#実神鷹 ―知り合い― 2
「記憶喪失……」
あることをきっかけに、その前後の記憶、もしくはそれまでの記憶が無くなること。科学的には、どうだろう、解明されてるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。僕は知らない。多分、彼女も知らないだろう。
「うん。私、記憶喪失起こしちゃったらしくてさ―――原因は知らないんだけどね」
「原因不明?何かあったんじゃないの?日常の中で、記憶だけどこかに行ったわけじゃないだろ」
「うーん…そうなのかな?よく分かんないんだ。私、春休み―――3月29日より前のことは何にも覚えてないんだ」
「何にも?」
「うん、何にも」
僕は記憶喪失になったことが無いから、それがどういうものなのかよく分からない。どこまでの記憶が消えるのか、全く予想がつかないのだ。
「4月になるまで、高校生っていう言葉も知らなかったよ」
は?今何て言った?高校生が知らない?――じゃないや、高校生を知らない?え、ええ?えええええええ?記憶、喪失だから?
「えっと、岡後さん………」
「はい」
「大学生って知ってる?」
高校生に対して、とんでもない質問をぶつけてしまった。もし岡後さんが怒ったら、人格を疑われかねない質問だ。
「き、聞いたことは、あるよ……」
―――聞いたことしかないらしい。
「じゃあ、ゴールデンウィークは?」
「ゴールデン…豪華な、1週間?」
正直言うと、さすがに頭が痛くなった。ついでに、絶句もした。どう考えても日常生活において、『ついで』として行われるはずのない行為なのに。ついでに言うと、記憶喪失が恐ろしいものであると認識したのは、15年生きてきて今日が初めてだった。僕は絶対になりたくない。
「岡後さん、ゴールデンウィークっていうのはね、5月にある大型連休のことだよ。一般的に、4月29日前後から、5月5日前後までの期間のこと。この間に祝日が4日あるから、それと絡めて休みを取ることで連休ができるんだよ。分かった?」
「わ、分かった………」
やっぱり本気で知らないのだ。僕も知ってることはつい教えたくなる性格だから、上から目線で語っちゃったけど、岡後さんが素直に聞いてくれてホッとした。
「もしかして、いじめの原因がそれ?」
「う、うん……多分、そうだと思う……」
「酷いな、記憶喪失だってのに馬鹿にするなんて。誰?その罰ゲームの発案者」
「あ、いや、記憶喪失のことは、まだ、誰にも言ってない、から……」
「え?じゃ、僕が初めて?」
「そう」
「何で、僕には言ってくれたの?」
どう考えても不自然だ。誰にも言ってないようなことを、何で僕なんかに、そんな簡単に言ってしまうんだ。
「な、何で、だろうね?」
岡後さんも、よく分からないと言った様子だった。
キーンコーンカーンコーン――
僕が口を開こうとしたのを邪魔して、下校時刻のチャイムが鳴る。
「――とりあえず、今日はもう帰ろう」
「うん、また明日、話せるしね」
「ああ」
何だかんだ言って、僕の席は岡後さんの前なのだ。
「校門まで、一緒に行く?」
「うん」
誰もいなくなった廊下を、二人で歩いた。
校門で別れるとき、岡後さんの表情がやけに寂しそうだったのが妙に気になった。