#実神鷹 ―くのいち― 7
「薙刀があんなに強い武器だとはなぁ」
さすが、昔の人が作った武器だ。拳銃だって昔の人が作ったものだし。やはり古人の知恵は尊重しないとな、と考えを改めた。僕は今、階段を使って上下運動の上方向の動作をしている。
時計塔には勿論エレベーターもあったが、途中で止められた時のリスクと、健康面から階段を使うことにした。
「それ、影分身とかいう忍術ですか?」
「……………………」
何も言わずに、5人の女が同時に襲ってきた。そういう風に見えた。が、僕には本物がどれか見えている。半分懸けになってしまうのは覚悟の上で、本物と思った女に向かって突っ込む。ブンッと薙刀が空気を裂く。ちゃんと避けれたことを確認する暇もなく、女にナイフを突き出す。やった―――と言うのは僕の勘違いだったらしく、こちらの刃物も空を切ったのだった。
少し、間を取る。5歩分ほど。
僕はおもむろに、上着の内ポケットから手鏡を取り出した。女は僕の行為が理解できないという表情だった。あくまで僕の推測だけど。
まさか殺し合いで相手が鏡を取り出し、それを使って日光を反射させ自分の目を眩ませようとするなんて、絶対に思いつかないだろう。そう予測していた。そしてその予測は見事的中してしまったのだ。
女は怯み、その隙に催涙スプレーを浴びせた後に、スタンガンで止めを刺した。薙刀の射程距離内に入ってしまったせいで、刃物部分より内側、柄の部分で殴られた。刃物よりはマシだろう。
とまぁ軽くこんなところであり、二人目の忍者を倒した僕であった。以上、回想終わり。
50メートル級の建物を階段だけで上るのと、厚着も手伝って僕は非常に汗をかいていた。しかしこの厚着は武装も兼ねているので、解くことは不可能と言っていい。
「今どの辺だ?」
小窓から外を眺めると、はるか下に校舎の屋上が見えた。さすがに高いもんだな、と感心する。
いつの間にか上に続く階段は無くなっていた。これはつまり、一番上まで来たということだろう。
「やぁ、久しぶり。実神くん。もうこんなとこまで来たんだね。さっすが、君は神に選ばれし存在なんじゃないかな」
エレベーター前で一野谷が立っていた。いつも見る制服姿はなく、見てきた二人と同様に忍者らしい格好をしていた。
「僕とお前は戦わないといけないのか?」
「んー。場合によっては。いや、もうめんどくさい。戦おう」
「お前に勝てば舞魅に会えるのか?」
「いいや、ボスに会える。あとはボスと実神くん次第」駅前広場で見た最後の笑顔は今やどこにも感じられない。作り笑顔だったのか……。
「実神くん、ちょっと話そうか。どうせ近づきたくないだろうから、この距離で」自分と僕を交互に指さして言う。「あたしは飛び道具持ってないから。というか、今は攻撃しない、約束する」
「……………………」
「その沈黙は肯定として受け取るよ。実神くん、とりあえず、忍者について話そうか」
「お前は敵だろ。そんなこと話して何になる?」
「まぁ落ち着いてよ。別にバトル漫画じゃないんだから、無理にバトルしなくてもいいでしょ。むしろバトルばかりだと飽きるでしょっていうのがあたしの感想。それはさて置き」そこで一旦口を停止させ、再び作動させる。
「忍者っていうのは、日本古来に伝わるものだね。主に隠密活動――暗殺なんかがその代表だね。ただ、殺すだけが仕事じゃない。幕府の機密を盗み聞きしたりとか、大方忍者のイメージとしてはこれで間違いではない。あ、一つだけ。手裏剣だけは違うんだよね」
「その話は聞いた。校舎前に立ってた男が勝手にべらべら喋ってたさ。その後勝手に石につまずいたから、僕が気絶させた」
「………へぇ。じゃあ手裏剣見たんだ」右手を衣服の中に入れる一野谷。ごそごそと二回ほど擬音語を出した後、あの男が持っていたモノと同様の、細長い金属を取り出した。「これが手裏剣。名前に剣が入ってるだけあってか、結構細長い形なんだよね」
「そうだね……」内ポケットに入れておいた手裏剣を、服の上から指でなぞる。結構でかい。
「それから、もう一つ、忍者にまつわるお話。忍者が使うのは忍術。っていうのは、合ってるっちゃ合ってるんだけど、実は少しだけ、脚色が加えられている」
相変わらず続ける一野谷。何がしたいのか全く読めないのが不気味だ。何がしたいのか。本当に何かしたいことでもあるのか?
「忍術っていうのは、魔術とか錬金術とかの術じゃない」
「……術じゃない?」
「要するに、魔法とかみたいに不思議なモノなんかじゃないんだよ」
「どういう意味だ?」
「根本的に違う。魔女は魔女の血で魔法を使う。魔術は術式の暗記。超能力はポテンシャルの利用。存在自体は科学で証明されていても、そのエネルギー源は非科学的で不明瞭なモノばっかりだ。けど、忍術は違う」またも間を置き、時間を計るような態度をとる。「忍術の術は、技術の術。忍術は技術なんだよ」
言った途端、一野谷の姿が7つに増えた。「これも、技術のうち。訓練すれば誰でもできるのが忍術だ。けど、これは忍者界では他言してはいけないことになっている」ゆっくりと、一野谷の体が一つに戻っていく。少なくとも僕にはそう見える。
「なんで僕にそんなことを教えるんだ?お前は忍者界に入ってないのか?」
「いや、あたしは今日で忍者を辞める」いきなり重要そうな発表をされた。
「何で?」
「実神、くん付けはもう飽きた。とにかく、あなたと戦いたくない。あたしは。だから、ここでボスを裏切って、忍者辞めて、隠居することにした」
「だから何で?」さっぱり意味が分からない。違う言語を用いているかのようだ。
「忍者は任務に失敗したら殺されるの。だから、今のうちに逃げる。忍者の裏切りがなくならないのは、そういうとこに理由がある。あたしは、あなたに負けそうな気がする。あなたには、運命を、常識を覆す力がある。それが何故かは分からない。意味があるのか無いのか、それすらも分からない。けど、あたしはあなたに負ける。それだけは分かる。だから……」
少しだけ哀しげな表情を見せた一野谷。それは年相応の、女子高生の悩ましげな表情にも見えた。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。僕はスタンガンと催涙スプレーを構える。だが相手は武装している様子も無い。「ここ通してあげる代わりに、ボスには黙っててね」最後はウインクをして、エレベーターで下へと降りていった。
僕はその場で15秒ほど立ち尽くし。
エレベーターを一瞥して先に進むことにした。
『生徒会室』と書かれたプレートが扉の上部分に見受けられる。こんなところでか、と不思議に思ったが、某宗教では普通なんだろうと一人合点し、気にせずその扉を横に引いた。
あまり広くない室内に、二人の女性が居た。
「舞魅!」
「鷹くんっ!!」
ソファに座っていた舞魅がこちらに走ってきて、僕に抱きついた。
ああ、暖かい。何日ぶりだろう。しばらく会ってなくて頭がおかしくなるかと思ってたよ。私も、ずっと会いたかったよ。舞魅は元気だった?怪我してない?うん、してないよ。
一通りの会話を終了させた後、もう一人の女性に注目した。とても若くて綺麗な女性が、ニコニコと笑顔を振りまきながらこちらを窺っている。が、正直どうでもよかった。
「久しぶりの邂逅を果たした男女かぁ……」多分独り言なんだろう、ぼそりと言った。
「ま、二人ともそこに座ってくれる?」
ソファを指さす彼女。何をたくらんでいるんだろう。
僕と舞魅が座るやいなや、すぐに口を開いた彼女。
「私の名前は愛。愛と読んでください」
この人がボスなのか?疑わしすぎるんだけど……。
「あなたはここに来るまでに3人の忍者を倒してきたんですね?」
「はい」不本意ながら。
「やはり………」
「あの、愛さんは3人からボスだと聞いてるんですが」
「ああ、そうでしたね。はい、あの3人を雇ったのも、この子を誘拐させたのも、全て私の意思によるものです。誘拐と言う手段については、少し申し訳の無さを感じております」
そう言って軽く頭を下げる愛さん。しかし笑顔は全く崩れない。
「誘拐は、あなたをここへ誘い出すための行為です」
「僕を?何の為に?」
さっきから意味不明なことが頻発している。誰か僕に3行で状況を説明してくれ。
「当初の予定では、あなたをここで殺して、この子も殺すことになっていました」
舞魅が隣で袖を強く引っ張る。左手で、頭をなでて落ち着かせた。しかし、僕の方が落ち着けない。
「あくまでも当初の予定では、です」僕らの心情を見破ってか、そこを強調する愛さん。
「この子を殺すために、あなたを殺す必要がありました。しかし、今となってはそれすらも叶いません。私にはあなたを殺すことくらいはできます。けど、その損害は大きい。実行すべきではないと判断しました。よって計画は断念、中断です」
「言ってる意味が全く分かりません」隣で怯える舞魅を落ち着かせる。
「いずれ分かります。最後になりましたが、私はこの世界の全ての魔女を統括する、魔女の総代表です。いつかまた会いましょう。その時にはちゃんと名前を覚えておいてくださいね」
会話の終了と共に愛さんは目の前から消えた。残像を残すこともなく。
劇的過ぎて、思考が追いつかない。
左腕には舞魅の感触が伝わってくる。
そのまま10分ほど感じていた。




