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#実神鷹 ―異世界― 9

 想い出はいつもきれいだけど。


 それだけじゃお腹が空くわ。


 本当は切ない夜なのに。


 どうしてかしら、あの人の笑顔も思い出せないの~。



 「実神くん、あの人って誰の事?」


 「ちょっ、聞いてたの!?」


 教室の端の端で、誰にも聞こえないように歌ってたはずだったのに。不覚だった。まさか独り言のように歌っている歌を誰かに聞かれるなんて、ましてや岡後さんに聞かれるなんて。


 しかも運の悪いことに、古い曲を歌ってる時に聞かれてしまった。僕が今、昔の名曲がマイブームなのは誰にも言ってない、姉にだって言ってないのに。


 「あの人っていうのはね、岡後さんのことだよ」なんて言ったらちょっとは格好付くかもしれないけど、生憎、歌詞とは全く合わない。ということで却下だ。


 「岡後さん、これは歌の歌詞だから、あの人っていうのに意味は無いよ。だいたい僕は笑顔が思い出せない人のことを『あの人』なんて言わないしね。あ、ついでに泣き顔の方もね」


 「???」


 クエスチョンマークかけるみっつ。そりゃそうだよな。


 一応、嘘は言って無いんだけどな。向こうの世界の岡後さんの笑顔とか泣き顔は未だ消えて無いし。


 そうだ、向こうの世界だ。


 さっき、乗越くんに会ってきた。


 「―――と、いうことだ。で、どうなんだ?この世界の出口とやらは開いたのか?」


 「開いて無いから君と話をしてるんだよ」


 「そりゃまた、厳しいな。というか、酷いな。完全に僕が容疑者だ」


 「全くその通りなんだけどねぇ」涼しい顔を見せながら酷いことを言う。何かこいつ、腹黒キャラになって無いか?


 「ま、近いうちに解決するよ。だいたいのことは分かってきたから」


 僕が何故こんな世界に迷い込んだか。だいたいのことは分かってきた。僕の思い違いかもしれないなんてことは無い。はずだ。それは、僕が向こうの世界で働いた悪行とこの世界で働いた善行を足して二で割ったら、そう答えが出たのだから。計算さえ間違っていなければ、間違いない。


 そうそう、もう一つ、やらなきゃいけないことがあった。


 「岡後さん、あんまり音楽聴かないでしょ?音楽プレイヤーとか持ってないし」


 「え、うん。だから、今流行の音楽の話とかされたら、ついて行けなかったり……」しょんぼり、といった感じで少し俯く。


 「今度、僕のお気に入り曲を聴かせてあげるよ。ついでに携帯にも入れてあげるから」


 「あ、そういえば携帯で音楽聴けるんだよね~。全然聴いてないや。最初に実神くんに貰っただけしか入ってないし。あ、それから着信音も変えた事無いなぁ」


 「今度岡後さんの家行ってもいい?」


 「うんっいいよ!」


 よし、これでアポは取った、と。この約束って向こうの世界に帰っても効果があるのかな、と考えながら席を立ったけど、そんな訳無いと分かって、イスを机の中に入れる手を少しだけ停止させた。


 向こうの岡後さんは病院で眠ってるんだよな。早くお見舞いに行ってあげないと。


 




 「先輩、今日の放課後、大事な話があるんですけど」


 「愛人関係の誘いならお断りだよ。あたしはどろどろの昼ドラ恋愛は嫌いだから」


 「僕も嫌いです。じゃないや、嫌い。そういうの。えっと、昨日会った時にいじめてあげるって言ってたやつ、あの件について、いじめてもらおうかと……」


 「成程。実神は実はドMだという話をするんだな」


 「あんまり調子に乗るなよ霞」


 「えっ……」僕の罵倒に顔を赤らめる先輩。何この人。あ、やば、怒らしたかも。


 「つ、強気の言葉に惚れそう……」


 「先輩の方がドMかよっ!ちょ、止めろ。惚れるな。そんなに頬を染めるな!僕はSかもしれないけど、先輩には彼氏がいるから!あの人に怒られるからっ!」


 「う、うん。何か陸と実神って似てるな。あ、だから惚れそうになったのかな。そうだそうだ」一人早合点する先輩。その言葉からして、日向さんは相当のSなんだろうか。今度ゆっくり二人で話をしてみたいところだ。


 自殺志願があるなら、止めないといけないし。まぁ止めたところで向こうの世界で帰ってくるかどうかは分かんないんだけど。それならやめておくか。


 とりあえず、放課後に話を聞いてもらうことになった。


 


 


 「先輩、僕は岡後さんにもさん付けするような律儀な人間ですよ?先輩に対してタメ口なんて、僕の脳が許してくれないです。せめてですます口調はありにしてください」


 「あー分かった分かった。とりあえず、言いたいことあるんだろ?そっちを優先させろ」


 「結構シリアスに聞いてくださいよ」


 僕は一呼吸置いて、周りを見渡す。駅前の喫茶店。客はそう多くないし、僕達の近くには人が居ない。今がチャンスか。


 「先輩、異世界って信じますか?」


 「実神があるって言うなら、信じるよ」


 「…………………」


 「大丈夫だって。真面目に言ってるよ。シリアスな話なんだろ?」


 「じゃ、続けますね。僕は、超能力とか魔法とか、そういう世界から来たんですよ。ちゃんと向こうの世界には岡後さんも先輩も居たけど。ただ、超能力とかそういう特別なものがあるっていう違い以外は、ほとんど同じ、そんな世界から来たんです」


 ふんふんと頷く先輩。いつもの軽い先輩とは少し表情が違った。


 僕はその後、岡後さんが入院したこと、僕が自殺しようとしたこと、先輩がそれを救ってくれたこと、そしてこっちの世界に来てからのことを細かく、分かりやすく先輩に伝えた。


 「これらのことを踏まえた上で、僕が元の世界に戻る条件って何だと思いますか?」


 「条件がいるのか」先輩はうーんと唸って、腕を組んで考え出した。僕は口の中の渇きを潤そうと、アイスコーヒーを一口飲む。ああ、おいしい。


 「それってさ、実神。元の世界に帰る必要あるの?」


 僕はあらかじめ用意していた答えを、きっぱりと先輩に言う。


 「戻らないといけない。僕は、戻らないといけないんです。この世界で過ごすということは、僕にとって逃げてるだけなんですよ。苦しみから、逃げてるだけなんですよ」


 「分かった!」


 突然、店中に聞こえるような大声で、先輩が叫んだ。何事かとこちらを向くお客さんたち。すいません、うちの先輩はこういう人です。許してください。


 「分かった、って、条件がですか?」


 「実神が強くなればいいんだよ」


 「僕が強く?」


 少し、予想から外れた先輩の回答に、僕は瞬きの回数を増やす。それと比例させて、思考の回転スピードを上げた。閃かない。


 僕が名探偵なら、5秒ほど探偵ポーズを取れば思いつく設定のはずだけど。お生憎様。僕は一般の?高校生でしかなかった。


 「簡単なことじゃん」


 先輩はもうこれが絶対答えだ間違いないと言わんばかりに自信にあふれている。


 はったりでは無さそうだった。


 僕が強くなる。


 解釈の違いだろうか。


 僕は強くなれるのだろうか。


 あれ?ピントが合わない。何だこれ、気持ち悪い。吐きそうだ。


 胃液が食道まで逆流してきて、不快感に襲われた。


 あー成程。成程成程成程。ははははは。


 日本語はややこしいや。


 

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