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#実神鷹 ―異世界― 7


 刹那とも永遠とも取れる時間、僕は岡後さんを抱きしめていた。


 もうあんな目には遭わせたくない。だから、離さないようにぎゅっと抱きしめた。


 真っ暗だから岡後さんの表情は読み取れない。分かるのはその体の温かさだけ。


 結局何分経ったのかは分からないが、とりあえず店の電気が復活した。僕の腕の中にしっかり納まっている岡後さんを見て、僕は一安心。


 「大丈夫?」腕の中の彼女に話しかける。


 「う、うう。だ、大丈夫……」


 涙目になっていた岡後さんを見て、僕はそっと頭を撫でてあげた。よしよし、もう怖くないよ。


 「ううう、な、何なの?いきなり真っ暗になって」


 「停電、だと思うけど。何分くらいだったんだろう、ちょっと分かんないなぁ」


 「停電って?」


 「何らかの原因でブレーカーが落ちて、電気が使えなくなる状態のこと」尤も、こんな大きなビルにブレーカーなんてこじんまりした物は無いはずだ。それに、きっと今も非常電源か何かで、一時的に明かりが点いてるだけなんだろう。他のビルが明かりを点しているところを見ると、大きな停電というわけでも無さそうだ。


 「岡後さんは暗闇がダメな人?」


 「うんっ。私、寝るときは絶対部屋暗くしないもんっ」


 そういえば、岡後さんと一緒に寝たとき(不可抗力)は、真っ暗じゃなかった。むしろ少し明るいくらいだった。なんて考えながら、僕は岡後さんの頭を撫で続けていた。よしよし。ああ、髪の毛さらさらだなぁ。


 「実神くん、これ」自分の頭の上に乗っている男の手を指さして言う。「周りの人が見てるよっ」


 岡後さんは頬を染めて言う。可愛いなぁ。「ごめん。ちょっと、ね」と手を離した。何がちょっとなのか全く分からないが、そこは気にしないでおこう。


 『所員及びお客様に、お知らせ致します。先ほどの停電は、変電設備の事故によるものです』


 男性のアナウンスが聞こえてきた。滑舌が悪いのかスピーカーが遠いのか、よく聞こえない。大した事故じゃないということくらいしか分からなかった。十分といえば十分だが。


 「大したこと無いらしいよ」


 「そっか。よかった。ちょっと怖かったけど……」零れた涙を拭きながら岡後さんは少し安心した様子を見せていた。


 「それでさ、さっき何て言おうとしてたの?」


 「さっき?あれ?何て言おうとしたんだっけなぁ。っていうか何の話してたっけ?忘れた。忘れた。えっとねぇ、うーん」


 「実は……っていうのが聞こえたような気がしたんだけど」


 「ダメだ。思い出せない。まぁいいんじゃない。大事な話じゃなかったと思うし」


 勿論僕は記憶喪失になったわけじゃない。けど停電を挟んで考えた結果、異世界のことは言わない方がいいと判断した。停電が起きて混乱している岡後さんに追い討ちをかけたくない、という理由も加わったし。


 携帯を開いて時刻表示を見ると、午後七時半を回ったところだった。ちょっと早いかもしれないけど、あまり遅くなってもいけないだろう。


 「コーヒー飲んだら帰ろうか、岡後さん」


 「え、もう?」夜景を寂しげに横目で見る。


 「最後に行くところがあるんだ。そこではもっときれいなものが見れるよ」


 「本当に?」


 「うん」


 コーヒーを飲み終え、会計を済ませた僕達はエレベーターに乗り込み、1のボタンを押す。


 今度はノンストップというわけにはいかなかった。エレベーターは16階で停止し、男の人が乗ってきた。スーツ姿じゃ無いところを見ると、市役所に用事があった一般市民だろうか。あれ?市役所ってこんな時間まで仕事してるのか?


 続いて、10階で女性が乗ってきた。今度はどう見ても普通のOLという感じ。


 何となく僕達が浮いてる気がして、つい萎縮してしまった。早く一階に着いてくれ。


 こういうときに限って時間が経つのは遅いんだよなぁという、よく聞いた言葉を心の中に呟いた。


 市役所の自動ドアを抜けようとしたその時、背後から女性の悲鳴が聞こえた。


 「キャーッ!」


 「騒ぐな!騒ぐと承知しないぞ!」


 振り返ると、さっきの男と女がもみあっていた。僕は急いでそこに駆けつける。くそ!何で周りに誰も居ないんだ!


 「ちょっと何してるんですか!」


 男を押さえに行こうとすると、男が女性の背後に回り、女性の首にナイフを突きつけた。


 「来るな!刺されたいのか!もしくはこいつを刺してやろうか!」


 ナイフはもう女性の首筋に触れている。そのまま横に引けば女性の頚動脈は切れてしまうだろう。これでは近づけない。こんな時に限って周りには誰も居ない。これもあの男の考えの内なのか?


 「み、実神くん、あ、危ないよぉ」


 「大丈夫。岡後さんは僕の後ろに居て、絶対動かないで」


 あの女性には悪いが、こちらとしては岡後さんが人質になるのはまずい。


 「あなた、目的は何ですか?」わざと冷静に言ってみる。


 「てめぇに用はねぇ!早くそこをどけ!」


 男のナイフの反対側の手には女性のバッグが握られている。通り魔みたいなものか。何でこんな建物の中で犯行に及んだのかは分からないが。


 男は僕達が動かないと知るやいなや、こちらに少しずつ近づいてきた。そのまま、入り口へと向かう。僕達は男との距離を変えないように、だんだんと後ずさる。この間に岡後さんが携帯で110番してくれていたらよかったのだけど、岡後さんは110番なんて知らないだろう。教えておけばよかったと、無駄な後悔をする。


 「ね、ねぇ実神くん。何か」


 「どうしたの?」


 「何か、揺れてない?」


 「揺れてるって何が?」


 「じ、地面が……」


 僕は黙って足下に神経を集中させたが、よく分からない。それでも岡後さんは不安そうな顔をしている。弱い地震かなんかじゃないのか。


 「何か、くる………」


 え?

 

 次の瞬間。


 足下が揺れた。地震だ、と一瞬で判断した。そしてそのままの思考で、僕は男に向かって駆け出した。男は突然の揺れに混乱していて、女性から手が離れていた。僕は男の左足にローキックを入れ、倒れた男からナイフを奪った。まだ地面が少し揺れている。


 「岡後さん!携帯で110ってとこに電話かけて。ナイフ持った男が市役所に居ますって」


 僕が再び男の方を向いた瞬間、僕の眉間に銃口が当てられた。


 「あんまりなめるんじゃねぇぞ、小僧。ナイフを離して両手を挙げろ」


 眉間に冷たい感触。が、それは金属のそれとは程遠いものだと感じられた。多分、確証は無い。

 

 僕は言われた通り、ナイフを手から離した。男が取りにいけないように、わざと遠くに放り投げたら「なめてんのか!」と怒られた。


 にしてもおかしい。何で誰も来ないんだ。というか一階の受付嬢も居ないなんて、どうすればこんな状況が作れるんだ。この男の運なのか。


 僕は両手を挙げたままゆっくりと入り口の方へ向かう。とにかく男はこの建物内から逃げたいはず。

そう考えてわざとゆっくり歩く。岡後さんが呼んだ警察が来るまでの時間稼ぎも含めて。


 「実神くん、また!」


 またか………。


 刹那してから、再び地面が揺れた。今度こそ決まった。僕はあらかじめ把握していなかった犯人の男から、多分モデルガンであろう拳銃もどきを奪った。


 丸腰になった男は「くそ!」と捨て台詞を吐いて、僕等とは反対の方向へ逃げて行った。今度の揺れはさっきより長く、男の姿が見えなくなってからやっと収まった。


 「ふぅ……」


 僕はやっと一息つくことができた。岡後さんに駆け寄り、「怪我してない?」と聞いた。岡後さんは笑顔で首を縦に振った。僕も笑顔を返す。


 「あ、あの、ありがとうございました……」OL風の女性も怪我は無いようだ。


 「いえ、怪我が無くてよかったです」


 「あの、よかったらお礼させてください」


 長い黒髪のその女性は、安心したのも束の間、そんなことを言い出した。


 「申し訳ないですよ。そんなお礼なんて……」恥ずかしくてつい断ってしまった。


 あ、そうだ。


 「岡後さん、よく地震が来るって分かったね」


 「いや、あんな大きな揺れだと思ってなかったんだけどね。何かほんのちょっとだけ小さな揺れがあったから、もしかしたらって思って」


 「でも二回目は来るって予言したよね」


 「そ、それは……何となく」


 「すごいな。何となくで地震なんか予知できるもんなのか」素直に驚いた。


 つーか驚いたってレベルじゃねぇよ。


 何で分かるの!?


 問い詰めて聞きたいわ。


 「あれ?実神じゃん。何してんのよこんなところで。お、舞魅ちゃんもいるじゃん。やっほー。あれ、もう一人………何これ。いわゆる両手に花ってやつ?」


 …………………………はい?


 「もしかしてこの男が霞が言ってた実神?」


 「そうだよ。さっき名前呼んだじゃん」


 「…………ふーん」


 …………………いや、ふーんって何ですか。


 何が何だかよく分からない。


 そこには、こっちの世界の霞先輩と、同年代の男の人が並んで立っていた。


 


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