#実神鷹 ―物語― 4
西暦云年、某月某日出生。
3歳ごろは、近くの公園でお友達と遊んだ。
5歳。幼稚園に入園した。体を動かすのが好きな子どもで、よく外で遊んでいた。砂遊び、水遊び、遊具での遊び、ボール遊び。
鬼ごっこもやった。
6歳5ヶ月。小学校に入学する。
字を書いたり、計算をしたりした。
9歳5ヶ月。小学4年生になった。同じ学年に転校生の女の子がやってきた。僕はその子と仲良くなったけど、周りの皆は彼女のことを嫌っていた。当時の僕にはその理由が分からず、特に気にすることも無かった。
12歳1ヶ月。小学6年の初冬。初恋。
総合学習で同じ班になった子を好きになった。
小学6年の冬。バレンタインデー。チョコと共に好きだった子から告白を受けた。
1ヵ月後。何だかんだでその子を泣かし、返事の前に別れた。
中学校に入学。××部に入る。
中学2年に進級。××部内でいじめ発生。
いじめによって僕は心を閉ざし、感情の半分が消えた。人間不信になり、友達と遊ぶことがなくなった。
中学3年に進級。いじめはおさまったが、後遺症は消えず。感情が少しずつ回復。笑う回数が心なしか増えた。
中3の夏。捻くれ者の真人間として世に復活を果たす。友達が増えた。感情の回復。
中3の卒業式前日。女子に告白される。翌日に女子を振ってめでたく卒業おめでとうございます。
高校入試に合格。そして入学。今年の4月に至り、舞魅と出会う。
はぁ。僕の人生は今まで平凡だったんだな。
平凡で非凡な人間になってしまったのは、今までの歩みが問題では無いと考えられるな。え?何?言ってることおかしい?それはあなたが凡人だからではないですか?
回想終わり。
一通りの説明を終えた後、「少し考えさせろ」と狩口が言ったので、自分の人生について自作の走馬灯を流してみた。既に何度もやったことがある作業なので、3分ほどでENDした。
隣に居場所が無さそうに座る舞魅はキョロキョロと部屋を見渡している。時々目を細めてものを見るようにするのは、やっぱり赤が見えているからなんだろうか。
舞魅の過去も聞いてみたいな、と口を開く寸前で思い直す。僕は馬鹿か。記憶喪失の人間に何を話せと?舞魅じゃ妄想ストーリーすら話せそうな気がしない。
「実神……」思考を終了させて狩口はこちらを向く。「分かったよ。お前らの言うこと、全部信じてやるよ。それで、協力もする」
「ありがとう狩口。あ、でも長居する予定は無い。どうせすぐにばれるだろうし。こっちとしては食事が本命なんだ」
「食い物目当てで来たのかよお前らは」
ったく、日曜の朝から人んち来といて……とあからさまに僕らに聞こえるように愚痴る狩口。嫌がらせとしか思えない。あ、もしかして予定でもあったのかな。だとしたら今度お返ししないとな。僕が生きてればの話になるのが大変申し訳ないんだけどもなんて思ってない。
「思えよ」
「どうせ暇だろ」
「暇な人間っていうのは何もすることが無い人間のことを言うんだよ」
「いや、する必要がある用事が無い人のことを言う」
「じゃあ日本全国で今現在趣味に興じている何百万人の人間は皆暇な人間と言うのかお前は」
早口で返答が来る。さすが狩口。口喧嘩で簡単に砕ける人間じゃないぜ。
「ああ、暇な人間さ。人間暇な時間も必要だからな」
「じゃあ俺の必要な時間を返せ馬鹿野郎!」
最後はピシャリと抑えて部屋を出て行った。ちょっと昔の阪神タイガースのJFKの最後の人みたいだな。今はFさんがWBCに出るくらい活躍してるけど。
閑話休題。というか、話が逸れた。
「ね、鷹くん。ばれるって何が?」
僕の言葉に疑問を覚えたらしく、久しぶりに舞魅は唇を動かす。
「何らかの能力者さん達がここを突き止めてやってくるってことだよ。そしたら僕らは逃げるだけ。僕は戦闘能力が20くらいしか無いからねぇ」
「20?それって多いの?少ないの?」あれ、食いつくところはそこでいいのかな?
「無能力の高校1年生の平均値が15、無能力成人男性が25、狩口が150って考えると分かるかな」おおよその値だけど、琴乃さんは170ってとこかな。
「弱いね………」「まぁ……そうだね」はっきり言わないでよ。
しかしこんな僕が舞魅の命なんか守れるのかと本気で疑問に思う。けど、今まで色々あったけど、舞魅が死んでない。入院1回怪我1回という危ない感じのラインは踏んじゃったけど。
舞魅自身、運が良いところもあるんだよな。
そして僕も。何故か運は良い方向にばかり傾いている。誰かがいたずらで吹かせた風が、僕に幸運をもたらしている。
狩口は15分ほどしてから戻ってきた。お盆にラーメンを3杯乗せて登場する狩口が何故か出前のおやじさんに見えた。いや、出前頼んだこと無いけどさ。簡単に言えば様になっているということだ。
てきぱきと机を出す狩口。接客に慣れている様子だった。友達呼んだこと無さそうだけど。
「お前、今何か言いたそうだな」「いえいえ何でも。ラーメンおいしそうだねーって」主婦っぽく振舞ったが、誤魔化されたかは微妙だった。
「っていうか、作るの早いな」
「水道から出る水が熱いんだよ」
「おおー」舞魅と仲良く感心……していいのか?
面倒だったので描写してなかったが、この部屋は外に比べて随分涼しい。扇風機しかつけてないのに、うちの冷房使用時並だ。
これなら夏のラーメンもおいしく食べられそうだな。ふむふむ。満足。
「いただきまーす」
割り箸を割って食べ始める狩口。僕も敢えて同じようにして食べ始めた。ずずずーっと。んん?
「舞魅、食べないの?」
「んん?い、いや、食べるよっ……」
言いながらも、割り箸を割るのを躊躇うような仕草を見せる。
あ、もしかして割り箸を僕たちに見立てて、割ったら別れるみたいで嫌だ、とかいうメルヘンな妄想でもしてるのかな?と、今の僕はそこまで余裕を持ち合わせていない。
馬鹿なことを言ってる間に舞魅は一口、二口と麺をすすりだした。
あ、思い出した。舞魅は猫舌だったな。
本気で気付かなかった僕は、自分が思っていたよりも焦りを感じていたのかもしれない。
午前11時半。狩口の家のチャイムが鳴る。
予め用意しておいた作戦を実行するべく、狩口は玄関へ、僕と舞魅はベランダへ向かった。
「じゃ、また」
「ああ、今度ラーメンおごってやる」
「………………………」
返事をしなかった狩口の顔が、少しの悲哀で埋め尽くされていた。
「行こう、舞魅」
「うんっ!」
こうして僕らは走り出す。追っ手から逃げるため。さながら鬼ごっこのように。
ただ僕はまだ理解していなかった。
まだ、知らなかった。今何が起こっているのか、今から何が始まるのか。
鬼ごっこは好きだった。
小さいころから走るのが速かったから。
一番必死になったのは、最初の鬼のじゃんけん。これさえ乗り切れば、鬼になる確率はほぼ皆無と言っていいほど急落する。そうして普段から鍛えていたじゃんけんは、大抵負けることは無かった。
鬼が一人なら、どんな相手だろうと逃げ切れる自信があった。実際、結果も出していた。
鬼から逃げている時のスリルは何よりも面白かった。半ばかくれんぼ的な要素が入ってくる大きな公園での鬼ごっこでは、鬼が諦めて探しに来なくなることもしばしば。
増え鬼というちょっと変わった鬼ごっこが広まった。
大人数での鬼ごっこで用いられたゲームで、最初は鬼が一人ないし二人だが、捕まえた奴は鬼になり、だんだん鬼が増えていくシステムだ。当然逃げる方は苦しくなる。
僕は増え鬼が嫌いだった。
何故か増え鬼の時だけは、最初の鬼によくなっていたし、序盤で捕まっていた。
拗ねた子どもの言い分だと、面白くないっ、といったところである。
今思えばあれは、世の中を平等にするために誰かが生み出したゲームなんだと解釈できた。
鬼ごっこが強すぎる僕に加えられた制裁。
子どものころ、右打ちでホームランばかり打って面白くなかったある人たちが、あるバッターを左打ちに変えたのと同じこと。
でもそれは完全じゃなかったんだ。何故なら僕は本気で走ってなかったからだ。
力を制御していたから。
けど今回の鬼ごっこは、そこに制約がついた。
本気で走れないように、舞魅を隣に置いての戦い。
そんなに僕に鬼ごっこで負けさせたいかこのやろう。
だけどそのルール作りは失敗だな。僕は舞魅の前では本気だからな。
「さあて、そう簡単にいくかな?」
漫画みたいな感覚で、空から電話の時の声が聞こえてきた。
「うるせぇ。お前は勝手に高みの見物決めてろ」