#実神鷹 ―のちの祭り― 5
「あつっ!」
「大丈夫?たい焼きって、中熱いから気をつけないと……」
僕もたい焼きとかあんまんのあんで、舌を火傷した経験がある。
岡後さんは、たい焼きを少し冷めてから、改めて口に運んだ。すると今度は「あ、おいしい!これ」とと言った。
「ね、実神くん、たい焼きの『たい』って何のことを言ってるの?」
「え?たい……は、たいだろ。鯛。えっと、魚のなかに鯛っていう種類があるんだよ。その魚の形をしてるからたい焼き、だったと思うけど」
「へぇ~そうなんだ~。たいかぁ。たいの方もおいしいのかなぁ」たい焼きを食べながらそんなことを言う岡後さん。「たいとたい焼きは、形以外に何の関係も無いよ」なんて酷いこと、僕の口からは言えない。
時刻は午後3時。おやつ時。6月だから、まだ太陽は高く昇ったままだった。
「岡後さん、好きな食べ物とかあるの?」
初対面の相手に対して無難な質問をぶつける人間みたいだ。
「好きな食べもの?んと、たい焼き、かな?」
「もうナンバーワン!?そんなにたい焼きが気に入ったのか」
「私の記憶の中では、たい焼きが一番おいしい食べ物だよ。二番目は、二番目は………えっとね。ハヤシライス?」
「そ、っか。」たい焼きに劣るハヤシライスって……と、ハヤシライスに少しの同情。
「実神くんは?」
「僕はそうだな、寿司とか。まぁ範囲広いからちょっとずるいけどさ」
「二番目は?」
「二番目は……ピザ、かな」
「え、ビザ?」
「いや、ビザじゃないよ。僕の好物はクレジットカードでもマスターカードでもないよ。っていうか、ピザとビザって、本当によく見ないと違い分からないよね」
「え?全然違うんじゃないの?」
「いや、そっちじゃなくて、字面が似てるっていう……」
「ああ、そういうことねぇ」と、しきりに感心された。ビザとピザ。本来全然違うものなのに。
僕は残りのたい焼きを口に放り込み、咀嚼する間に考えた。
自分でも何を考えてるか分からない、不確定なものを僕は考えた。どうにも僕には考え込む癖があるように思えた。腕を組んで、目をつぶって――。まぁ今は口が動いているから、いまいち決まらないけど。何だろう、この『ポーズ』が落ち着く。冷静に冷徹に、物事を見る姿勢。
岡後さんはというと、未だ、たい焼きを食べている。僕はこういうのは食べるの遅い方なんだけど、岡後さんはもっと遅かった。
「岡後さん、もしかして猫舌?」
「猫舌って、何?」
「ああ、ごめんごめん。ええっと、猫舌っていうのは、熱いものを食べれない人のこと。少し冷ましてからじゃないと、食べれない人のことだよ」
「へぇ。そういうの、猫舌っていうんだぁ。そうだね。多分私、それだと思うよ。熱いお茶とか飲めないしね。それにしても、猫舌って何か可愛いね。ちょっとだけ猫になった気分だなぁ」
そう言って、たい焼きの最後の一口を食べた岡後さん。
岡後さん、猫舌っていうのは、実際に猫もそうなんだよ。というか、猫以外にも猫舌ってあるんだよ。基本的に動物は加熱した食物なんて摂取しないから。
「ああ、たい焼きおいしいなぁ。もう一つ食べたいなぁ」
何か今日の岡後さん、口調がいつもと違わないか?
「岡後さんって、食べても太らない体質?」岡後さんは基本的に線が細いからな。
「………………」
「…………………」
……何だこの沈黙は。もしかして僕、気に触ることを言ったのか?『女の子はデリケートなんだよ』という姉の言葉を思い出した。そりゃあ岡後さんも女の子なんだし、その辺は僕の考慮が足りなかったのかもしれない。
そんな僕の心配も束の間。
「えっと、食べても太らない体質?食べたら太る?んん?えっと、よく分かんない。食べたら太る体質っていうのもあるのかな?」
「……………」
驚いた。素直に驚いた。でもよくよく考えてみれば、岡後さんに罪は無い。岡後さんが知らなくとも、僕は岡後さんを責めたりはしない。けど―――。
「あのね、岡後さん。普通の人はね、食べたら太るんだよ」
幼稚園児に、踏み切りの渡り方を説明してるような気分だった。
やっぱり僕は保護者の立場だったけど。
「食べたら太る?食事するだけで太るってことかな」
「いや、そうじゃなくて甘いものとか、カロリー高いものとかを、必要以上に摂取すると人間は太る、厳密に言えば、体重が増えるんだよ」
「へぇ。それは正直、知らなかったなぁ。あ、もしかして、あの時三谷さんが怒ってたのってそういう理由なのかな。確か三谷さん、体重がどうだとか言ってたような……」
「あの三谷さんと過去に何があったんだ!?」
三谷さんというのは、クラス一モテると噂されている美少女だ。いじめられていた岡後さんにも、たまに話してくれていたいい人。まぁ僕は夙川さんのほうが好みだけどね。
「結構話しかけてくれる優しい人だったんだけど、それ以来話してないんだ。あの時も何か話が合わなかったんだ。それより、さっきの話。えっと、普通の人は食べたら太るんだっけ」
三谷さんの話を『それより』の一言でさらっと流した。それに対しての感情は僕は特には無い(あくまでも夙川さんが好みだ)。岡後さんの言ってることは訂正する前と変わってないが、物は言いようだと判断し、反論はやめておいた。
「そう、で、結局岡後さんは……その様子だと、太らない体質らしいね」
「そうみたいだね。胸もあんまり大きくならないけどね」トーンを落とした声で言われた。
「………………」
誰か助けてください。
岡後さんが暴走し始めました。
岡後さんがそんなことを気にしてるなんて……。冗談だろ。
「わ、私だって、そういうことは気にするよっ!だってほら、女子の間でもそういう話が出てくるわけだしっ」
「ああ、そう言われればそうだよね……」
これが普通なんだ。
むしろ、そういう話ができるくらい、岡後さんがクラスに馴染んできたと考えるべきだ。
何だ、いいことじゃないか。ポジティブ。ポジティブ。物は考えよう。
けどやっぱり岡後さんには、純情少女であって欲しい。
何だか最近欲が出てきたよな。中学の頃なんて、そんなことどうでもよかったのに。自分以外のものはどうでもよくて。自分がよければよかったのに。それなのに最近、こんなに欲張りになったのは何故だろう。僕の中に思い当たる節は無い。
僕はわざと冷静を装い、「太らない体質なんて言うと、女子から非難されたりするんじゃない?」と、聞いてみた。
「まだ大丈夫だよ。そんな言葉知らなかったしね。これからそういうこともあるんじゃないかな?」
「それは大変だな……にしては楽しそうだね」
「そんな事無いよ?」と、笑顔で言う岡後さん。
「でも、私はそれくらいじゃ折れないから。うん。大丈夫」自分に言い聞かせるようにそう言った。
また、嫌な過去を思い出してしまった。
中2の頃。僕は部活内でいじめられていた。
その頃の僕は、確かこんな風に―――
「おーい実神」
僕の回想は、ある人の声によって遮られた。
「こんなとこでデートしてたのか。もうキスの時間は終わった?」
「先輩………中田さんも……」
そこには、制服姿の旭先輩と、オールバックに今日はスーツじゃない、洒落た格好をした中田さん。中多さんの右手には、前に見たときと同じ特殊な形をした入れ物。
なかなか面白いカップルだった。