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#実神鷹 ―異世界― 3


 ふと疑問に思った。


 僕がこの世界に来たというのは分かる。そして僕の存在がこの世界で認められているということも。


 じゃあこの世界に居た実神鷹はどこに行ったんだという話。正直、今すごく悩んでいる。しかし僕ごときの頭と思考力を用いたところで、そう簡単に解答は得られない。得られそうも無い。


 やはりこんなことは考える必要の無いことなのか?


 世の中のこれ全て都合のいいようにできている。なんて言ってくださった神様は居ないだろうか。もし居たのなら是非僕のところに来て欲しい。いや、場所を教えてくださったらこちらから参りましょう。とにかく会って話をつけなければならない。


 しかし異世界なんてもの、よく信じたよな。自分でもびっくり仰天だ。普段から魔法だとか超能力だとか、超常に触れ合いすぎていたから慣れてしまったんだろうけど。いやはや、慣れって怖い。


 しかし、ここは本当に異世界なのだろうか。むしろ僕が前に居た世界の方が、僕の夢か何かだったんじゃないかな。まぁこれは主観的な話でしか無い。こっちの人にとってはこっちが本物。向こうは夢。向こうの人にとっては向こうが本物でこっちが夢。僕にとっては信じた方が本物だ。どっちだといわれれば悩みどころだけど、やっぱり向こうの世界との付き合いの方が圧倒的に多いので、僕としては向こうを本物だと願いたい。


 こっちの世界に来てから、僕の中では疑問と葛藤は尽きない。






 乗越くんは僕の素性と事情を聞いた後、予想外なことを言い出した。


 「やっぱり君が鍵だね。キーマン、って奴。君が何か行動を取るか、何らかの状況に置かれるかしないとダメみたいだね。多分何か条件があるんだろうけど、心当たり無い?」


 「心当たり?僕が元の世界に戻る条件に心当たり?………僕は無理やりここに連れてこられたのにそんなこと言われてもなぁ」


 そもそも異世界へ飛ばされることによって、何がどうなるかということを教えて欲しい。僕が少し年を取るだけじゃないか。


 「例えばの話だけどさ、実神くんが前の世界で犯した罪をこの世界で償うとか」


 「身に覚えが無いなぁ。僕は基本的にいい子として育ったし。いじめとかもしないし。うん」いじめから女の子を助けたことはあるけどね。


 「うーん……。予知とかは僕の専門外だからね。でも何か理由があるのは間違いないと思う。だから実神くん、一応考えておいてね」


 「マジかよ。全然分からないのに」


 「分からない分からないって言ってたら分からないよ。自分から探さなきゃ」


 乗越くんはやたらと急かしてくるけど、早くこの世界から出たいんだろうか。好きで来たと言ってたはずだけど。それにしたって、これじゃあ僕が責められてるみたいだ。


 僕って何か悪いことしたっけ?


 償うべき罪なんて………。


 まぁあるんだけどさ。


 岡後さんの件については二人には話してない。これから話すことも無い。


 





 「岡後さんはさ、異世界ってあると思う?」昼休み、ほとんど人の居ない教室で僕達は机を挟んで向かい合っている。


 「異世界って?」


 「もう一つの世界、みたいな。この世界とはちょっと違う、別の世界」


 「うーん……」少し悩んだ様子を見せてから岡後さんは「あるんじゃないかな?」と言った。


 「もう一つの世界、でしょ?私達が知らないだけで、どこかにあると思うなぁ」


 岡後さんはメルヘンチックな事を言う。実はあるんだよと言って、岡後さんの反応を見たいところだが、信じてくれないだろうし、こっちの僕の名誉に関わるだろうから止めておく。


 「岡後さん、今度の休みにどっか行かない?」


 「へ?どっか行くってどこに?」

 

 「いや、まだ決めてないけど……」世間ではそれを『デート』なんていう洒落た横文字を使って呼ぶんだよ。生憎岡後さんは知らないようだった。こっちの岡後さんも、記憶喪失だけはきっちり体験しているのだ。


 僕が岡後さんをデートに誘ったのは勿論、心当たりがあるからだ。というか、もうそれくらいしか考えられない。だから岡後さんと一緒に行動すれば、何かしらのヒントが得られるんじゃないかという考えが40パーセントくらい。60パーセントは、普通にデートがしたいという考え。僕だって健全な高校生だし。デートくらいしていいだろ。


 「実神くんと一緒に居られるんでしょ?だったらどこに行ってもいいよっ!」と、笑顔で応えてくれる岡後さん。素直に嬉しい。


 「じゃあ行くとこ考えておくよ」僕は岡後さんに笑顔を返した。返したつもりだったのに、岡後さんがまた笑ってくれた。岡後さん、僕にばっかり笑顔作ってくれていいのかな。なんて、心配なんていらない。間違いなく自然な笑顔だと僕は確信している。人の作り笑顔なんて簡単に見破れるんだ。僕はそこら辺のチャラい高校生みたいに薄っぺらく生きてるわけじゃない。


 「あ、あのね、実神くん……」


 「ん?どうかした?」何やらそわそわした様子の岡後さん。


 「んーとね。ちょっとしたことなんだけどね、昨日、私が家に入る時にね、私のほうをじろじろ見てくる人が居たんだ。帽子をかぶってて、顔はよく見えなかったんだけど」絶対怪しい人だよ!、と続けて言った。僕はその言葉を聞いて、後頭部に凍った魚で殴られたような衝撃を感じた。いや、これはマジでリアルに殴られたことがある。小学校の頃、スーパーの魚売り場で。


 『実神くんが前の世界で犯した罪をこの世界で償うとか』


 頭の中で乗越君の言葉がリピートされた。そこで僕は思い出す。僕は前の世界で、岡後さんを一人にして入院させたんだ。何でこんな大事なことを今まで忘れていたんだ。いや、――忘れていたんじゃない。考えないようにしてたのか、忘れようとしていたのか。とにかく、頭の隅のほうへ追いやろうとしていた。


 結局、僕は逃げてたんじゃないか。


 全く。最近どんどん自分が下等な人間だということに気付くことが増えてきた。美化していた自分から次々にボロが出てくる。一流大学を出て、張り切って就職活動で面接を受けた時に、『君、別に大したこと無いね』と言われたような、そんな感じ。自分の欠点が見えてなかった。もしくは隠し切れなくなった。


 「岡後さんって、いつも一人で帰ってるんだよね?」


 「うん。仲いい人は皆駅の方行っちゃうから……」表情を曇らせる岡後さん。家が駅と逆方向だからな。


 「部活って、いつも何時くらいに終わるんだっけ?」


 「んと、今の季節は6時半かな?」


 「6時半……」


 授業が終わるのが大体3時30分ごろ。つまり、3時間のラグ。待てないことは無い。姉ちゃんには多少無理を言うしかないけど。


 「岡後さん」


 「何かな?」


 「今日から一緒に帰ろうか」


 「ええっ!!」


 めちゃくちゃ驚かれた。どういう意味での驚きか気になる。


 「だって!実神くん、帰宅部でしょ?ど、どうやって私と帰るの?べ、別に、一緒に帰りたくないとかそういうんじゃなくてっ、むしろ嬉しいんだけどっ!けど、待ってもらうのは迷惑かなぁって………えへへへ」


 成程。さっきの驚きは期待してたことが叶った時の驚きか。ん?あれ?違うか。


 岡後さんが「えへへへ」なんて可愛いこと言ってくれる人だったかは置いておくとして。


 「僕、部活終わるまで待ってるよ。教室か屋上だかで。暇にはならないと思うから」


 「ど、どうしたの急に。だって、3時間くらいあるんだよ。そんなに実神くんの時間とって、何か悪いよっ」


 「いや、いいんだ。これは僕が決めたことだから。それでも岡後さんが気に病むって言うなら止めるけど……」わざと横目で岡後さんを見る。こういう手は余り使いたくは無いんだけど、今回に限っては仕方ない。僕はここで引くわけには行かないんだ。


 「そんなことないよっ!一緒に帰ってくれるのは嬉しいし、私のために待ってくれるっていうのも嬉しいよ。うん。実神くんが決めたことなら反対しない」


 「そっか。―――ありがとう」


 いささか罪悪感の残る結果になったけど、あの時の罪悪感に比べれば大したこと無い。十分、耐えられる。


 僕が岡後さんを一人にしたから、岡後さんは入院することになった。いつまでも引きずるのは男らしくないと言われそうだけど。


 罪の償いと言うよりは、罪滅ぼしなのかもしれないな。


 この世界で僕が取るべき行動は、そんなちっぽけなものなのかもしれない。或いは僕の出来ることなんてちっぽけなものでしかないんだろうなと、自嘲気味に呟く。


 



 こうして僕は本日より、岡後さんを家まで送ることにした。


 自分で決めたこと。


 それくらいは自分で守らないとな――。


 デートについてはどうしよう。できれば夜まで一緒に居たい、と今から悩んでしまう。


 さし当たって問題なのは、次の日曜までに乗越から幾度と無く来るであろう催促を、どうやって回避するかだが。


 まぁうまく乗り切って見せるさ。自分のことながら何故か他人事のようだ。実際、大した問題ではないのかもしれない。僕が問題視しすぎてるんだ、きっと。


 希望が見えた瞬間に、そこに至るまでの道が切り開かれたような開放感を、僕は微かだが確かに感じ取った。


 

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