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#実神鷹 ―くのいち― 5


 「鷹、わがまま言うのもいい加減にしなさい」


 「わがまま?どこがわがままなんだよ。恋人を助けに行くだけだろ」


 「警察も勝手な行為はダメだって言ってたし、何より鷹の身に危険が生じるのを、あたしは見逃せない。鷹、あんた死ぬかもしれないんだよ。そのことちゃんと分かってるの?死ぬって事がどういうことか。誰にも迷惑かけないで死ぬなんてことできないのよ」


 「分かってるよ!」


 「分かってないよ!」


 姉は譲らない。だが、僕も譲るつもりは無い。


 「分かってないわよ………。ねぇ、約束したでしょ?あの時―――お父さんとお母さんがいなくなった時に、約束したじゃない。鷹はそれを破るの?」


 「…………………………」


 一人じゃ寂しいけど。二人でいれば、寂しくない。だから、ずっと二人で居よう。


 12歳と、6歳の約束。


 あれから9年が経った。


 「ねぇ…………もうどこにも行かないで。もう、誰かが居なくなるのは嫌。鷹………」


 いつの間にか姉ちゃんは涙を流していた。その涙で濡れた手で、僕を抱きしめる。いつ以来だろうか、姉ちゃんの肌の温度を感じたのは。僕のシャツが、姉ちゃんの涙で濡れていく。僕は涙を堪えて、姉ちゃんの頭に手をポンと置いた。そして、撫でる。


 舞魅より長い髪の毛に触れる。サラサラと、砂のように指から抜けていく感触。


 「思えば、鷹はいっつもわがままだった。小学生の時は、私に授業参観に来てって頼んできたり、誕生日プレゼントが欲しいって言ってきたり。夏休みに遊びに行きたいって言い出したり………。でも、それでも可愛かった。歳が離れた弟っていうのが、あたしの中でちょっとだけ自慢だった。弟の世話をするのが楽しかった。けど、だんだん鷹はあたしから離れていって、親離れみたいなものかなって、考えたこともあった」


 両親が居なくなってから、僕が聞いた姉ちゃんの初めての愚痴がそれだった。今まで、ずっと我慢してたんだろうと思った途端、僕は姉ちゃんを強く抱きしめた。姉ちゃんは泣き止んだが、僕を離さないまま続けて言う。


 「あたしの家族は鷹だけなの」「………………………」「鷹の家族も、あたしだけ」「……………」「行かないで」


 それが本音だったんだろう。行かないで、か。


 「僕は親不孝だよ。いや、姉不孝か。姉ちゃんに迷惑ばっかりかけて生きてきた。だから、大人になったらちゃんと親孝行―――姉孝行するから」


 僕は姉ちゃんを抱いていた腕を離し、ゆっくりと立ち上がる。一つ、大きな決心をしてから。


 「行くの?」下から見上げてくる姉ちゃん。泣いた後なのにすごく綺麗な顔をしている。一瞬だけど、見蕩れてしまった。


 「彼女がそんなに大事?」姉ちゃんの口から出たとは思えない辛辣な言葉だった。


 「姉ちゃんが僕のこと想うくらい大事だよ」


 彼女への想いは。


 家族に対する想いに値する。


 「あたしには分からない。何でそこまでするのか。何で血の繋がってない人の事を、家族と同じくらいに考えられるのか」


 「血なんて、水より濃いって意味しかないよ」


 実際に血の繋がった家族が僕らを捨て、目の前から消えたように。


 所詮血の繋がりは形式に過ぎない。と、そこまでは言えなかったが、大方を察したのか、姉ちゃんは俯いて黙り込む。反論したくても、それができない表情だった。


 「今日が最初で最後。約束するなら行っていい」


 「約束する」


 「じゃあ………」


 すっくと立ち上がる姉ちゃん。僕の方が微妙に目線が上だ。


 「約束のキス………」言ってすぐに姉ちゃんは目を瞑った。


 チュッ―――。


 唇に軽く口付けした。「へぇっ!?」間抜けな声が耳に入る。


 「な、何だよ」


 「何で、唇にしたの。いつもはほっぺなのに」


 「いや、キスっていったら唇かなぁと思って」


 「………彼女とはもうした?」


 「キスは何度も………」


 かあああああっと、顔が赤くなり、見事に熟した林檎のようだった。鏡がないので分からないが、言った僕でさえ赤くなったかもしれない。正直、恥ずかしい発言をしてしまったと反省している。


 「行ってらっしゃい――」


 「行ってきます―――」


 




 これが3時間ほど前の話。


 僕は今、既に目的を維持してない教育機関、即ち廃校になった学校の前までやってきた。家から、およそ3,40kmほど離れた場所。周りは田舎のせいか、人の気配がなく、田んぼや畑が見える。しかし、道を通る車の量が決定的に少ないわけではなかったので、何とかドの付かない田舎を保っている。


 校門であったのであろうその前から、携帯の電波を発信する。一野谷へだ。


 一野谷はすぐに電話に出た。


 「1日ぶりだね、実神くん。どうしたんだい?」


 「お前らのアジトの前まで来た」


 「……ホントに来るとは思ってなかったよ。いやぁ素晴らしいな。それだけあの子が好きなんだね」


 「戯言はいい。入っていいのか。この朽ち果てた学校に」

 

 ふん、と鼻を鳴らす一野谷。どこかから僕のことを見ているのだろうか。


 「入っていいよ。但し命の補償はしない。ボスは気まぐれだから。いつの間にか死んでるかもね」


 そう言うと、向こうから電話を切ってきた。無機質な電子音は聞かずに、すぐに通話を終了させた。


 校門をくぐると、先に校舎と大きな時計台が見える。


 時計台か………。


 あそこに舞魅が居ると見た。しかし学校に時計台なんて、もしかして私立の学校だったのだろうか。


 僕に電話が掛かってきたのは、昨日の夜、10時頃。一野谷が舞魅から聞き出したのであろう僕の番号に発信したのだ。そして身代金8000万円が要求された。但し、僕が一人でアジトまで行けば、それを免除するとの事。警察に知らせれば舞魅を刺殺すると言われた。


 僕は迷わず後者を選び、そして日の出と共に家を出たのだった。今頃家で姉が一人で居る――否、仕事に行ってるかもしれない。もしかしたら、警察に報告してるかもしれない。


 昨日は眠れる気がしなかったが、今日に備えて少しでも睡眠をとろうと、風邪薬を飲んでうとうとし、3時間眠ることができた。これだけでも十分貴重な睡眠時間だ。


 ここまで来れば、眠気なんて吹き飛ぶ。


 何故あいつらが舞魅を誘拐したのか、問いただす絶好のチャンスだ。いい加減けじめをつけないといけない。何故舞魅が狙われるのか、危害を加えられるのか、その真相を、僕は知らないといけない。


 舞魅は知らなくていい。けど、僕は知っておかないといけない。


 もう随分高く昇った太陽が、僕と校舎を照らしている。


 深呼吸をして一歩、足を踏み出した。


 さあ、始めよう――。


 

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