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#実神鷹 ―異世界― 1

 これは悪い夢なのか?



 どこかのどら焼き好きのロボットが使っていた、時空をこえるマシンに乗った時の背景が見える。


 簡潔に言えば、針が暴走するアナログ時計がいくつも見える、あの景色。


 見る限りではトンネル型の空間を、僕は横向きに移動していた。服装は………制服か。


 「何だよこれ」


 僕はのび太くんみたいに眼鏡も掛けてないし、出来損ないでもない、と思ったが、さすがにこれではのび太君に失礼だろう。ごめん、のび太くん。君はやればできる子だよ。


 やはり夢なんだろうか。そもそも僕はさっきまで何をしていたんだっけ。制服を着てるということは、学校に居たのか、登下校時か。と、少し探偵風に推理をしてみる。


 この空間は一体何なのか。時空のトンネルなのだろうか。行き着く先が江戸時代だったらどうしよう。洋服なんて着てる人、居ないだろうなぁ。せめて明治以降にして欲しい。まぁこのトンネルがタイムトラベルのトンネルだったとしたらの話なんだけど。


 どう考えても目の前で起こっているのは超常現象だが、僕は不思議と恐怖は無かった。人間は初めての経験をする時は不安や恐怖に襲われるものだとばかり思っていたが、どうやら僕の誤解のようだった。あ、でも女の子の初体験って皆怖いんじゃなかったっけ?


 一つ、大きなあくびをした。最近寝不足だったっけ。僕の下には何も物体は存在して居ない(少なくとも僕の目にはアナログ時計しか見えない)のに、僕はそこに寝転がることができた。が、背中には床のような堅さも、布団のような柔らかさも感じない。


 僕はすっと目を閉じてみた―――。何も見えない。当たり前だ。







 どっかから声が聞こえる。僕を起こしに来てくれたのだろうか。


 「実神くんっ、起きて。次の授業、移動教室だよっ!」


 んー………。


 僕はすっと目を開いた。正確に言えば瞼か。そんなことはどうでもいいと言える様な光景が眼前に広がる。


 岡後さんが目の前に居た。


 周りを見渡すと、ここは学校の教室みたいだった。そして僕が寝ている教室なんだから、ここは一年一組の教室のはずだ。僕がこの体勢で見る限りでは、だ。僕は机にうつ伏せで寝ていた。記憶の内では異空間で仰向けだったはずだけど、あれはやはり悪い夢だったらしい。


 「ごめん、岡後さん、行こうか……」


 「うんっ!」


 随分ご機嫌な様子だった。何かいいことでもあったんだろうな。と、一人合点し、僕は移動教室に向かおうとした、のだが。


 「音楽室ってどこだっけ?」


 けど僕のど忘れなんてよくあることだし、特に気にしなかった。けど一応、岡後さんに悟られないように岡後さんの後についていった。マジで忘れたかもしれない。


 5時間目の音楽ほど眠くなる時間は無い。僕は多少の音楽知識はあるので、音楽に興味が無いというわけではない。むしろ好きな方だ。バイオリンとか、弾いてみたい。


 しかしそんな僕の思いに反して、楽器の音というのは無性に僕の眠気を運んでくるのだ。春のそよ風に近い。五月晴れの中、昼休みに入ってくる暖かな風。眠くなる成分でも含まれてるんじゃないかと疑いたくなる。


 睡魔とのバトルを終え、6時間目も乗り切り、やっとの思いで迎えたホームルームはいつもより早く終わり、何となく得した気分で岡後さんと別れた直後のこと。


 僕は声の前にその足音を聞いた。タッタッタッタッタッタッ――。


 「実神!」


 「よお、風を切って走る少女」


 いつもは心の中で呟いていたけど、ちょっとコンビニ寄ろうぜ、くらいの軽い気持ちで今日は声に出してみた。


 独特の雰囲気は今日も顕在だが、少し違う種類の何かが混じっていた。なんて、僕はそこまで雰囲気を読める人間じゃない。


 「実神、今日放課後暇でしょ?ちょっと付き合いなさいよ!」と、今日はいつもより顔は近くなかった。普通普通。別に期待してなかったけどさ。


 「付き合う?悪いな。僕には好きな人がいるんだ」と、小金井を冷やかしてみる。


 「そ、そっちの付き合うじゃないわよ!何言ってんのあんた!バカじゃないの!」小金井は顔を真っ赤に染めて言う。多分怒ってるから赤いんだろう。他に赤くなる理由なんて……。


 「わりぃ。冗談だよ。確かに放課後暇だけど、寝不足だから帰って眠りたいんだけど」


 「だめっ!暇なら来なさい!」


 「それが人にモノを頼む態度か?」僕は貴族が平民を見るときのような見下しかたで、小金井を上から目線で睨む。物理的にも上からだしね。


 「………もし暇なら、……あたしについて来て」


 「ついて来て?」


 「つ、ついてきて下さい……」


 「それは誰に言ってるのかな」


 「つ、ついてきて下さい、実神様っ!」


 「やればできるじゃん」僕は小金井の頭にポンっと右手を乗せた。小金井の耳がまたまた真っ赤に染まっていく。そりゃぁこんな事されたら怒るよな。そのくせ僕に従うところが面白い。


 それにしても、実神様って聞くと神様みたいだな。


 「でさ、小金井はどこ行きたいわけ?」


 右手を頭から離して、僕は小金井を窺う。すると、少しモジモジと女の子らしい仕草をした後。


 「ミスタードーナツ。今、100円セールだから……」


 こいつにも女の子らしいところがあるんだな。と、暢気なことを思った。


 この時の僕は暢気すぎたんだ。


 


 



 ミスタードーナツまでの道程、僕は間を持たせる為にわざと分かっていたことを聞いた。こんなことをするから僕はデリカシーの無い奴みたいに思われるんだろうな、と後悔を予測しながらも。全くひねくれてるなぁ僕って。


 「小金井、ミスタードーナツがどこにあるか知らないのか?もしそうなら友達に教えてもらえばいいだろ。何でわざわざ僕がついて行く必要があるんだよ」


 「だって!あんな店、女の子一人で入りにくいんだよっ。友達は皆用事あるって言うし」


 「それで、男と一緒に行こうということか――。もしかして僕って、お前の中で一番信用ある男子だったりするのか?」


 うわ。ナルシストだ、僕。分かっているのに、わざとこういうことするから以下略。


 「うんっ」


 肯定されました。


 正直、女子に――否、小金井にそう言ってもらえるのは非常に光栄なことだ。よく分からん女子に告白されるよりいくらか嬉しい。友達は大切に、だな。


 えと、僕達って友達だっけ?


 そんな疑問を抱きながら、駅前のミスタードーナツに僕らは入店する。折角来たんだし、僕も何か買って帰ろうかな、とトレーに手を伸ばしたその時。


 「ちょっ、あんたは買っちゃダメだって!」


 小金井にトレーを取られた。「お願い、ちょっとだけ黙ってて」小金井はそう言うなり、慣れた手つきでドーナツを三つ取り、レジまで持っていった。お、オールドファッションの珈琲チョコだ。小金井も好きなのかな。


 僕は何と言うか、小金井の彼氏で、彼女に会計を任せているみたいになった。小金井は会計を済ませると、ドーナツの袋を片手にもう一つの手で僕の左手を取り、僕達は逃げるように店を後にした。


 店の外の飲食コーナー的な場所まで僕は小金井に引っ張られた。律儀にもちょっとだけ黙ってて、という小金井のお願いを僕はまだ守っている。そう、僕は基本的に律儀な奴なのだ。


 「…………………………」


 「…………………………………」


 「……………………………………………」


 「ね、ねえ、なんか喋ってよ。黙ってる実神って怖いよ」


 「あ、喋ってよかったんだ。ちょっと黙っててって言われたから、念のため黙っておいたんだけど」


 「り、律儀ね」

 

 「それは褒め言葉だよな?」


 「多分ね。そういうの、何て言うんだっけ。えっと、正方形男子?」


 「僕は二次元の生き物になったのか」


 ちなみに僕は小金井が言う言葉が何か分からない。草食男子じゃないのか?けど正方形と草食はのび太君でも間違いようが無いだろう。あ、のび太くんはまだ小5だから草食とかよく分からないかな。あ、でも恐竜に詳しかったっけ。


 「あのさ、僕もドーナツ買いたかったんだけど……あ、もしかして僕の分も買ってくれたりしてる?」


 そうだとしたらお金を返さないと。


 「ううん。買ってない。だってさ、一人で三個買うのって恥ずかしいじゃんっ!だから、店員さんに二人で食べるんだなぁみたいなことを考えさせたかったんだよ!」

 

 「女の意地……恐ろしいな。っていうか、お前は何個食うつもりだったんだ?」


 「二つ。残りは…………家族へのお土産」


 僕に譲る気は無いらしい。まぁいいか。もう用は済んだわけだし、バスに乗って帰って寝よう。何だか急に眠くなった気がした。


 「じゃ、僕もう帰るから、またな」と小金井に手を振り、バスターミナルに向かう。


 ああ、そういえば、小金井と初めて会ったのはここだったな。僕は4月のあの日を思い出す。確か何かの理由で寝不足だった日のことだ。


 痴漢に襲われた女性が悲鳴を上げ、逃げた痴漢を追う小金井。あの頃から風を切って走っていた。


 『いいからっ!鞄を置きなさい!早く走れないでしょ!』


 『後であたしが持ってきてあげるから!おきなさい!』


 痴漢の犯人を追いかけてるときの口調、今でも全然変わってないじゃないか。というか、初対面の時からこの口調だったとは驚きだ。


 「待ってよ実神っ!あたしもバス乗るんだからっ!」


 早歩きしていた僕に小金井は走って追いついてきた。


 「別に一緒のバスに乗るわけじゃないだろ」


 「何言ってんのよ。同じバスに決まってるじゃない」


 「あ………」


 同じバスだからあの時出会ったんじゃないか。寝不足で思考回路がいまいち働いてない感じだ。


 「あれ、小金井、いつもは鞄持ってないのに今日は持ってるんだな」


 「え?鞄?」はて?と不思議そうに僕を見てくる。


 「ん?いつもは鞄をテレポートさせてるんじゃなかったっけ?自分の部屋に」


 「何言ってんの?テレポート?いきなりどうしたのよ実神」


 「………は?」


 悪い冗談だろ。


 小金井がこんな冗談言うなんて珍しいな。しかもそんな不思議そうな顔で僕を見てきたりして。


 「実神って、もしかして超能力とか信じたりしてるの?」


 「な、お前……何言ってんだよ。お前、超能力者だろ?テレポーターだろ?冗談きついって」


 さすがの僕も少し不安を覚ざるを得ない。小金井の表情も嘘じゃないように見えてくる。何だ。僕がおかしいのか。そんなはず無い。だって小金井は僕の前でテレポートを見せてくれたじゃないか。あれが夢のはずがない。


 「実神って意外と夢見がちなんだね……」と、続く言葉に僕は動揺を隠せなかった。動揺どころの話じゃない。


 「この世界にそんな不思議な能力があるわけ無いじゃん」


 「―――――っ!?」


 「えっ実神、本当に驚いてんの?嘘でしょ。冗談だよねっ?」


 世界がまるごとひっくり返ったかと思った。


 鉄棒で大車輪してる人の気持ちが分かりそうだ。


 ああ、鉄棒なら小学校の時にやってたじゃないか、あの感覚に近い。


 逆さまになって、頭に血が上る。


 「み、実神、バス、来てるよ」


 だからどうした!


 こいつの言うことが本当なら。


 僕は携帯を取り出し、電話帳も開かずに覚えている電話番号をプッシュする。僕が覚えているのは姉と岡後さんの番号だけだ。

 

 プルルルルルル―――コールサインが鳴る。1回、2回、早く!早く出ろ!3回、4回、5回、どうして出ないんだ!僕がおかしいのか!僕の携帯がおかしいのか!息が荒くなるのが自分でも分かる。


 はぁ。はぁ。はぁ――。

 

 7回目のコールで岡後さんは電話に出てくれた。


 「もう、実神くんっ。こっちは部活中なんだよ?先輩に怒られちゃうでしょ」


 ああ、いつもの岡後さんの声だ、と僕は少し冷静さを取り戻す。呼吸が少し楽になる。心臓が少しスローに、でもまだ早いまま鼓動を打つ。


 僕は喋らなくちゃいけないのに、声が出ない。息だけが口からスースーと抜けていく。気持ち悪い。頭が痛い。気分が悪い。大麻の禁断症状なんて案外こんなものなのかもしれないと思う。僕は大麻なんて使ったこと無いけれど。


 「お、岡後さん」そこで一旦深呼吸をし、再び続ける。「岡後さんって、入院したことあるよね?」


 文化祭の日に。僕の不注意で。

 

 「入院?」そう、入院だよ!「入院なんかしたこと無いよ。それに私、風邪も引いたことないよ」


 今度はめまいがした。


 親指で電源ボタンを押し、通話を切る。そして近くにあったバス待ちの人たちが座るであろうベンチにどさっと崩れ落ちた。


 何だ、案外僕ってこんなものなんだ。


 こんなことで倒れてしまう、弱い人間なんだ。僕は今までの人生、勘違いしてきたよ。ずっと、自分は強い人間だと思ってたよ。いじめにも負けない人間。岡後さんを守れる人間。そんなものは僕の空虚な妄想だったんだと確信した。


 僕は弱い。


 ベンチに座ると、今度はとても冷静になれた。


 あのアナログ時計が交錯する空間での出来事は夢なんかじゃなかったのかもしれない。


 少なくとも、僕の知ってる世界では超能力も魔法も存在していたし、実際に僕も自分の目で見た。でもこの世界は違う。『こっち』の小金井は超能力なんて無いと言った。冗談じゃないんだろう。『こっち』の小金井と『あっち』の小金井はほとんど同じ性格をしているようだし。


 そして決定的な違い―――岡後さんの話だ。岡後さんは入院していない。『こっち』の岡後さんは。


 でも岡後さんは確かに病院のベッドで横になっていた。意識は無し。僕はこの目でそれを見て。確か2週間経っても意識不明のままな岡後さんを心配してたんだ。


 ―――そうだ。その帰りに僕は変な夢を見たんだ。例のアナログ時計交錯空間。


 あの空間を経て、僕は『こっち』の世界にやってきた。


 どうだ。これで辻褄が合うんじゃないか。


 

 僕はやっと自分の置かれている状況を把握することに成功した。


 今、自分でも驚くくらい冷静だ。


 相変わらず頭痛は残るものの、だ。


 ふと、横を見ると、心配そうな面持ちでこちらを見る小金井こっちの顔があった。


 「大丈夫?」


 「大丈夫。小金井に心配して貰えて嬉しいよ」今日は特別大サービスだ。


 「帰ろう……」


 丁度来たバスに乗り込む。小金井の顔は相変わらずの紅さだったけど、怒っている風ではなかった。




 

 こっち側に来て一日目。


 僕は己の弱さを知った。



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