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#実神鷹 ―物語― 3

 自分の家が3分後に消し飛ぶと言われたら、僕はどういった行動を取るだろうか。


 3分。180秒。カップラーメンを待つときのあの長い3分と同じ感覚で過ぎるのだろうか。


 とりあえず、姉ちゃんを避難させる。それから、家の財産を出来るだけかき集めるか。僕が言いたいのはその後の話。


 後30秒と言われたら。


 隣に住んでる人たちは?家においてある思い出は?


 そういった雑念が僕の頭の中で渦巻くに違いない。


 そして中学生の僕ならそこで判断に迷い、爆風と共に風になったりしたのかもしれない。


 けど今なら?と思考する。今なら。高校生の僕なら。舞魅と出会った僕なら。


 家を飛び出して逃げるだろう――。


 舞魅を守るためには、僕が生きてないといけないから。そういう使命を僕は与えられたんだ。


 今思っても不思議だが、僕はどうして舞魅のことを好きになり、守りたいと思ったんだろう。些細なことだろうとおおよそ想像が付くけど。


 今隣にいる舞魅は、記憶喪失で、家に両親が居ない。というか、両親が日本にいるのか、外国にいるのか、生きているのかどうかも正直怪しいところだ。


 そんな、世間一般の常識から外れてしまった舞魅を、僕は好きになった。守りたいと思った。舞魅は僕の気持ちを受け止めてくれた。


 今まで楽しかった。そしてこれからも楽しい日常が続いて欲しい。


 全部が過去形になるのは嫌だ。


 そして今は現在だ。現在形。今と言った瞬間に過去になる儚い現在を、僕らは生きている。だから僕は今、現在と対面し、起こりうる全ての事象に対して賢明に、懸命に生き続けなければ成らない。


 それは、舞魅がこの世から消えても―――。






 「必要なものだけ持って、今すぐ逃げてください!」


 災害時などの緊急事態のときに用いる決まり文句を清水川さんに伝える。今は間違いなく緊急事態だ。戸惑う清水川さんを「いいから早く!死にたいんですか!」といういい加減な一言で丸め込んで、実行に移してもらう。行動が伴うのを見送り、僕らも急いで支度をする。


 「ね、ねぇ、何してるの……?さっきの電話の人、何て言ってたの?」


 「『もうすぐ始まる』――そう言ってた。今は僕の言うこと聞いて。大切なものだけ持って、今はここを離れるんだ」


 舞魅は混乱しながらも僕の言葉を理解したらしく、部屋の中を働きアリのごとく動き回る。手にしているのは、携帯と、財布と………。よし、行こう。


 舞魅の手を引っ張り、玄関を目指す。使用人さんたちも同様な行動を取っていて、火事の現場から逃げる人だかりのようだ。


 靴を履き、家を飛び出し、庭を走り、門外へ。清水川さんが最後尾として出てきて、家に誰も居ないことを伝えられる。時計を確認……あれから2分10秒経過。


 「皆さんここから離れてください!」


 この小さな集団全員に聞こえるようにと考慮した声量で僕は叫ぶ。集団はその言葉に疑問符を重ねるが、そんなことに構ってられる程僕は暇を持て余してはいないのだ。


 「清水川さん、警察と消防を呼んでください。他の人たちはあっちの公園に避難させて。僕と舞魅は行くところがあるので、後はお願いします」


 「行くところって、どこですか!?舞魅ちゃんは………」状況把握がしっかり出来てない清水川さんは、早口に聞き取りにくい声を上げる。


 「舞魅は僕が命を懸けて守ります。それじゃ、行こう舞魅」


 「ま、待ってよ鷹くん!」


 僕の腕を予想外の力で引っ張ってきた。


 「どこ行くの?」「今はそんなことどうでも」「どうでもよくない!」感情を高ぶらせて舞魅は叫ぶ。こんな姿は始めて見た気がする。


 言って舞魅は、僕から目を離し、清水川さん他の使用人さんたちのほうを向く。僕は見放された気分にになりながらも、その視線を追う。


 「今まで………ありがとうございました。歩美お姉ちゃんも……いままでありがとう」


 別れの言葉を口にして、今度は僕を舞魅を引っ張って歩いていく。横目で覗くと、その大きな瞳から涙を零していた。背後からは名前を呼ぶ声が聞こえるけど、僕も舞魅も振り返らなかった。


 「ねぇ、鷹くん」「………何?」


 胸に石でも詰められてるんじゃないかと思うほど、僕は今息苦しさに襲われている。喉に手を突っ込んで異物を取り出したい衝動にも駆られた。


 息が、また荒くなる。


 「私って、普通じゃないのかな……?」


 異端を嫌う、異端の女子高生からの切な質問だった。模範解答を探してみたけど、3秒でやめた。答えは存在しないから。


 僕が口を開こうとすると、舞魅が続ける。


 「私って変なのかな。私っておかしいのかな。記憶喪失って、普通じゃないのかな。周りが赤く見えるのも、私がおかしいからなのかな。ね、鷹くん……。家に両親が居ないのも、誘拐されるのも、全部、全部、全部、全部、全部ぜんぶ………」


 途中から舞魅は声を上げて泣き出してしまった。今まで張っていた糸が切れてしまったように、涙腺が緩んで、大粒の雫を地面に零す。


 傍から見れば、僕が泣かしてるみたいだな、なんて楽観視するほど余裕は無かった。いや、これは楽観視というのか少し疑問を抱くけども。


 清水川さんたちからはもう見えなくなったであろう地点まで来たところで、僕は歩みを止めた。そして、舞魅を抱擁する。


 「いきなり、何言い出すんだよ。舞魅はおかしくなんかないよ。普通だよ」


 「で、でも……」


 「おかしくない」


 「おかしくない?」


 「うん。普通。むしろ幸せだよ」


 「幸せ?何で?」


 「僕が……」守ってあげるからだよ。と続けれるほど僕はできた人間じゃないことに言ってる途中で気付き、中途半端になってしまった。


 「僕が?」


 「………………………………」


 敢えて、もしくは当たり前に、僕は言葉を続けなかった。その代わりに、さらに強く舞魅を抱きしめた。ああ、舞魅は暖かいなぁ。


 顔もきっと赤いんだろうけど、視界に赤が溶け込んでるせいで色の認識が出来なかった。全く、この赤には嫌がらせの意味しか含まれてないんじゃないかと疑う。


 僕の腕の中で、舞魅は少しずつ、潤いすぎた瞳を乾燥させていった。逆に僕は、もらい泣きをぐっと堪える立場に。やれやれ。


 そろそろ舞魅も知るべき頃なんじゃないかと勝手な解釈を打ち出す。


 いつまでも知らないままで居られるわけじゃない。


 けどやっぱり自重した。相変わらずビビりだな、僕は、と自嘲する。


 生半可な知識を与えるくらいなら、知らない方が幸せかもしれないと。これまた勝手な判断に基づいて決めた。


 「行こうか、舞」耳に重く響く、爆発音が辺りを包んだ。


 僕の体を抑えている腕が緩んだので、咄嗟に僕は舞魅を抱擁する腕の力を強めた。


 「ちょ、鷹くん」「見ないほうがいい、から」


 これで確定した。


 奴らの言葉はハッタリなんかじゃないということ。


 ごん、と僕の胸に頭部を押し当てる舞魅。先ほどの胸の異物はさらに拡大して僕の内部を侵食していた。単純に言えば、気持ち悪い。胃液が逆流してきて、食堂を傷めつけるあの不快感が甦る。


 「行こう」もう何回目か分からないこの言葉を舞魅に告げた。


 それでも僕は言う。僕達は前に行かなきゃならないから。





 

 

 学園物語はどこぞに?


 まあまあそう言うなって。物語ももうすぐ終わりだしな。


 そんな会話を少しこなしてから、家の中に進入することに成功した僕と舞魅。


 通された部屋は恐らく6畳と考えられる小奇麗な部屋。男の部屋にしては綺麗過ぎると言っていいくらい整理がなされた洋室だった。


 入り口の扉にRYUという看板があった。隣の部屋の扉にはRYOの文字が書かれた看板。


 「弟居たっけ?」


 「いねー。中学の妹なら居るが」


 「その子がりょうちゃん?」


 「ああ、ごんべんに京都の京で諒。今中2」


 わざわざ1文字しか変わらないローマ字表記の看板にしたのは何故か、問いただしたかったが、今はそれどころではないので自粛する。


 「で、何?ここはカップルで来るところじゃありませんよー?」


 「まあそう僻むなって。……じゃねえや、えっと。うん、今回は真面目な話なんだ」


 お前くらいしか相談相手がいないんだよ、狩口。


 「ふーん。改めて聞くけど、何?何があったわけ?そしてお前は俺に何を要求するんだ?」


 「とりあえず、隠れ家を………」


 「ふむ。で、次は?」


 「少しの食料」


 「……おう、で、最後に?」


 「聞き手役だ」


 狩口はあからさまにうーん、と唸って、10秒ほど目を瞑った後、「分かった。協力しよう」と言ってくれた。


 「ありがとう」「ただし!」と僕がお礼を言い終わる前に忠告を表にする僕の友達。


 「お前らからはヤバそうな香りがする。もうすごいレベルで。だからまず話とやらを聞く」


 「お、おお。分かった」


 さすが僕の友達。勘の鋭さと慎重さは折り紙付きってわけだな。


 時計の長針は6を指していた。午前10時30分……。


 あと何時間で終わるんだろうな。逆算するのも面倒だったので考えを早々に放棄した。


 

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