#岡後舞魅 ―くのいち― 4
はぁ。今日もよく寝たのかなー?うう、何か体が痛い。えっと、あれ?何でこんなに暗いんだろ。カーテンカーテン……んん?無い。あれれ?無いよ。
ここ、私の部屋だよね。寝たときに頭になる方に窓があったはず。うーん。おかしいな。困ったな。
ここ、どこ?
寝ぼけていた脳がやっと活発になってきた。私の視界には、いつも目覚めた時にある風景が無い。自分の机や、鞄、制服、携帯、クローゼット。どこを探しても見当たらない。いや、そんなものを探さなくても、ここは私の部屋じゃないと言える。
薄暗い場所。学校の部室にこんなのがあったなぁ。何だっけ。ロッカールーム?
ってことは、ここは学校?いやいや、何で私が学校に居るの?おかしいじゃん。
自分の服装を見てみると、いつも学校に来て行く制服を着ていた。着替えた覚えが無いのに。
「でも制服ってことは、学校だよね?」
誰も居ないとわかってながら、けど誰か近くに居るのかもという期待を込めて、声に出してみた。ほら、鷹くんとか、近くに居そうだし。
期待は虚しく壊された。誰の返事も聞こえない。
部屋の隅にある扉に向かった。足下はコンクリートで、今は夏だから冷たさは感じなかった。むしろ少し涼しいくらいだ。壁は石かな、コンクリートかな。違いがよく分かんない。
ドアノブを右や左に回してみたけど、押しても引いても扉は開かなかった。外側から鍵が掛かってる?やっぱり倉庫の中とかかな。
次に、自分の持ち物を確認してみた。あ、ポケットに携帯があった。日付を確認してみると、7月20日。終業式の日だ。時間は、12時50分。12時50分……………。
「ちょっ!遅刻する!」
急いでドアを開けようとするが、勿論開くはずも無い。ロックされている。
「んん?でもでも、よく考えたら、終業式なんてもう終わってるんじゃないかなっ?」
「うん。そうだ。もう終わってるよ。始業式と大して変わらないはずだし。うん」
自分で問い、自分で答えた。それはいいとして、だよ。
さっきの作業の続き―――あ、ペンケースだ。携帯と、ペンケース?やっぱりここは学校?制服ロッカールームとペンケースがあれば、そこはもう学校しかないんだじゃないかなかな?
語尾を可愛くして余裕を見せた瞬間、カチ、と言う音と共に一人の女の子がロッカールームに入ってきた。って、え?マフラー?
「目覚ましたね。岡後さん。初めまして、私は一野谷渚。今を生きる忍者――じゃなくて、女の子だからくのいち」
「………………忍者って何?くのいちって何?」
聞いたこと無い単語だった。そんな哀れむような目で見られても。こっちだって記憶喪失なんだよ。
「知らないならいいよ。とりあえず、私は岡後さんを誘拐しました。ここに監禁――軟禁かな、軟禁してます。とりあえず、そういう現状だから、理解してね。一応言っておくけど……」
それまで優しかった目つきを一瞬で変えて。
「大人しくしとかないと殺すから」と、低い声で言った。
『殺す』と言う単語に、私は恐怖を覚えた。何だか怖い。嫌だ、殺されたくない。
「分かったら大人しくその辺に座ってて」
「そ、その辺って?」
私が瞬きを終える頃には、一野谷さんは私の目の前まで移動してきた。
その手に、ナイフを持って。
「キャッ!」
「ナイフが怖い?」ナイフを顔の前をちらつかせて、弄ぶ一野谷さん。
怖い。怖い。すごく怖い。とても怖い。そんなので、刺さないでください………。
「ううう、ひうう」私は恐怖でその場に崩れ落ちてしまった。一野谷さんは、私の頭を髪の毛を持って引っ張り上げ、喉元にナイフを突き立てた。
「や、やめて、ください……」上手く喋れない。舌が、回らない。
ナイフは、喉の皮膚に触れたところで停止した。
「大人しくしてればいいのよ」
触れていたナイフは私から遠ざかっていった。一野谷さんはドアの向こうに去っていく。私は泣き崩れたまま、しばらく動けなかった。
「鷹、くん……」
助けて。お願い。助けて。怖いよ。怖いよ。ああ。うう。
ペンケースに貼ってある、鷹くんと撮ったプリクラを見る。ちょっと素っ気無い表情の鷹くん。でもこれはこれで格好いい。
『大人しくしとかないと殺すから』一野谷さんの言葉が脳内を駆け回る。殺される。殺される、と。
携帯が震えた。
一瞬びっくりした。着信したことより、一野谷さんにバレるんじゃないかということに。必死に音を抑えながら、相手を確認する。鷹くん………鷹くん、鷹くん?
出ても、いいのかな……怖いよ。大人しくしてろって。言われた。私はナイフで刺されたくなんか無いよ。でも、切れたらどうしよう。
私は結局電話に出ることにした。もし切れたら、鷹くんとの繋がりが消えるような気がしたから。
「…………………………」
「…………………………た、鷹、くん?」
「………………………………………」
「た、鷹くん!!鷹くんでしょ!」
大声で、彼の名前を呼んだ。大好きな鷹くんの名前。なのに、鷹くんは返事してくれない。私は焦った。長い時間電話していると、一野谷さんに見つかってしまうと思った。
「舞魅………?」
「そうだよ……舞魅だよ。鷹くん、泣いてるの?」彼の声のほかに、鼻をすする音が聞こえてきた。
「泣いてない。目に汗が入った。それより舞魅、大丈夫なのか?拘束されてないのか?」
「拘束って?」
「体をロープで縛られてたり……」
「大丈夫だよ。そんなことされてない」
鷹くんの声を聞いて、恐怖はどこかに飛んでいってしまった。今ある感情は安心だけ。心が安らいでいくのが自分で分かった。
「一野谷って人に、誘拐されたみたい、私。今ロッカールームみたいなとこに閉じ込められてる」
それから私は一野谷さんについて、今の状況について細かく鷹くんに伝えた。細かく伝えるだけの時間が合ったのは少し不思議だった。途中、清水川さんに代わってもらったりしたのに。
「鷹くん、やっぱり泣いてない?」
「泣いてない。目に涙が入った。それより、そこがどこか、分かる?」
「えっとね」
私は携帯の機能を色々使ってみる。けど、自分の場所が分かる機能は無かった。
「ごめん、分かんない」
「そっか。分かった。3日以内に助けに行くよ」
「そ、そんなことできるの?あっ」
足音が聞こえてくる。一野谷さんだ!
私は何も告げることなく、電話を切ってしまった。




