#実神鷹 ―くのいち― 1
舞魅の傷が治り、僕の傷の完治まで残り1週間といった頃。
僕の傷は意外と深かったらしい、ということが治療を受けた病院にて判明した。
だから、完治までの期間が延びて、冒頭部のような状態。全く医者に文句言ってやりたいくらいだが、舞魅の傷が綺麗に治ったということで、今回は見逃してやろう。
僕が相変わらず右足に体重をかけながら、のろのろと駅前を歩いていた時のこと。
目の前に、マフラーと耳あてをつけた女子高生が現れた。
さて、僕はどうする。
コマンドには話しかける、と、逃げる、があるが、逃げるを選んでも一向に物語が進む気配が無かったので、仕方なく話しかけるを選択。これは、僕の意思では無い。多分……。
「一野谷さん」
「待ってましたぁ~」公衆の面前で、いきなり僕に抱きついてくる。「もうさ、だーれも突っ込んでくれないんだよっ?ね、世の中はおかしいよ!7月にマフラーと耳あてしてる可愛らしい少女が街をうろついているのに、だーれも声掛けてくれないんだよ!ね。おかしいよ。どう見ても突っ込み待ちなのに、皆ノリ悪いんだよっ!ということで実神くんっ!私と付き合ってください!」
「……………………」
「あれ?もしかしてびっくりしてる?実神くんてそういう人?あ、もしかして私が可愛すぎて見蕩れちゃってる?わぁ、可愛い!って?それともあれかな?マフラーフェチだったりするのかな?とりあえず、沈黙は肯定と受け取っていいんだよね?」
「いや、それはよくない。僕には彼女がいる」
やっとの思いで声を出すことができた僕は、同時に一野谷さんの体を引き剥がす。全く、道行く人達がこちらを見ているじゃないか。これはいじめの一種だろ。
「え!?彼女居るの!?嘘!ホントに!?マジですか!?もしかして、あの岡後さゲフッ」
僕は一野谷さんの口を右手で押さえて、無理やり黙らせる。「とりあえず、人の少ないところに行こうか。広場にでも。そこでゆっくり話をする必要がある。それから、一野谷さん、感嘆符と疑問符の大量消費はよくない。エコ精神ってやつがないと。」
引き剥がした体を今度は引きずっていく。勿論、口元は押さえたまま。「ふぎー。息!苦しい!ひょっとひほはひふん!くるひいへは!」と言葉にならない言葉を発しているが、基本的にスルーだ。そうしていると一野谷さんは、僕の左手を舌でを舐めてきた。正直良い気分ではなかったが、これ以上目立つと僕は学校でも噂される変態男子高校生になってしまうので、何とか耐えた。
決して、舐められて気持ちいいとか、興奮するとか、そういうんじゃない。
駅前にある、何故こんなに広いのと疑問が募る広場(石段)に一野谷さんを座らせ、周りに誰も居ないことを確認してから左手を舌の攻撃から離脱させる。僕の左手の平には、一野谷さんの唾液が付着していた。自前のハンカチでふき取ったはいいが、そのハンカチをポケットに戻すことが躊躇われたため、迷った挙句、腰を下ろした右手側に置いておいた。帰る頃には忘れてるといいな。
「とりあえず、一野谷さん」
「なんだい実神くん」
「そのはっちゃけたテンションを何とかしてくれないかな。話が進まない」
「ああ、うん。分かった。さっきはちょっとテンション上がってたんだ。話しかけてくれたし。皆は私のこと避けるんだけど」
そりゃあ7月にそんな格好していれば、ナンパもされないだろうし、援交目的のおっさんも近寄らないだろう。というかぶっちゃけ、関わりたくない。あのテンションを、『ちょっとテンション上がってた』という表現で済ましてしまうところが恐ろしくて仕方が無い。
初対面の時はこんな印象じゃなかったのに……。第一印象で人の価値が決まることはいけないことだと、改めて学習した。
「もう一回言っておくけど、僕には彼女が居るから、付き合えないから」
「岡後さん?」
「何で知ってるの?」
「一緒に居る姿をよく見るから」
あう。
不可抗力なんだけどな。ん、いや違うけど。舞魅を護るためなんだけどな。
怪我が完治していない左足をぶらぶらさせる。右足に体重かけているから、右足をぶらぶらさせないと意味が無いということに、後になって気付いた。そもそもこんな行為に意味を求めてはいないんだが。
「一野谷さん」もう一度名前を呼ぶ。「何でマフラーとか耳あてとかしてるの?一応自覚してるんでしょ?その、周りの目とか」
「だって可愛いじゃん。マフラーも耳あても」
「………否定はしないよ。うん。いや、可愛いよ」至極真っ直ぐな意見だった。可愛いから。って、確かに可愛いよ。けど僕はそんなことを聞いてるわけじゃない。「何で1年中つけてるのか聞きたいんだけど」
「んーなんていうか、癖みたいな。これが自然体なんだよぉ。要するに、眼鏡みたいなものなのかな?中学2年の冬からやり始めて、いつの間にか外に出るときはマフラーと耳あてが必須アイテムになってたんだよ。それにほら」
おもむろに、耳あてを取る一野谷さん。こちらから見えるその左耳には、イヤホンが差し込まれている。「こうすればヘッドホンっぽいでしょ?」と、笑顔を見せる一野谷さん。
「ああ、昔、中学の頃の友達がやってたよ」
「ええ!?ほんとに!?絶対私だけだと思ってたのに!?」
「えらく思い込みの激しい人間だね。ところで一野谷さん、下の名前はなんていうの?」
「うう、え?私の?渚だよ。私の名前は一野谷渚。マイネーム、イズ、NAGISA」
「ああ、もう分かったからいいよ」
「冷たい………寒い。酷い。うう」
「感情の起伏が激しい人間だなぁ」
思い込みも激しいのに。色んなものが激しい人間――激人、なんちゃって。笑えない。
「文化祭のマジックさ、あれって種があるの?」
「ん?文化祭……?えっと……」記憶を探っているようだ。両手を頭の上に乗せて記憶を呼び起こそうとしている。手にどのような効果があるかは僕には分からない。多分、一野谷さんも分からない。
「ああ、あれか~」と思い出したようだ。何故唐突にそんな質問をしてくるのかということは疑問にならなかったらしい。
「誰にも言わないなら教えてあげるよー?」
「言わない。約束する」僕は口が堅いので有名だ。嘘だ。何故なら僕は有名じゃないからだ。中学の頃の異名が『口がダイヤモンドでできた男』と言うのは本当。
「あれはね、実神くんが箒だっけ、取りに行ってる間に、後ろから出て、カーテンの裏通って舞台裏まで行ったんだよ。マイクは持ったままだから、普通に喋ってね。すると、観客は皆ステージに注目しているから、私はこっそりと二階への階段を上り、ばれないように友達についてもらって、コソコソ移動したんだ」
「へぇ~そのためにマイク持って中にねぇ」
マイクを通した声は、どこに居ようと定位置のスピーカーからしか聞こえない。マイクを持ってどこに移動しようと観客は気付かないってわけか。
「っていうのが一説なんだけどね」鼻の頭を人差し指で掻く。
「?どういう意味?」
「あるいは私が能力者だったりして~」間延びさせた声で言う一野谷さん。
何かつかみ所の無い人だなぁ。
僕は空を見上げた。毎度同じだが、これは僕の癖だ。と、誰かに説明してみる。
「それで、正解はどっ」ちなの?と聞こうと一野谷さんのほうを向いたはずだったのだが。
そこに一野谷さんの姿はなく、ましてや、広場には誰も居なかった。
「………やっぱ能力者か」