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#実神鷹 ―のちの祭り― 4


 やっとの思いとは正にこのことだろう。




 合唱部が出ている間は、体育館は少し明かりをを落とされた。雰囲気を出すためにしてはなかなかの得策だったと思う。

 

 少し暗くなったこの建物の中で――。


 合唱部は歌った。


 岡後さんも含まれるソプラノが、よく印象に残った。いや、違う。僕は岡後さんの声を追っていたのかもしれない。


 勿論、合唱だから。そんなもの、素人の僕が聞き取れるわけない。


 けどまあしかし。分かっていても人間の身体なんて言う事聞かないときもある。


 とまぁそんなわけであって。


 合唱部の演技は、無事成功を修めた。マジックショー終了時の拍手にも劣らないくらいの拍手が、体育館に響いた。







 「お疲れ様。岡後さん」


 「ああ、うん。ありがとう」


 僕達は今、グラウンドの脇、校舎側とは逆の位置の木陰にて、文化祭の様子を眺めている。


 出店が所狭しと並んでいたり。野外ステージで誰かが踊っていたり。


 男女のカップル。


 女子のグループ。男子のグループ。


 それぞれが思い思いに動き回っていた。


 僕達はそんな人たちとは混ざらず、まるで別の世界に居るように、その様子を見ている。


 「何ていうかさ」と、僕はアンニュイな声で言う。「皆楽しそうだよね。いつもは狭い教室に縛られてるだけなのに、今は開放されてるって感じ。自由って、こういうのを言うのかな、なんて……」


 「何かいきなりだね。偉い人みたい」


 「偉い人みたいって、褒め言葉か?」


 「え、そうだと思ってたけど。テレビとかで出てくるじゃん。心理学者とか、脳科学者とか」


 「ああ、成程ね」


 僕は岡後さんに笑顔を向けた。いつものように、岡後さんは僕に笑顔を返してくれる。


 それが当たり前であるかのように。


 「ねぇ、私、たい焼きっていうの、食べてみたい」


 「たい焼き?たい焼き売ってるところあったかなぁ」


 「あったよ。さっき見かけた」


 ああ、何だあるのか。


 「見かけたときに言ってくれたらよかったのに」言ってから失言だったことに気付く。


 「ごめん。今更言っても意味無いよね。うん。じゃあ買いに行こうか」


 「うん。あっちだよ!」


 急に岡後さんははしゃいで、僕の手を取った。遊園地に入った途端、親の手を引っ張って歩く子どものように。何だか少し、手のかかる子どもを持った気分になった。


 岡後さんは、たい焼きを食べたことが無いらしい。確かにああいう食べ物は、名前は聞いても実際に食べる機会は少ないからな。綿飴とかもそうなんじゃないかな?


 たい焼き屋は、学生がやっていた。まあほとんどが学生の出店だから不思議じゃないが、たい焼きというものが素人でも作れるものだということに感心した。勿論、たい焼き機あっての話。


 「どれがいいかなっ」


 中味は、小倉あん、カスタード、チョコレート、宇治金時あんの四つだった。僕はカスタードは食べれないから、「僕は小倉あんでいいよ」と言った。何となく予想はついていたが、岡後さんは「じゃあ私もそれにする」と言った。


 小倉あん二つを店員さんに注文した。が、余りが一つしか無かったので、焼きあがるまで数分待つことになった。


 「最近、ちゃんと話してなかったよね」僕はあくまでも気軽に、重くならないように話しかけた。


 「うん。だから、今日は一杯喋れるね」


 「そう、だな……」


 「んん?どうかしたの?」


 「いや、何でもないよ」


 何でもない、と、岡後さんには悟られないようにした。


 本当は少し、昔のことを思い出していたのだ。





 中学三年の頃。初めて友達らしい友達ができた時の事。僕とその友達は、二人きりで色んなことを語り合った。クラスメイトなんかとじゃ話せない、腹を割った、友達同士の話。


 小学校の頃から、僕は話をするのが得意では無かった。どちらかと言えば、少し避けていた方なのかもしれない。


 だからあの時。初めて友達と話したときのあの感情が、今でも忘れられない。


 こいつと話していると楽しい。


 こいつと話していると心が休まる。


 こいつと話していると。友達と――話していると。


 嫌なことなんて全部忘れられる。


 そして話し終えた後、友達の見えなかったものが見えるようになった。


 話すだけで、心が通じたような気がした。嘘のようで、本当の話。すごくいい経験だと思う。


 



 「実神くん」


 だから僕は―――


 「実神くんっ。どうしたの?」


 「えっ?」


 「たい焼き、焼けたって」


 「ああ、うん。ごめん。えっと、240円だっけ」


 僕は店員さんにお金を渡して、たい焼きが二個入った袋を手に取った。できるだけ冷静を装って、もといた木陰まで早歩きで戻った。


 「お金はいいから」と、先に断っておいた。120円のたい焼きくらいで、岡後さんに色々考えさえせたく無かった。後で、「ちゃんとお金返すからね」なんて言われたら情けない。


 石段に二人並んで座る。僕がたい焼きを袋から取り出し、一つを岡後さんに渡した。中味は一緒だ。


 「ねぇ実神くん。さっき、何考えてたの?」


 「ちょっと、昔のこと。けど安心して。別に女の子のことじゃないから」


 「え、あ、うん……」


 は。しまった。


 僕は別に岡後さんと付き合ってるわけでも無いのに、何を言ってるんだろう。確かにその友達っていうのは女の子じゃないんだけれど、そんなこと言う必要は無いじゃないか。


 しかも「安心して」なんて、僕は何を格好つけてるんだ。落ち着け。上から目線を自重しろ。


 「岡後さんとはさ、色々話したいことあるからさ」


 僕は岡後さんの瞳を見つめて言う。


 「えへへ、私もあるよ」


 「そっか」


 中3の僕は、こんなにわくわくしてたんだろうか。してないんだろうな。


 自問自答した直後。


 「いただきます」


 僕は岡後さんよりも先に、たい焼きを一口食べた。



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