#実神鷹 ―異世界― 10
「乗越くん、一つ、聞いてもいいかな?」
もうそろそろ会えなくなるという事で、僕は前々から気になってたことを質問することにした。
「乗越くんは、神ってやつに会ったことある?」
「あるよ」即答しやがった。
「みのかみってやつに会ったことがある」
「ふざけんな。僕はいわゆるただの人間だ」
「ま、冗談は置いといて、姿は見たこと無いけど存在を確認したことはあるよ」
「嘘じゃないんだな」
「うん。嘘じゃない。神は居るよ」
もうしつこいくらいの清清しい顔で、表情を変えない乗越くん。ポーカーやらせたら強そうだ。
雑談を終え、乗越くんは早々とこの世界から出て行った。引き際がいいのは誰かに似ているような気がしたが、多分気のせいだ。僕はこれでこの世界からさよならできるんだけど、僕はまだやりたいことが残ってた。未練ってほどじゃないけど。
坂上琴乃。琴乃さん。先輩であり、先輩のクラスメイト。
「ご無沙汰してます」
「ああ、久しぶりやな。何か前と目が変わったような気がすんねんけど、うちの気のせい?」
「気のせいじゃないですよ。琴乃さんの目は正しいです。琴乃さんは、異世界とか超能力とか魔術とか魔法とかって、あると思いますか?」
「んー??」くえすちょんダブル。ちょっといきなり話題を変えすぎたと反省する。
間延びした語尾から僕の50メートル走のタイムほど間が空いて、再び言葉が発せられる。
「あると思う。何かそういうのって夢があってええと思うし」まったりした口調の後、美人と言うべきだろう笑顔を見せてくれた。和服に合いそうな笑顔だ。
「ありがとうございます。琴乃さん。今日はこの後用事があるんで、ここら辺で。こっちから呼んでおいてすいません。今度会ったらお茶でもおごります」
「ううん。ええよそれくらい」
先輩は優しいですね、と笑顔を返して僕は次の目的地に向かう。僕の周りには優しい人が多いというのは、周りに自慢できることなんだろうか。そんな疑問を自分にぶつけながら、僕は階段を一段飛ばしで降りていった。
早く、早く。
「小金井!」
普段とは立場が逆で、今日は僕が小金井の名を叫んだ。いつも廊下で大声出すなって言ってるくせにと言われたら、僕は教室に向かって叫んでる、と言い訳してやる。ということで、小金井は一年三組の教室で、これは珍しい、女子と話していた。その話を打ち切ってこちらに向かってくる。いつものオーラは教室の中でもあふれ出ている。
「何、実神」
「ちょっと話があるんだけど、今大丈夫か?」
「……ここまで来たし、付き合ってあげるわ。この前の借りもあるし」
この前の借りというのは、ミスタードーナツの件だろうか。もしそうならなかなか律儀な奴だ。まぁ僕には及ばないけどね。
階段の方行こう、と告げて、屋上へ行く階段の途中の踊り場で話をすることにした。
さて、何を話したものか。誘っておいてなんだが。小金井とはこっちに来て初日に色々話したから、さっきのような質問は受け付けてもらえないだろう。
「小金井、好きな人居るか?」それなりに興味はあったので、聞いてみた。興味というのは勿論、小金井がどういう反応をするかということだけど。
「なっ……い、いる、……じゃなくてっ!今のなし!な、何でそんなこと聞くの?もしかして……」
「ああ、実は……僕は小金井のこと」
「あああああああああああああああ!ちょっと待って!本気!?あたし、まだ心の準備がっ」
「あんまり大声出すなよ」絶叫とも取れるその声量に、僕は釘を刺す。
ああ、何でこいつはこんなにも。
絶対怒るよなこいつ。いっそのこと告白してみるのもアリかな。ん?アリなのか?
止めておこう。遊びで付き合うのはよくない。と言うか、僕はもうすぐこの世界から出て行く身だ。余計なことはしないほうがいい。女心を弄ぶなんて最悪だという理由の方がでかいのは言うまでもなくだけどあえて僕の為に言っておくことにする。
「僕、小金井にはすごく感謝してる」
「わああああああっ!………………………………あ?」
「僕は弱い人間だと気付かせてくれたのは小金井、お前だよ。お前が居なかったら僕は今頃死んでたかもしれない、それくらい、それくらいお前は。僕を救ってくれた。だから、すごく感謝してる。ありがとう」
タイミングは最悪だけど、全部本音だ。受け取ってくれ。
「悪い小金井、僕これから行くとこあるから。今度ドーナツ100円セールの時におごってやるから、またな」
僕は次の場所へ向かう。帰ったらちゃんと小金井に謝ろうと反省した。
僕はてっきり、日向さんは違う学校の人だと思っていたけど、これは意外。日向さんは三年生だったのだ。あの先輩、ちゃっかり年上と付き合っていたと気付いた時には、素直に感服した。
で、日向陸さん。三年一組。先輩の先輩。先輩。先輩の彼氏。
「ちょっとだけお時間もらいますね」
街角に立っているアンケート取るアノ人たちみたいな台詞を日向さんにぶつける。あっさり受託されて、こちらとしても少し話しやすくなった。何しろほぼ初対面にして今から酷い質問をする予定なんだから、少しでも気持ちを楽にしたいというのは人間のあるべき姿だろう。
「どうした?霞の後輩」
「日向さんの後輩でもあるんですけどね」
「ははっそうだったな。俺はあんまり先輩っていうものに慣れてないからな。霞とも対等な関係で居るつもりだし」
「そうなんですか……」聞いてもいないのに先輩の話をするところ、やっぱり仲がよさそうだ。さらに僥倖な事に日向さん、結構饒舌家そうだ。
「日向さん、今から変なこと聞きますから、一応覚悟しといてくださいね」
「お、何だ。霞とどこまでいったかとかは控えて欲しいけど」
「それはプライバシーの侵害……って、今から聞くこともそうなんですけど」
くそ、あと一歩、勇気が出ない。
「まぁ嫌な質問なら聞き流すから、言うだけ言ってみてくれたらいいよ」
「じゃ、じゃあ」
呼吸を楽にして、心を落ち着けて。
「日向さん、死のうと思ったことありますか?」
「君と同じ答えだろうね」
またもや即答だった。初めから質問を予測していたが如く。表情も少し曇らせただけだった。
「君は俺に似てる。もしくはその逆なんだろうけど。だから、君と同じ答えだよ」
「そうですか」
僕は勇気を振り絞って、嘘をついてみた。
「僕は自殺しかけたところを霞先輩に止められました。日向さんはそういう体験をなさらないでください。日向さんと似てる、僕からのお願いです」
僕は最後に押しすぎたことを反省して(今日は反省してばっかりだ)、失礼します、と言ってその場を立ち去った。日向さんの、鋭い視線を背中に受けながら、僕は次の場所へ向かう。
いや、違うな。もう元の世界に帰らないと。
猛スピードで最後の時を駆け抜けた僕はその足を向こうの世界へ向ける。
さよなら、この世界。