#実神鷹 ―クラスメイト― 1
1月24日に、第31部の委員長の名前を誤植として修正しました。
学校の前を通らず、舞魅の家に向かう。
それが僕の、毎朝の日課だ。学校を避けるのは、単に不自然さを他の生徒達に植え付けないため。
そして今日はたまたま、早く家を出てしまい、時間を潰すことなく舞魅の家に行ってみたら、舞魅も早く家を出れるとかで、朝から偶然との遭遇を果たした後、教室の前で僕はクラスの委員長、井坂さんに出会った。
「井坂さん、早いね」
「朝会ったらおはようございます、って親に教えられなかった?」呆れた声で言われた。が、すぐにはっとなって、言葉を訂正する。「ごめん。おはようございます、ってお姉さんに教えられなかった?」
変わってねーよ。フォローする気すら感じられない。
僕は席につきながら返答する。ちなみに僕の斜め前が井坂さんの席。
「何で僕の家族関係を知ってるのかな。何、調べたの?それとも噂、あるいはスト……」舌を停止させる。ストーカーは失礼だ。
「誰かが私に教えてくれた。私はそれを記憶していた。それだけのこと。私は他人が教えてくれることは聞き逃さないし、忘れない」
「すごく立派な長所だ。ところで井坂さん、いつもはもっとはきはきしてるイメージだったんだけど、体調悪いの?それとも僕と話すのが嫌?」
「後者と言ったら?」挑戦的な目でこちらを見据える委員長。
「舞魅と話します」
「ちょっ、人前で呼び捨てにしないでよぉ」
おっと、これはイージーミス。反省反省。校内でバカップルなんてやってたら皆から疎外される。
「残念。どっちでもないわ。私は素でこの喋り方。クラスメイトと喋る時は、そう、猫かぶってると言う感じ」
教室内は、まだ夏の日差しを受ける前の段階で、ひんやりしていて涼しい。人が少ないのも原因かもしれない。午前7時45分。まだ部活が無い人が学校に来る時間じゃない。
「そんなこと、僕に言っていいのか?僕がクラスメイトに話したら困るだろ。それとも」
「実神くんはそんなこと言わない人間でしょ」
「……………………」舞魅が、僕の後ろで制服をつかむ。まぁまぁ待って。この人とは話をする必要がありそうだから。そう背中で語ったけど、聞こえなかったらしく、さらに強く制服を引っ張る。
「実神くんは普通の人間とは違う、特別な人。それは能力の問題じゃなく、人格の問題。普通の人から見れば、異端か、変態か、変人か、電波的な人だと思われるけど、そうじゃない人にとって、実神くんは神様のような存在。サラブレッド。要するに、マニアにモテる人」
「褒め言葉として……は、受け取れないなぁ」
マニアにモテるって、舞魅はマニアなのか。まぁ特殊な人間ではあるか。
「隣にいる彼女さん以外なら、小金井さん、夙川さん、それから小野先生なんかから、好意をもたれてるらしい」
「一人、法的に問題のある人が居るけど」
小野先生と言えば、今年教師になったばかりの新任先生じゃないか。22歳。このクラス担任。魅惑の数学教師というのは裏の名前で、表では平成の小野小町と呼ばれている。上手いと言うより、そのまんまである。先生の名前は戸籍上、小野小町だし。あれ、でも年齢が姉とほとんど変わらないし、アリと言えばアリなのか?
いやいや、アリだろうがありんこだろうが、僕には舞魅が居る。浮気反対!不倫は文化なんかじゃない!人間は誠実であるべきだ!
「一応言っておくけど、さっきのことは内緒でお願い」
唇に右手の人差し指を当てて「内緒」のポーズを取る井坂さん。そのまま立ち去ってしまった。
僕と、舞魅だけが残される。
「鷹くん」
「何だ?」
「私はマニアってやつなの?」マニアをご存知ないようで。
「んーいや」こめかみを人差し指で掻きながら。「舞魅は舞魅だよ」
「えー今日は、転校生を紹介します」
小野先生のびっくり発言に、笑点で笑いを取ったときのような騒ぎが、クラス中に広がる。
転校生、か。ありがちだけど、実際にはあまり経験しないイベントだな。転校する方は尚更だ。
クラスの男子が、「女子ですかっ!」と元気よく質問している。健全な奴らだ。
「男子です」という先生の発言により、男子に替わって女子が騒ぎ出す。イケメンですか?それは見てのお楽しみ。身長どれくらい?とまぁ肉食系女子の多いこと。つーか外に居る男子に聞こえてたらどうすんだ。……まぁどうもしないか。
ガラッと扉を開けて入ってきたのは、見た目普通の高校生。身長が少し高めか。僕より高い。それに涼しい顔。女受けがよさそう………って、んん?
「乗越光多です。よろしくお願いします」
乗越光多、と黒板に書き、こちらを向いてそう言った。
ちょっと待て。
落ち着け。乗越光多だって?別によくある名前だし、同姓同名だって存在するさ。っていうか、元々世界の違う奴の話だ、居たかどうかも怪しい。しかしそれにしては、僕の知っているどこぞの陰陽師さんと雰囲気が似すぎなんだが。
「じゃあ、廊下側のあそこに座ってください」
「分かりました」
廊下側、一番後ろか。っていうか、舞魅の後ろ。
舞魅は乗越くんのことは知らないはず。向こうの舞魅とこっちの舞魅は別の人間だ。でもその理屈で行けば、この乗越くんと、向こうで会った乗越くんも別人の可能性がある。
ちょっと調べてみないと。こいつが悪玉菌――否、悪の回し者かもしれない。敢えて僕の知っている人物を送り込んできたか。だが甘い、敵を欺くにはまず味方から。味方の僕を欺けなければお前らの計画は進まない。
休み時間にでも話をしてやろうと思っていたが、授業が終わってすぐに猛獣女子どもが乗越くんの周りに集まるせいで、まともに話しかけられない、アンド、うるさくて仕方が無いという仕打ちを、僕と舞魅は受けた。
結局その日は放課後まで話ができなかった。が、意外なことに、放課後、向こうから誘ってくれた。怪しいが、機会を逃すわけにはいかない。僕はOKサインを出し、渡り廊下で話すことになった。丁度向こうの世界で話してた渡り廊下と同じところだったけど、特に意味は無いだろうと推測する。
「ずっと話したそうな顔してたからさ」表面が氷でできているのか、涼しい顔で言う。
「単刀直入に聞くけどさ、お前って僕に会ったことある?」
「無いと思うよ。僕、生まれが佐賀県だし。初めてこの街に来たのが1ヶ月前だし。もしかして、君も佐賀県に住んでたことがあったりするのかい?」
「いや、無い。佐賀県なんて行った事も無い」行ってみたいとも思わない、とは言わなかった。
「はは、ま、田舎だからね。コンビニも何にも無い。畑と田んぼばっかりの土地。車で30分くらい行ったところに、商店街とか、いわゆる繁華街があるようなとこ。辛うじてドの付く田舎じゃない」
夕陽を見つめる乗越くん、くそ、無駄にかっこいいのがムカ付く。身長縮め。と、罵倒してみた。聞こえていたのか否か、表面が南極大陸の顔をこちらに向けて、乗越くんは言う。
「もしよかったら、何かの縁だしさ、友達になってくれる?生憎まだ友達ができてなくて」困り顔を見せるが、女には困ってない様子が窺える。嘘だ。そんなもん窺えない。
「友達っていうのは、なろうとしてなるものじゃないよ」委員長の言ったとおり、変人かもしれないが、これが僕のポリシーだ。
「じゃあ、いつか友達になれるように、仲良くしてくれるかな?」
「それならいい」
「そっちの可愛い彼女さんも」
「へ?私!?」
半ば存在すら示唆されてなかった状態からいきなり指名された舞魅は、何故なのか、僕の腕にしがみつく。気分は悪くないんだけど、見せ付けてるみたいで何か性に合わない。
「うんっ!いいよ。友達なら」
「友達以上になったら殺すと先に言っておく」
「おー怖い怖い」と、余裕の表情を見せる乗越くん。僕に対して余裕なのか、女には余裕なのか、今度はっきりさせようと思う。
「じゃ、また明日」
「ああ、じゃーな」
冬でも無いのに、ポケットに両手を突っ込んで渡り廊下から去っていった。あいつの周りは常に北極並みの寒さなのか、と心の中で突っ込みを入れる。
「さって、帰ろうか」僕が渡り廊下から校舎に入った直後―――。
ごつい体の男子と衝突した。
いてぇ。
廊下階段は走らない、って小学校の先生に教えられなかった?なんて井坂さんは言いそうだった。
「大丈夫?」
「いてて、おい、大丈夫か?」
あれ、何かドスの利いた男の声が聞こえる。倒れた姿勢のまま見上げると、ラグビー選手のように体格のいい、目つきが鋭い男が僕を見下ろしていた。
「悪かったな、俺も急いでたからよ、怪我無いか?」
「え、ああ、まあ」
「そうか。じゃ、俺はもう行くぜ」
大き目の鞄を担いで、2段飛ばしで階段を降りていった。
「鷹くん、大丈夫?」
「ああ、転んだだけだし。手とか足も捻挫して無いみたいだし」手足を、パンパンばたばたさせる。
「あれ、これ」
舞魅が何かを拾った。手帳か?
「生徒手帳?」
僕は鞄に入れっぱなしだし、舞魅もちゃんと持っていた。ということはこれは、さっきの男の物か。
僕は勝手に生徒手帳を開いて、名前を確認した。
「上谷上千鳥」
「かみたにがみちどり?変な名前~」
「そうだね」
また明日、調べることができてしまった。