#実神鷹 ―青春の夏― 1
「ねぇ、いっつも来るの大変じゃない?鷹くんの家ってここからどれくらいなの?」
「自転車で20分くらい。そんなに苦じゃないよ。運動部に入ってない僕にとってはいい運動になるし、大前提として、これは僕が決めたことだから。自分で決めたことくらい守らないと。それくらいしないとダメな気がするんだ」
「………なんでそこまでしてくれるの?別に嫌ってわけじゃないし、むしろ嬉しいけど……でも、理由は聞きたい」
んー、と僕は考えるフリをしてみる。右手の人差し指で頬を掻き、青い空を見上げて考える。20歩くらい歩いただろうというところで、適当な言葉を閃いた。嘘だけど。実は最初から言葉はあった。
「舞魅が大事だからだよ」嘘じゃない。本当に大事だ。
「…………………」と、舞魅は俯いてしまった。紅色に変わる頬を、髪の毛の間からちらつかせながら。ああ、こういう事言うと照れるんだと納得しつつ僕達は歩を進めた。
今日は舞魅の部活の日。文化部だって夏休みは練習あるんだと思いたくなる。まぁ、吹奏楽部とかは別として。そして僕は律儀に自分の決めたルールを守るため、舞魅の家に出向いたわけだ。太陽が僕達に嫌がらせで赤外線を大量に浴びせてくるのが気に食わなかった。
学校前で舞魅を見送り、自転車のサドルにまたがって駅を目指す。実は今日外に出てきたのは舞身を送るためだけじゃない。勿論のこと、それが一番だけど。駅前のショッピングセンター周辺をうろつこうという企みがある。こちらも優先される目的があって、第一が本屋での書籍購入だ。
太陽は南の空に昇り始め、益々僕らへの嫌がらせを強くする。自己主張の激しい奴め。少しは慎むと言う行為を覚えろ、と文句を言いたくなったが、6ヵ月後のことを考えて思い留めるに至った。
さて、自転車を停めてっと―――んん?
教室でよく見る顔を見かけた。相手はまだこちらに気付いてない。無視するか、声をかけるか、さあ選択肢だ。Aボタンを連打していたら、話しかけるになってしまった。多分嘘だ。
「ちわーっす」
「え?あ、あああ、えっと、こんにちは!」
「丁寧な挨拶をありがとう。久しぶり。終業式から会ってないな」
「そ、そうだね。えっと、実神くんはどこ行く途中?」
「ショッピングセンター周辺」心の中で呟いていた単語をそのまま会話に使った。案の定、夙川さんは頭の上にクエスチョンマークだった。
夙川さん。本名は夙川さくら。さくらは平仮名らしい。まあなんと女の子らしい可愛らしい名前でしょうと褒めたくなる素敵な名前だった。そしてその素敵な名前の女子と、何故か同行することになった僕。否、僕と同行することにした夙川さん。そこにメリットはあるのかとは聞かなかった。何でもかんでも見返りを求める僕と違って、夙川さんは心の美しい人なんだろう。僕は特に否定する理由が見つからないという失礼な理由で、同行を許した。決して夙川さんと一緒にララララララ以下略。
「じゃあ夙川さんは買い物に来たわけか」
「うん。ついでに冷房の効いた涼しいところでも巡ろうかな、なんて思っちゃったり……」
僕と同程度の思考をする人がクラスに居たなんて。
昼と夜の食事の材料を買いに来たそうだ。今日は平日。親は共働きだからという理由らしい。
「お父さんもお母さんも、好きで仕事をやってるから。だから、寂しいって思うこともあるけど、二人を恨めしく思ったりはしないんだ」言いながらも若干表情に影を見せている。いや、僕の気のせいかもしれないが。
「実神くんは?何か用事でもあるの?」
「僕は本屋に用事が。あと、涼しいところ巡りと、昼食の材料探し。姉からのお使いなどなど」
「ふふ、何かあたしと似てるねっ」目的が似ていることを喜ぶ夙川さん。僕も笑顔を返す。
「実神くんは、お昼は何食べようと思ってるの?」
「いや、まだ決めてない。恐らく手軽に作れるものになると思うけど」というか、素麺で確定だ。つゆと生姜を買いに来た。
「そっか。あたしも多分お手軽なもの――素麺とかになると思うな。だから、今日は麺を買おう」
何ですかこの奇跡体験は。あれ、夙川さんってもしかして僕の心を読んでるの?
「夙川さんって、能力者?」「ううん。違うよ」「……そっか。僕もだよ」
今気付いたが、僕の人脈は能力者で溢れている―――否、全員能力者だ。同窓会を開いたら、僕だけ無能力ということに成りかねない。だが、ここに来てようやく仲間ができた。
「能力者って何か羨ましいよね……。自由に能力が使えて、あたし達にできないことをして」
たまに、恨めしくなる……。と、小さい声で付け足す夙川さん。
「そうかな?僕はそうでもないと思うよ。あいつらはあいつらで、大変だと思う。年に3,4回検診受けなきゃいけないし、社会貢献する義務が課せられるし。それに、能力者ってだけで除け者にされる人だって居るはず。能力を使った犯罪は重いしね」
僕の意見を淡々と聞く夙川さん。それから、「そうなんだ……あたし、そんなこと知らなかった」と顔を伏せた。そのままで、「実神くんは色んなこと知ってるんだね」と続けた。
「……あたし、何も知らないのに自分が不幸みたいに思ってた。何か元気出たよ。えへ、ありがとう実神くん」
「そりゃどうも」
皆色んなこと考えてるんだな。改めてそう思わせてくれた夙川さんに感謝感謝。
その後は他愛も無い世間話や、学校、宿題、部活などに話題を転換し、その間に目的の書籍を本屋で購入したり、途中でかき氷を食べて頭が痛くなったりした。はっきり言うが、二人別々の味を頼んで、別々のかき氷を食べた。
スーパーで僕がつゆと生姜を買い、夙川さんが素麺を買うといったシーンで、何とも言えない空気が流れた。その空気を打破しようと思ったのか、夙川さんが一つの提案をしてきた。
「あのさ、どうせならあたしんちで一緒に素麺食べない?」太陽の熱線で両頬を薄い紅色に染めて。
困った。ものすごく困った。行っていいものかと、返事に困った。もう3階も困った。あ、4回目だ。――困った。やはり恋人のいる身で他の女性の家に上がるというのはまずいのだろうか。例えそれが、暑い日に素麺を一緒に食べるというただそれだけのためであっても。「というか、僕なんか家に入れてもいいのか?ただのクラスメイトなのに。しかも男なのに」
ジャブとして質問した。そこで迷ってくれると思っていたのだが。「うんっ、実神くんならいいよ」と元気な返事をもらった。ああ、そういえば。
ある日の井坂さんが言っていた。僕はマニアにモテる人間だと。そしてその候補の中に、夙川さんの名前が挙がっていた。好意をもたれてる、と。ならばこれは夙川さんなりの誘いになるんじゃないか?そう考えれば、今まで僕について来ている理由も何となく想像が付く。
やはり、行くべきでは無いんだろう。
「ごめん。今日は止めとく」
自分なりにきっぱり断ったつもりだったが、一つ言葉を間違えた。訂正しようとする頃にはもう手遅れだった。
「そっか。じゃあ、また今度でもっ。あ、あとさ………」もじもじもじもじ、あっちを見たりこっちを見たり挙動不審な夙川さんは。「あの、携帯のアドレス教えてくれないかな?」
「いいけど、無闇に人に教えないでくれるんなら」
「大丈夫!そんなことしない!」まぁこの人はしないだろうなぁ。
アドレスを教えた後、少しだけ一緒に帰路を歩き、途中で別れた。
別れて数分でメールが届いた。『ちゃんと送れたかな?夙川です』
律儀な奴だなぁ。
僕を好いてくれる人なんて珍しいから、大抵はそうなるんだろうけど。
人に好かれて嬉しくない人なんて居ない。
そりゃあそうなんだろう。もしそう思わない奴は、或いは人じゃない。人は人に好かれることで人となり、人を好きになることで人になる。そういう動物だ。
だから少なくとも、僕は立派な人間だ。そう信じたい。そして、舞魅も。
僕らは人間だと。そう思ってた。