#実神鷹 ―のちの祭り― 6
「お、ここ涼しくていいねぇ。超穴場じゃんか。で、こんないいとこで何をしてたんだ?」
「先輩こそ、最近――というか、今日もですけど見なかったですけど何してたんですか?」
「あたしはちゃんと仕事してたの。あんたたちはどうせいちゃいちゃしてたんでしょ」
先輩はニヤニヤと笑って僕の肩に腕を回した。そして岡後さんに聞こえないように僕に耳打ちする。
「とりあえず変な奴らはいないみたいだから安心しろよ」
最後にウインクして、回した腕を離した。
そうか、先輩は岡後さんの為にパトロールをしていたのか。最近見なかった理由が分かった。
「中田さん、今日はスーツじゃないんですね」僕は中田さんに視線を移しながら言った。
「俺も人間だからな」と、中田さんは無愛想な態度だった。何か皮肉られた気分だ……。顔には出さないが。僕は中田さんの持っているある入れ物に注目する。
「中田さん、それ、前も持ってましたよね。何が入ってるんですか?」言うならばひょうたんの形に似てなくも無いその入れ物。何でできているのかは僕の目では分からない。
「バイオリンだ」
「バ、バイオリン?」
「何だ。おかしいか?」
「いや、おかしくないですよ。けど、何故バイオリンを持ち歩いているんですか?」
相変わらず表情を変えない中田さんは淡々と言った。
「これは言わば俺の武器さ。魔法使う時の魔法陣みたいなもの」
魔法陣……と言うと、バイオリンを弾いて攻撃するのか?
何かよく分からない。
「まぁまぁ実神、細かいことは気にするなって。今日は祭りだろ?楽しんだ者勝ちって言うだろ。だろだろ?で、実神、あたしもたい焼き食べたいな。おごってよ」
「あたしもって……先輩、いつから居たんですか。まさか隠れて僕達の話聞いてたんですか?」
たい焼きの話を知ってるっていうことは、だいぶ前からか。嫌らしい先輩だ。
「それにしても実神は優しいね。わざわざ焼きたてのたい焼きを舞魅ちゃんにあげて、自分は余ってたほうのたい焼きを食べるなんて。しかも舞魅ちゃんに悟られないようにするなんて……。えらいえらい。惚れちゃいそうだよ」
「ちょっ先輩――」
「え……実神くん、そんなことしてたの……」
「……………」
あの女め……。
「ありがとう」
「え?」
「実神くん、さっきの、本当なんでしょ。だから、ありがとう……」
…………………
横目で先輩を見ると、またまたウインクをしていた。
全く……こっちは恥ずかしいのによ。
「あは。実神、たい焼きおごってよ」おちゃらけた高校生のように言う先輩。
「はいはい」
こうして僕は、岡後さんの「ありがとう」に免じて(どんな免じ方だよ)先輩にたい焼きをおごることになった。
でも何だろう。この胸が熱くなる感覚は。岡後さんの言葉に対するものなんだろうか。
「実神ってさぁ」と、先輩は歩きながら僕に話しかける。さっきとは全然違う、真面目な表情だ。
「岡後さんのこと好きなの?」
「……さぁ。自分でも分からない。ただ、嫌いじゃないってことくらいしか。先輩は誰かを好きになったこと、ありますよね?」
「あるよ。高校生の頃に」
「ああ、そういえば先輩、僕より年上とか言ってましたね。今何歳なんですか?」
「敬語止めろよ」
「先輩、年いくつ?」
「23だ。馴れ馴れしいよ」
どっちだよ。
敬語やめろだ馴れ馴れしいだ。相変わらずの猫っぷりだ。
確か猫舌の話もしたっけな。先輩も恐らく聞いてるんだろう。僕は少し気になったからという些細な理由で、先輩に問いかける。
「先輩は猫舌?」
すると先輩は「んー……」と少し悩んでから答える。「まぁ猫舌かな。熱いコーヒーとか苦手だし。あ、あと味噌汁とかな。それがどうかしたのか?舞魅ちゃんも猫舌とか言ってたけど」
「いや、興味本位でちょっと」
「そっか」
たい焼きの店はさっきよりも客が多かった。やっと順番が回ってきたところで、先輩は小倉あんを二つ注文した。
僕が「二つも?」と聞くと、先輩は「一回やってみたかったんだ。両手にたい焼きってやつ」と、いつもの軽い口調で言った。成程。僕と二人なら二つ注文できるって寸法か。でも僕、さっきもこの店来たんだけど。しかもさっきは岡後さんと。まるで、複数の女の子を連れ歩いているみたいだ。
たい焼きを受け取り、さっきと同じ金額を僕が払う。さすがに、歩きながら両手にたい焼きはしないようで、岡後さん達のところで食べるようだった。
「そういえば実神、舞魅ちゃんのことで言っておきたいことがあったよ」
「それは聞いておくべきかな」
「うん。舞魅ちゃんさ、記憶喪失だって自分で言ってるけど、あれはどうやら違うみたい」
記憶喪失じゃない!?何を言ってるんだ?
「!?それは……それは、何故そうだと……」
「何か違うんだよ。記憶喪失にしては、何か人間として抜けているものがあると思わないか?」
何を言っている。それは一体何語なんだ。先輩とは違う言語で会話しているのか。そんな。記憶喪失じゃないなんて。そんなことがあるわけない。だって本人に記憶が無いんだ。おかしい。先輩の言ってることはでまかせだ。
「落ち着けよ実神。落ち着け。冷静、冷静」
僕は大きく深呼吸して言う。
「でも先輩、記憶喪失じゃないとしたら、一体どういうことに……」
「この世界には魔女も超能力者も魔術師もいるんだ。そんな世界に『人間以外の存在』が居たとしても、あたしは驚かないよ」
「…………でも先輩。―――あれ?先輩って岡後さんのことについては知ってるんじゃなかったっけ。岡後さんが狙われる理由とかも」
「知ってるよ。けどそれが、何の存在であるかまでは知らされてない」
「何の存在?」
存在って何だよ。
「おっと、言い過ぎたね。また今度にしよう」
岡後さんには聞かせたくなかったんだろう、例の木陰につく前に先輩は話を切り上げた。
何の存在か、と先輩は言った。
まさかそんな話が出るとは思ってなかった僕は、内心すごく驚いている。真冬にいきなり打ち上げ花火が上がった時のようだ。
「お帰り、実神くん」
ご機嫌な岡後さんは笑顔で僕にそう言ってくれた。このご機嫌は先輩のおかげだ。
「ただいま」
先輩の言葉が頭にちらついて、笑顔で返すことができなかった。
「どうしたの?実神くん」
「うん?何でも。少し疲れただけだよ」と、僕はあくまでも何事も無かったかのように装った。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。岡後さん」
人間以外の存在。
そんな事ありえない。
こんなに純粋に僕を心配してくれる岡後さんが、人間以外だなんて。
でも、どうして岡後さんは変な奴らに狙われてるんだろう。
いろんなことがありすぎて分からない。
頭が痛くなってきた。
もう考えたくない。