#実神鷹 ―異世界― 2
ついに異世界にまで来ちゃったんだなぁ。
思考がツンドラ地帯並に冷たく凍てついている。
「まぁいいか。何か異世界とか、ちょっと行ってみたかったし」と、独り言を吐く。誰にも聞こえないように。誰かに聞こえたら独り言じゃない。
うーむ。
魔術や超能力があれば、異世界があってもおかしくないだろう。という思想は一般的なのだろうか。姉ちゃんに聞いてみるか。でも姉ちゃん、そっち系に関しては疎かったっけ。案外、『こっち』側の姉ちゃんは興味があったりするかもしれない、とポジティブに考え、思い切って聞いてみることにした。
「なぁ姉ちゃん」と、風呂上りの姉に問う。「この世界にさ、超能力とか魔法とか魔術とかって、あると思う?」
「いきなりねぇ……」腰の辺りまである長い髪の毛を梳きながらこちらを向く姉。本当に長いなぁ。でもすげえ綺麗なんだよな。「無いと思うよ。あるとしても直感とか予感とかくらいでしょ」
「じゃあもし、姉ちゃんが超能力とか魔術とかがある世界の住人だったとして、異世界っていうのはあると思う?」
「異世界って何?」
「自分の知ってる世界と仕組みが違う世界」超能力があったり無かったり――。
「仕組みが違うってよく分かんないな。日本でもライフル所持してもいいみたいな?」
「その例えもよく分かんねーよ」
しかもライフルの部分、やたらと目を輝かせて。そんなに銃器を使いたければアメリカにでも行ったらいいのに、と思う。あ、僕もついて行かなきゃいけないからやっぱりやめて欲しい。
「何よー。折角人が答えてあげてるのにー」
「はいはい」これで『こっち』の姉ちゃんと『あっち』の姉ちゃんは性格に大した差異は無いということが分かった。
僕の部屋も変わってなかったところを見ると、どうやらこの世界は僕の居た世界とほぼ同じ構成らしい。ただ一点、超能力等の件を除いて。これはあくまでも、ここが僕の居た世界とは違う『異世界』であるという推測が正しければの話だが。
しかしま、そんなこと考えたって埒が明かない。ここは異世界、そう信じないとやっていけない。
時計の針はもうすぐ11時。
一瞬、あのアナログ時計を思い出した。まだあの記憶は強く印象に残っているせいかな。
いつもより少し早いけど、昼寝してもまだ眠かったし今日はもう寝ようと、僕はベッドに入り、布団をかぶった。そろそろ暑くなる時期だな、扇風機出さないと。なんて考えているうちに僕はすぐに眠りに落ちた。
「やっぱり入院なんかしてないよね……」
淡い希望を持って、もう一度だけ岡後さんに聞いてみたが、答えは昨日と変わらなかった。「ありがとう、岡後さん。昨日は部活中に電話してごめん」
「ううん。別にいいけど、実神くん、何か焦ってる感じだったし」
「ああ、分かってたんだ。あれは焦ってたっていうより混乱してたんだけどな」
僕達の席は現在、廊下側の端の列、前から4番目と5番目だった。今まで3回着替えをしたけど、全て前後という位置関係になっている。ちょっとした偶然なんだろうか。それとも神様の悪戯か。憂鬱になっているある少女の願望かもしれない。
「君が実神鷹君かな?」
「はい?」
廊下側の窓が開かれ、突然知らない男に話しかけられた。
「ちょっと話があるんだ。ついて来てくれないかな?」と、優しげな目で僕を見る謎の男子。一見するとただの美男子だ。僕より高そうな身長に涼しそうな顔。喋り方も柔らかい感じで、女子の心を揺さぶりそうだ。
僕はあえて返事はせずに席から立ち上がり、その男について行くことにした。「じゃ、岡後さん」
まだ昼休みは長いし、どうせ大した用事じゃないんだろう。また小束の時みたいな誘いだったら断ってやろう。
連れて行かれた先は人通りの少ない渡り廊下。その呼び名に相応しく、利用している生徒は一人もいなかった。と思いきや、一人、茶髪の男子がそこに待機していた。
「そいつが実神って奴か?」茶髪の男子は低い声で言う。謎の男子よりもさらに高い身長、体格もラグビー選手のように良い。さらに目つきの鋭さもあってか、僕には不良、ヤンキー辺りにしか見えない。偏見だけど。
「そうだよ」と、茶髪の男子の問いに答えた男子はこちらを向く。相変わらず涼しい顔をしてらっしゃる。「僕は乗越光多。あだ名は嫌だから名字か名前で呼んで」
「俺は上谷上千鳥。先に言っておくと、上谷上が名字だ。長ったらしいから名前で呼んでくれ」そう言って壁にもたれかかっていた身体を離す。
「はぁ。僕の名前は聞いてる感じですかね。で、何の用ですか?」
「お前、異世界人だろ?」
「はい?」
「ちょっと、千鳥、いきなり言ったって分かんないだろ?」
「いいだろうが。俺はこういう面倒くさいのは嫌いなんだよ」
「千鳥は何でもかんでも面倒くさいって言うからなぁ。その癖、直した方がいいよ?」
「うるせーよ。お前は俺の親か。大体そんなに長い付き合いじゃないだろうが」
「もう2週間くらいになるけどなぁ」
「短いだろ」
「僕にとっては2週間は20年なんだ」
「お前歳いくつだよ?」
「あのーお二人さん?」いつまで経っても話が終わりそうに無い二人の間に入って会話を止めさせる。「えっと、僕に用があるんですよね。異世界がどうだとか」
「だからお前は異世界人だろって聞いてんだよ」千鳥くん――千鳥でいいか。君付けが似合わない名前だし。にしてもかっこいい名前だな。千鳥はさぞ面倒そうに僕に問う。
「異世界人?何それ食えんの?つーかそんな人間いるわけないじゃん」
ここで「ああ、そうだけどそれがどうした」なんて間抜けなことは言わない。間違いないく変な奴だと勘違いされる。この世界には超能力さえ存在しないのだ。
「何か警戒してるのかもしれないけどさ、僕達も異世界から来た人間だから、隠すこと無いよ」
乗越しくんの言葉に僕は内心で驚く。というか、後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
「本当なのか?」
「本当だよ」と、乗越くんは優しげな笑顔を僕に向けてくる。続いて、僕に自分と千鳥の素性を明かしてくれた。
乗越くんは、色々な世界を廻っているらしい。この世界で五つ目だそうだ。乗越くんが元々居た世界は妖怪が出没するような世界らしい。僕からすれば漫画くらいでしか見たことが無い、想像し難い世界だ。そして彼自身妖怪を退治する陰陽師、だそうだ。実年齢は21歳。
何で陰陽師が異世界を移動できるんだと聞くと、「それは関係ないよ。世界なんてある技術があれば簡単に移動できるしね」とのことだった。技術の問題なのか、とは突っ込まなかった。
「この世界は呪術とか戦術について、興味を示す人が少ないみたいだね」と、乗越くんはまいったといった感じで呟いていた。知らねーよと言い返したくなった。
続いて千鳥は、錬金術師。
「――って錬金術師!?」思わず唾を飛ばしてしまった。
「何だ?文句あるのか?」千鳥は鋭い目つきでこちらを睨んでくる。
「錬金術師、って、あの錬金術師か?」
「別に俺の右腕と左足は金属なんかでできてないぞ」
「あ、そう――」
何で『あの錬金術師』って言って通じるんだよ。千鳥の居た世界もこの世界と似てるんだろうか。
千鳥は乗越くんのように世界を廻っているわけではない、らしい。その逆で、勝手にこの世界に飛ばされたらしい。僕と同じだ。そして千鳥もまた、早く自分の世界に帰りたいらしい。
「千鳥が居た世界は、この世界と似てるのか?」
「ああ、この世界には錬金術は無いが、俺の居た世界にはある。それくらいの違いしか無い」
成程。なら僕の居た世界とこの世界の違いも、その程度のものと考えて問題ないはず。やれやれ、やっと馴染んできたぞ。そしてこの二人がどういう人間かということも分かった。だが――。
まだ僕の中にある疑問は消えていない。
「でさ、何で二人は僕をここに呼んだんだ?ただ僕に素性を明かしたいだけじゃないだろ」
「その通り。これから重大な話があるんだよ」乗越くんは、待ってましたと言わんばかりの明るい声で僕の問いに答える。「実神くん、君がこの世界に来たのはいつか、分かる?」
「僕がこの世界に来たのはいつか」復唱してみた。そして考える。僕がこの世界に来たのは………。アナログ時計交錯空間を抜けて、岡後さんに起こされた時なんじゃないかな。
「昨日の、昼休み、だと思う………」
「やっぱりそうだよね」乗越しくんはやたらと納得したように大袈裟に頷いた。
「僕は昨日でこの世界から消えるつもりだったんだよ。その前に千鳥を元の世界に戻してから。それが昨日の夕方くらい。けど、どうしてもそれができなかった。この世界の出口が閉ざされてるんだ。そこで僕は考えた。出口が閉ざされるということは、誰かが出入りした可能性がある、と……」
「そ、それで?」緊張しながら問い返す。
「昨日、実神くんが来てから、この世界は閉ざされてしまったんじゃないかと、僕はこう考えた。だからって実神くんが悪いという話じゃない。でもこの状況は何とかしなくちゃいけない。ということで、僕は原因を探すために実神くんと話をしようと思った」
僕が世界を閉ざした原因だって?そんなことあるわけがない。僕は神でも仏でも無い。そんな大層なことができる人間じゃない。
「じゃ、今度は実神くんの素性を明かしてもらおうかな」乗越くんは相変わらずの笑顔でそう言った。
全く、いけ好かない奴だ。
さて、どこまで話そうか。