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#実神鷹 ―戯れ合い― 1

 ただいま、僕の世界。


 っと。いきなり病院か。岡後さんは……ベッドでおねんね中。


 「おい実神」


 誰だ僕の名前を呼ぶ奴は、とは聞かなくても分かる。これは狩口の声だ。だが何でこいつが岡後さんの病室に居るんだ。ひょっとしたら僕が向こうの世界に行く前に教えたのか。見に覚えが無いなぁ。


 「おーいどうした~?いきなり目の前に現れて、お前はいつからテレポーターになったんだ?」


 「ん、おお、これはこれは、僕の友達の狩口じゃないか。どうしたって?ちょっと異世界旅行から帰ってきたんだよ」テレポーターと言う言葉で、ちゃんと元の世界に戻ってきたことがさりげに察せられた。


 「異世界旅行?何だ、お前は岡後さんが入院してるからってわざと頭おかしくなったフリして、自分も入院しようってか? でも精神異常者はこの病棟にはこれないと思うぞ。早いうちに止めとけ」


 「こんなに言われるなら向こうで会っておけばよかったぜ。ったく……」

 

 向こうの世界の人間には一通りそれっぽい挨拶を済ませてきたけど、狩口には敢えて何も言わずにやってきた。が、僕の洗濯は間違っていない。


 こいつは素でこれだからだ。


 「急用思い出した。またな」


 「え、っちょ」


 目の前で嵐が起きるのを予め知っていて、そこから逃げるような態度を取る狩口を、僕は無理には止めなかった。直後――。


 ざわざわ。


 布が擦れる音。普段、寝室で聞くような音が、僕の耳に届く。


 「岡後さん?」


 「………………」


 「岡後さん!?」


 夕陽に照らされたベッドのシーツが、微かに動く。ごわごわ、ざわざわ――。


 「ほ…………………?」


 「岡後さん」


 その目はパッチリと開かれた。前と同じ綺麗な瞳が変わって無いことを確認する。目が合って、刹那か、5秒10秒、1時間、永遠ほどの時間が過ぎた後。


 「おはよう、実神くん」身体を起こしながら、目を擦りながらそう言った。


 「もう夕方だよ」


 「あれ、ほんとだ。んん?ここ、私の部屋じゃないよね。どこ?あれ、私、こんなパジャマ持ってたっけ。あれあれ?何か、何か。夢なの?」


 「夢じゃないよ。僕が言ってるんだから、間違いない。お疲れ様。何日くらい寝てたんだろう。今日って何月何日だっけ」


 部屋の壁に小さめでシンプルなカレンダーが掛けられていたけど、日めくりじゃないから、何日かは理解できない。ちゃんと人がめくっているのであれば、7月と言う表記は正しいんだろう。


 「私、何してるの?」


 その後10分程、混乱中の岡後さんに事情を説明し、ナースコールをした。ここで僕は、狩口が突然帰った理由に気付く。あいつもなかなか粋な真似しやがって、格好いいじゃねえかこの野郎。


 ナースならぬ看護師さんがやってきた。めちゃくちゃ若い人だった。自然な茶色の髪が見える。看護師さんはすぐに医者を呼んできて、騒ぎに気付いた野次馬(病人)達が部屋の近くに集まってきた。よくよく考えてみると、2週間も意識不明だった人間の意識が回復したんだ。そりゃあもう新聞で取り上げていいくらいじゃないだろうか。と、メディアに疎い僕の意見は心のうちだけに留めておいた。


 




 岡後さんは見事、次の日に退院を果たした。意識が回復して直後と今日の朝に精密検査を行った結果、特に問題は無いということだった。7月10日の話。


 保護者として病院まで足を運んできた清水川さんの私服姿に見蕩れたりしながら、僕達は病院を後にする。ちゃんと自分の足で歩いている岡後さんはむしろ入院前より元気そうだった。ずっとベッドの上で、体が怠けていたから、動きたくてうずうずしていたのかもしれない。


 「明日から学校行けるんだね」


 「そうだねっ!」


 「明日は土曜日ですよ?」清水川さんが僕らに突っ込んでくる。そうか、今日は金曜日だったか。


 「じゃあっ、月曜からだねっ早く学校行きたいなぁ」


 「僕は学校はともかく、岡後さんと話がしたいよ」


 「へ?」


 「土産話がたくさんあるんだ。ちょっと刺激的なオハナシだけど。ずっと眠ってた岡後さんにはちょうどいいんじゃないかな」根拠は無いけど、本気で思ってるんだ。なんちゃって。


 「明日、うちに遊びに来たらどうですか?」清水川さん優しいよ清水川さん。


 「そちらの迷惑で無いなら……」


 「迷惑なんかないよっ!私が家の当主だから、私がいいって言ったことはいいんだよ」


 「それは素晴らしいお姫様思考だね」


 清水川さんはクスクスと笑う。僕の突っ込みが人に受けてる場面を久しぶりに見た気がする。


 「じゃあ、明日、そうさせてもらうから」


 「うんっ、待ってる!」元気一杯の声で笑顔を作る。意識不明状態になる前と後で、少しずつ変わってるような印象もあるけど、異世界を旅行して似たような人物に会ってきた僕の思考は当てにならない。そう思って軽く、水に流しておいた。そういえば、異世界では一回も雨降らなかったな。


 岡後さん達と別れて、一人で自宅に向かう途中である。


 異世界の話、岡後さんにしていいものなのか。僕の言ったことなら何でも信じてしまいそうな人だ。


 向こうの岡後さんと抱き合ったり、あんなことしたりこんなことしたりしたところもあるし。


 「色々引っかかることもあるんだよなぁ」


 例えば、時系列のずれ。


 こっちの世界の霞先輩は、高校生じゃない(自己申告だから証拠は無いけど)。もっと年上だと。しかし、向こうの先輩は純然たる高校生だった。それは、先輩の彼氏の日向さんが間接的に証明している。こっちの世界で言っていた、死んだ彼というのは間違いなく日向さんだろう。


 つまり、あの二人に限って言えば、あの世界はこの世界の過去みたいなものと考えられる。


 あの二人に限って言えば、だ。他の人たち、僕とか岡後さんとか小金井とかは、こっちと変わらない年齢である。そこら辺が、僕の感じた時系列のずれ。時空断層のずれ、なんて言ったり。


 そもそも、僕はあの世界が異世界であることを証明できない。この世界も、或いは偽者かもしれない可能性は十分にあるのだ。偽者か、本物か、なんてことは、外側に人間にしか分からない。結局は相対的なものでしかない、ということ。


 相対の対義語は絶対。


 絶対的なものほど安心感を得られるものは無いだろうと僕は確信している。


 絶対とは、即ち絶対であり、何があろうと絶対だ。


 さて、哲学的な言葉が出てきたので、矢印の向きを変える。


 異世界を科学的に証明することはできるか。


 哲学の対義語は、科学。じゃ、ないのかもしれないけど。


 それはいいとして、異世界なんてもの、旅行してきた僕でもあるとは言い難い。僕が見てきた全ては、ただの夢に過ぎないかもしれないのだ。


 全ては堂々巡りだということにいい加減気付いた僕は、そこで思考を終了する。


 他の、もっと楽しい事を考えよう。


 岡後さんとのこととか。


 

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