れるだろ」


 「いいの!鷹くんの汗ならいいの!」


 いや、その言い方はどうかな……いくら僕でも中身は普通の人間なわけだし。


 と声に出さない突っ込みを行っていると、自分の言った言葉が恥ずかしかったらしく、舞魅はみるみる頬を赤く染めていった。しまいには当てつけとして僕の額の汗を乱暴に拭ってきた。まあ可愛いけどさ。


 「舞魅さ」「な、何?」「これが終わったら髪の毛切りに行こう」舞魅の後ろ髪を触りながら僕は言った。


 「僕もそろそろ切らないと暑いしさ、舞魅もだいぶ伸びてるじゃん。あ、伸ばしたかったら別にいいんだけど」


 「ううん。伸ばさないよ!」舞魅は首を横に振る。「だって……その……さ、鷹くんは短いのが好きでしょ?」


 「まあそうだけど。舞魅の前でそんなこと言ったっけ?」


 「夏休み前くらいに言ってたよ。あと、黒髪ストレートが好きだって」


 「全然記憶に無いんだけど」だから舞魅に僕の好きなタイプを当てられている気分だ。


 「私が覚えてるんだから間違いじゃないよ。鷹くんのことなら忘れないもん」


 言ってまた頬をりんご色にする舞魅。可愛い。


 男達を巻いてから10分後くらいに、僕らは建物の外に出た。日差しがさらに暑く感じられたので時計を見ると、午後1時ぴったりだった。


 太陽は赤外線を強調したいのか、外は相変わらずの赤色で、暑さを2割増しで感じさせられる。


 ぶらぶらと繁華街を歩いていると、今度はあからさまに敵意をむき出しにして尾行してくる男を見つけた。


 さっきからずっと思っていたことだけど、奴らは能力者のはずなのに、何故か能力を使ってこない。僕らが気付いていないだけなのか、本当に使っていないのかは定かではないけど、この男もそういう素振りすら見せてこない。


 今まで舞魅は能力を使われることが無かったとは言えない。なら今回もあって然るべきなんだろうけど、おかしいな。


 たまたま?偶然か?


 一駅分ほど歩いたため、来た時とは別の駅で切符を買い、ホームに向かった。


 さて、ここからどうするか。


 「舞魅、電車に乗ってすぐ降りるから」


 先ほどと同じく無言で了解のサインが出される。


 アナウンスの数秒後に電車が到着した。僕らは電車に乗り込み、尾行してきた男が乗ったことを確認する。そして、ドアが閉まる直前で、僕らは電車を降りた。車内を見ると、尾行してきた男がこちらを睨んでいた。僕は無表情のまま舞魅の手を引っ張り、反対側のホームに到着した電車に乗り込み、一駅移動した。


 


 


 次の駅からは、少し繁華街を離れて、閑静な住宅街へと向かった。


 住宅街は繁華街と比べて静かな分、敵に気付きやすい。それに、公園やアパート、マンションなど、隠れることができる場所が多い。


 15分ほど歩いた先の公園の木陰で少し休憩を取った。一応、警戒はしたけど、敵らしい敵は現れなかった。


 「ねぇねぇ鷹くん。さっきから何か静か過ぎない?」


 「そう、かな?住宅街ってこんなもんじゃない?」


 真夏の日曜の公園には元気に遊ぶ子どもの姿は一つも見受けられない。そのせいで周辺は不気味な静寂に包まれていた。耳を澄ませても、微量の風が揺らす木の葉の音が微かに聞こえるだけで、人工的な音は全く聞こえなかった。


 「移動してみよっか」


 公園から移動しようと動いた瞬間。


 目の前が急に暗くなった。「うわっ」劇的な変化に視神経と脳が追いつかない。暗い、けど、真っ暗じゃない。むしろ明るい方だ。物はよく見える。ただ、色彩の判断ができない。


 空を見上げると、赤かった太陽も空も雲も、全て灰色に染まっていた。


 ふと、公園の外に目をやると。


 そこには身動き一つしない、止まったままの人が立っていた。


 僕らの周りの全ての時が止まったかのように思えた。


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