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#実神鷹 ―病院から― 1

 僕は何て馬鹿なことをしたんだ。


 先輩にあれほど注意されておきながら。


 ちょっと心を揺さぶられただけですぐにこれじゃないか。


 もう嫌だ、考えたくない、なんて戯言を吐いて逃げようとした。


 これから嫌というほどこういう体験をすると、あらかじめ教えてもらっていたのに。


 どれだけ後悔しようと、もう遅いということは分かっている。だけど。


 後悔せずには居られないのだ。後悔しなければ人間失格だ。


 後悔するしか償う方法は無いんだ。そうだ。


 僕が悪い。僕が悪い。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい、岡後さん。


 僕は岡後さんを守れなかった負け犬だ。こんな負け犬、生きる価値なんて無い。


 早く死んでしまえばいいんだ。そうだ、死のうか。ここは6階だ。窓から飛び降りれば十分死ねる。


 僕はイスから立ち上がり、窓をすっと開ける。気持ちのいい風が僕を後押しする。


 死んだら楽になれるよと、風が語りかけてきているようだった。




 ふいに振り返ってみた。そこには先輩が居た。


 こちらを睨んでいる。


 「確かにお前はバカだけどさ……」と、嘆息しながら先輩は続ける。「どうしようもないバカだけどさ、いや、バカだからこそ、教えてやるよ。今お前が死んでも、何の解決にもならない。お前の勝手な思い込みからお前が解放されるだけだよ。よく考えてみろよ実神。深く、考えてみろよ実神。岡後さんが目を覚ましたときにお前が死んでいたら、岡後さんがどうなるか」


 先輩はその後、優しく僕に微笑む。今まで見たことの無い、正に天使のような笑顔だった。


 「岡後さんを泣かせないって、決めたんだろ?男だったら自分で決めたことくらい守れよ。それともお前はオカマか?」


 シリアスなシーンがぶち壊しの発言だ。と、僕は突っ込みを入れる段階まで冷静さを取り戻した。少なくとも、自分でそう思えるくらいには、と。


 「僕はれっきとした純血の日本男子ですよ」


 「じゃあ決まりだな」と、先輩はこちらを指さして言う。「とりあえず窓を閉めようかな。まだ死にたいって言うなら、自殺はさせない。あたしが殺してあ・げ・る☆」


 「☆って自分で言わないでください」


 「こら、病院で大声出さない」


 病院……というか、ここはその中の病室。ベッドには岡後さんが横になっている。


 



 

 岡後さんとは校門で別れた。


 それはただ、自然に、帰る方向が逆だったからだ。僕は駅の方へ向かい、彼女は駅とは反対側の住宅街へと向かう。本来なら僕は反対方向だろうが岡後さんを送っていくべきだったのだろうけど、先輩の言葉が頭から離れなかったせいもあり、そういうことは頭の中から消えていた。


 襲われたのは、学校から岡後さんの家までの間。中田さんが岡後さんの後をつけていると、一人の男が話しかけてきたそうだ。中田さんは無視していたらしいが、その男が能力を使っただかでちょっとした争いになり、その争いの間に岡後さんは誘拐されかけた。


 誘拐未遂。


 中田さんが間一髪、その男と誘拐犯を例のバイオリンを使って倒したらしく、誘拐は未遂で終わることとなったわけだ。


 「男達はグルだった」と、中田さんは言っていた。「私がもう一人の男を相手にしている間に、誘拐犯――こいつも男だったが、岡後さんに対して能力を使ったんだ。そして、岡後さんは意識を失った。男達を倒した後に救急車を呼び、この病院まで運ばれた………。これでいいか?」


 「……分かりました。ありがとうございました」


 「仕事だからな。それじゃ、また会おう、実神。私はもう行く」


 と、こんな感じで中田さんはこの病室を後にした。色々忙しそうな人だ。






 「にしても、何だろうな、このタイミング……」


 「何がよ?」


 「先輩にあんなこと言われた直後ですよ。正直今、すごくへこんでるんですから」


 先輩は興味ないといった様子で自分の髪の毛をいじり始めた。女子高生なら可愛い仕草かもしれないけど、生憎先輩はもっと年上らしい。にしては若く見えるなぁ。


 「……サイコメトリーであんたの心を捉え、それが油断、もしくは不安定な様子を見せた時に事を実行すれば、成功率は上がるのかもしれないな」


 さっきより小さな声だった。病院という環境からなのか、心情からなのか。


 「レベルの高い話ですね……。無能力の僕には到底ついていけない。けど先輩、そんなレベルの高い奴らがいちいち僕の心情を気にするんですか?そんなもの考える必要は無いと思うんですけど」


 「さぁ。あたしは知らないけどさ。実神、案外あんたの力ってのは大きいのかもしれないよ。抑止力って分かる?」


 「イチローのレーザービームみたいなもんですか……」


 おっと。これはちょっと分かりにくいか。僕は野球が好きだから分かるんだけど。


 けど先輩は、「分かってればいいよ」と、笑顔を見せてくれた。イチローの話には触れてこなかったから、先輩が分かっていたかどうかは分からなかった。


 岡後さんは、変わらずベッドに横たわっている。さほど苦しくなさそうな呼吸音が微かに聞こえてくる。医師の話によれば命に別状は無いが、いつ意識が戻るかは分からない、とのこと。


 命に別状が無い、と聞くだけで、僕の心は随分軽くなる。


 それでもさっき僕は、考えすぎて頭がおかしくなり、自殺未遂までした。今死んでたと考えればひやっとするが、僕は岡後さんのためなら死ねるかもしれない。


 そう思った。


 そうして岡後さんが喜ぶかは知らないけど。


 人のために死ぬなんて、映画の主人公じゃあるまいし………一瞬そう思った。


 思ったけど……。


 「実神!また死のうとか考えてるんじゃないでしょうね!」


 小さな声で、口調だけ強くして言われた。僕は首を横に振る。


 「いいえ。もう死にません。岡後さんが生きてる間は」


 「…………………ばか」一瞬、ハッとした表情を見せた後、先輩はそう言った。


 「え?」


 「実神のばか!ばかばかば~か!」


 さっきとは打って変わって大声で叫ぶ先輩。こちらに寄ってきて僕の胸倉を掴んだ。


 目に涙を溜めて。その目で僕を見つめて。


 「…………………ごめん」


 「ど、どうしたんですか?」


 先輩がこんなに取り乱す場面を僕は見たことが無い。


 先輩は急に力が抜けたようで、だらん、と僕に体重を預けてきた。僕はそれを受け止める。


 また、だ。


 先輩を抱くような形になった。先輩は僕の腕の中で涙を流している。僕は何も言えないまま、ただただ黙って先輩を支えるしかなかった。


 しばらくして「もういいよ。ありがとう……」と、先輩は涙を拭いた。こういう時に僕は女の人の涙を拭くべきなんだろうが、僕はまだそこまで男ができてなかった。


 いつか、岡後さんが泣いてた時もまた、僕は抱きしめるだけだったというのに。


 「成長してないな………」心の中で呟いた。悔しい。


 「先輩、どうしたんですか?いきなり泣いたりなんかして……」


 自分より小さなその肩を抱いたまま、先輩に問う。もっと気の利いた言葉を言いたかったけど、僕の語彙は一般人とたいした差異は無い。


 「いきなりごめんね………ほんとあたし、何やってんだろ。実神に迷惑かけるなんてね……」


 顔を起こしながらそう言う先輩。まだ目には涙が溜まっていた。その目が異様に可愛くて僕は少しどきっとした。


 「ちょっと、ちょっとだけ、昔のこと思い出したんだ。昔の、彼のこと」


 先輩は淡々と言う。


 「彼?」


 「今日はもう帰ろう。遅いし」先輩は自分の力で立ち上がり、振り返らずに病室を出て行く。僕は岡後さんに「また明日」と言って先輩の後を追った。


 



 


 帰り道で先輩は唐突に、また淡々と語りだした。


 「彼ね、あんたと似てるのよ。彼もあんたと同じ事言ってた。『霞が死ぬまでは俺は死なない。俺は死ぬまで霞を愛し続けるよ』って。たしかにちょっとクサいけどさ、あたし、格好いいって思ったんだ。けど、彼は」


 ちらっとこっちを見て、再び視線を前に戻し、先輩は続けた。


 「彼は死んだの。交通事故とかじゃない。マンションの14階から飛び降りたの……」


 「……………………………」


 「あは。あたし、バカだね。まさかまだ引きずってるなんて思ってなかったな。あんたが窓を開けた時点で全て察することができた理由が分かったよ」


 年頃の女子高生のように、自分の過去を語る先輩の姿。見ていると何故か心が落ち着いた。


 「先輩、僕に惚れたんですか?」


 場を和ませるためにこんなことを言ってみた。


 「…………ばーか」


 罵られた。酷い。先輩は意地悪だ。


 岡後さんの居る病院は、もう見えなくなってしまった。僕は名残惜しく病院のある方を振り返る。


 自殺はしなくとも。


 こうなったのは僕のせいだ。その事実は変わらない。


 責任逃れするくらいなら、必要も無く責任をかぶる方がマシだ。


 多分僕はこの気持ちを一生忘れないだろう。


 


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