#実神鷹 ―物語― 1
舞魅は変わらず僕のそばに居る。何の違和感も無く、不自然も無く。ただ、僕の隣にいる。
舞魅は前を見つめたまま言う。
「人間ってなんだろうね」
「何いきなり」思わず笑みがこぼれる。「舞魅がそんな哲学的なこと言うなんて」
「……鷹くんさ、私のこと馬鹿だと思ってたりするの?記憶喪失になっただけだよ」
「記憶喪失って、知識も喪失するんじゃなかったっけ。実際会った時とか、そういう感じだったし」
「えーそうだっけ?覚えてないな。それより、私の質問に答えてよ」
どうしてか、視線を合わしてくれない舞魅。ずっと前だけを見据えている。怒ってるんじゃないかと勘違いしそうだ。そんなことがあるわけないと思ってるから、心配にはならない。
「人間って何かって?めちゃくちゃ難しい問題だな。解けたらノーベル賞ものじゃない?」
「答えてよ」言って、こっちを向く舞魅。その目には光を反射した液体が溜まっている。
「そんなの、僕には分からないよ。人間が分かることじゃない。舞魅だって、舞魅が何かって説明できるの?」
「できる………。私は、ただの嘘吐きだよ」
「は?嘘吐き?」何だそれ。舞魅って嘘つけるのか?そんなの一度も見たこと無いんだけど。あ、そうか。嘘吐きだっていうその発言が嘘だから嘘吐きなのか。舞魅もなかなか高度な技を取得したな。褒めるという名目で頭を撫でてやろうと手を伸ばしたら、舞魅が発言を続けた。
「私はね、記憶喪失になんかな」視界が歪む。急に目の前の世界が入れ替わり、周りが真っ白な世界が視界に広がる。
雲の中か、霧の中にでも居るんじゃないかと思った。足下は冷たいが、空気は暖かい。
「お前は人間だな」
「誰だお前は」
「私は神だ。何故お前がここに居る。ここは人間が来れる場所じゃない」
「知らない。そんなこと言われても」
「もしかして、お前は人間じゃないのか?」
「知らねーよ。自分が何かなんか分かるわけ無いだろ。自分が自分であることなんか自分で証明できるわけ無い。ふざけんな」
「人間の割には面白い、捻くれたこと言う奴だな。いや、やっぱりお前は人間じゃな」今度は前が真っ暗になった。そして今度は…………赤だ。
「んんー………」
状況把握に少しの時間を要した。これだけ世界が入れ替わっては頭が追いついてこない。しかし今回はさすがに早かった。ここは自分の部屋。ベッドの上。壁の時計を見ると、短針と長針が直角に交わっている。9時だ。
それから、先ほどまでの世界の入れ替わりは夢だということに気付いた。夢というものは醒めてみるとあり得ないことが起こってるもんだなと思う。それは、夢を見ている間は気付かないものだけど。
「あれ?」カーテンで遮断している光が赤い。部屋の中もその影響で少しだけ赤みを帯びていた。
「まだ夢なのか」夢から覚めたという夢を見るのは初めてだ。
いや、違う。夢だと認識できるということは、夢じゃないんだ。つまり現実。となると、この赤い光は何だ。
カーテンを開けると、真っ赤に燃え盛る炎が、マンションを包んでいた。なんてありがちな展開ではなく、太陽が赤かった。
「えーと」太陽が赤い?というか、世界が赤い。赤い光がいつも見る風景を照らしている。赤外線が見えるような特殊能力は僕には無かったと思うんだけど。
赤い世界―――漫画の中にでも入った気分だ。などと楽観視できたらいいのだが、僕はそこまで神経の太い奴じゃないのであった。
「舞魅に連絡しないとな」
携帯を手に取り、11桁の番号を素早く入力。コールサインは3回まで。出た。
「どしたの鷹くん」眠そうな声からして、舞魅もまだ寝ていたようだ。
「舞魅、外見たか?見てないなら今すぐ見ろ」
「………何これ?何か、おかしいよね。これ。あれ?何で赤いの?」
「僕にも分からない。とりあえず、舞魅は部屋から出ないで。危ないから」
「危ない?」
「説明は後。今は黙って言うこと聞いてくれ」
「………分かった。着替えるくらいはいいよね」「ああ、できるだけ素早くな」
通話終了。思考開始。
ある程度、想像は付く。ヒントもあるし。あの夢は、関係あるのかまだ分からない。
『私はね、記憶喪失になんかな』――あの言葉も、気になる。
『私は、ただの嘘吐きだよ』――あの言葉も、すごく気になる。
夢についてこんなに記憶がはっきりしてるのは、衝撃的だったからという理由だけじゃない気がする。或いはあれは夢なんかじゃないのかもしれない。予知夢、なんて言葉があったか。
これまでの経験、そして今日見た夢。全てを脳内で処理し、咀嚼し、消化し、答えを出そうとする。
雑念が入るが、無理やり押し殺す。今は姉のことは優先順位的に下だ。
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何も知らない舞魅。知ってしまった僕。
考えろ。考えろ。考えろ。考えろなんて考えずに考えろ。考えろ。考えろ。
常識なんて考えるな。今更。こんな世界で、常識なんて、邪魔で邪魔で仕方が無い。僕の脳から今すぐ排除しろ。
そう、それはむしろ、二次元に居るようなもの。
何でもありな世界。それがこの世界。
神も居る。人間も居る。魔術師も、魔道師も、超能力者も、錬金術師も、魔法使いも、忍者も居る。
舞魅が狙われるのは、この世界での自然であって、それを守るのも自然。
誰かが勝手に決めたストーリー、物語なんだ。
僕達は人間じゃないのかもしれない。それは全て、この世界を創造した者が決めること。
こんなところでどうだろう、僕の浅知恵ではこれが限界だ。だがなかなか傑作じゃないだろうか。
こうして物語は進む。今までよりも速く。
全く、この世界の神はせっかちだぜ。