#実神鷹 ―のちの祭り― 3
僕は今、ステージに立っている。
今から、この見た目が変な女の子、一野谷さんのマジックの助手をやるらしい。
「今から、私はこの黒い箱の中に入りま~す。この箱はダンボールで作ったものなので、タネも仕掛けもありませ~ん」
黒塗りのダンボールをまわして観客に見せる。僕は他の人より近くで見えるが、確かに仕掛けは無さそうだ。観客の見えてない反対側には、人が入るためであろう小さめの扉が見えた。他にこの箱に入る方法は無さそうだ。
「じゃあ私はこの箱の中に入りま~す。ちゃんとマイク持ってますから、中でも喋りますよ~」
観客側に扉を見せ、そのまま入る一野谷さん。一応、僕が扉をきっちりと閉めた。まぁダンボールだから、脱出なんていくらでもできそうなんだけどね。
「はい、ではでは実神くん。そこに竹の棒がありますね。実はこの箱、小さな穴がたくさん開いてるんですよ。今から実神くんに、竹の棒でこの箱を串刺しにしてもらいま~す」
僕はステージの隅に竹の棒が大量に積まれたダンボールを発見した。というかこれ、箒の柄の部分じゃないか?使えなくなった箒を再利用したって感じだな。成程文化祭らしい。
黒塗りの箱に目を移すと、確かに箒の柄くらいが入りそうな小さな無数に穴が見える。黒い箱だからか、他の人たちにはよく見えてないようだ。
「分かりました。全部刺せばいいんですか?」
「そうです~。どんどん刺していっちゃってくださ~い」
マイクを通して鮮明な声が聞こえる。このためにマイクを持って入ったのか。
「んじゃ、早速いきます」
僕は一本目の竹を黒い箱に刺す。まっすぐ入れると、反対側から出てきた。この箱の大きさからして、一野谷さんは横向きに入ってるのだろうか。
縦に五本通したところで、一野谷さんが「わっ」と声を漏らしたが、たぶん演出だろうと思い、気にすることは無かった。僕は続けて違う面からも竹を刺していく。
縦にも横にも、竹が通る。何十にもクロスされて。
そろそろ竹もなくなるといったところで一野谷さんは言う。
「うう、苦しいですね………」
一体どんな体形で中に入ってるのだろう?
そんな気持ちに駆られ、竹を刺す穴からちらっと中の様子を窺ったが、暗くてよく見えなかった。
全ての竹を刺し終えた直後、一野谷さんは再び声を発した。勿論、マイクを通して。
「そ、それでは、実神くん、ありがとうございました。席に戻ってください……」少し、いや、かなり苦しそうな一野谷さんの声。
観客達は騒ぎ出す。あの箱の中にいるのか?いねぇんじゃね?だって出てきてないじゃん。出てきたって隠れるところないし……。
僕は最後に、箱を一回転させた。ぐるりと一周、360度回転。扉にも何も無いことを観客に見せた。一野谷さんの許可無く、勝手に、だ。
まぁ、扉にも竹が刺さってるから、抜け出せるとしたら上か下だけだろう。
ふぅ、と一息ついて、僕は席に戻った。すぐに狩口が僕に問いかける。
「おい、あの中、まだあいつがいんのか?」
「いるんじゃねぇの。扉は開けてないし。声もするじゃんか。それに、箱を回したときはちゃんと重みがあったぜ」
「ふーん。やっぱいんのか?いや、超能力使ってるかもしれないぞ」
「そんなこと考えたらキリが無いな……」
「ごもっとも」と、狩口は笑ってまた箱のほうに注目した。
「それでは、私、今から、この箱から、抜け出します。もうちょっと、待っててください……」
どこか演技くさい声が聞こえてくる。しかしやはり、彼女はあの箱の中に居るんだろう。もしかしたら、ものすごく身体が柔らかいのかもしれないし。
「実神、あの人、あの中にいるの?」小金井が興味深そうに聞いてくる。
「そう、だろうな。箱にはちゃんと質量があったわけだし」
「でも、あれだけ串刺しにされてて、何で喋れるの?」
「だから僕に聞くなよ。後で種明かししてもらえ」
むぅ、と小金井。膨れっ面になった。子供かお前は。ここは高校だぞ。
そんなことを思っていると、唐突にスピーカーから声が流れた。
「皆さ~ん。脱出しましたよ~!」
え?どこ?
周りの奴らもどこだどこだと騒ぎ出す。マイクの声じゃ分からない。
「ここですよ~!体育館の、二階です~。皆さんから見て、左斜め後ろの二階です~」
左斜め後ろの二階―――二階、と言っても、厳密には二階なんか無い。窓のある部分、バスケットゴールの上の位置、とでも言うか。
そこには箱に入る前と全く同じ格好―――マフラーと耳あてをした一野谷さんが立っていた。
うそ……。マジでか?
僕が思う頃には観客からどよめきが起こっていた。観客総立ちで拍手。
「え?何で?何で?どうやって脱出したのよ!ねぇ、実神!」小金井が小学生のような目をして聞いてくる。
「だから僕は知らないよ。あの人、替え玉かなんかじゃね?マフラーと耳あてしてるだけで別人かもしれないぞ」
思いついたことをそのまま言ってみたが、小金井はそれで納得したらしく「なんだ、あの人別人か………」とがっかりと言った感じで肩を落とした。
「こりゃ、驚いたな」と、冷静な口調で狩口は言う。「だが、お前の言い分が本当なら、あっちを調べなきゃいけないんじゃないか?」
狩口は肩越しにステージを指差す。
そうか。もし別人なら、まだあの箱には一野谷さんが入ってるんじゃないか?僕達が後ろに気を取られている隙に、中から脱出しようって寸法じゃ……。
そう思い振り返ってみたが。
そこにはもうあの黒い箱は無かった。
箱ごと片付けやがった。舞台裏で脱出か。
「ふんっ。なかなか面白いな、これ。推理のしがいがあるぜ」
自嘲気味に呟く狩口。ミステリ好きの常套句だが。あれ?こいつミステリ好きだっけ?
さっき姿を現した自称一野谷さんは、体育館の二階(じゃないよく分からないところ)から、ステージに下りてきた。他人の空似と言うにはいささか無理があるだろう。その人は明らかに僕が間近で見た一野谷さんだった。身長から線の細さから、何をとっても同一人物にしか見えない。
「ありがとうございました~」
そう言って観客に手を振って退場して行った一野谷さんには、拍手が止むことは無かった。
おいおい、次、岡後さんが出るっていうのに、この雰囲気で大丈夫なのか?
心配が胸をよぎる。確率の微妙な賭けの最中の、妙な不安のようなものが。
なぁ実神、と狩口。
「何だよ?」
「このトリック、どっちが先に解けるか勝負しようぜ。ハンバーガーでも賭けて」
「いいのか?僕はあれを間近で見たんだぞ。トリックが解けるのなんて時間の問題だと思うけど」
僕としては、こんな面倒くさい勝負、受けたくない。次は岡後さんが出るっていうのに、そんなことに頭を使うつもりなんてこれっぽっちもないんだ。だから適当な言い訳を突きつけてみたが、狩口は何故か譲らなかった。どこにそんな自信があるのやら。
「分かったよ。勝手にしろ」
僕は狩口に言い放って、初めに来たとき同様、パイプイスの背もたれに体重を預け、深々と席に着いた。わざと、そうやった。心を落ち着けたかったから。
「やっとだな……」
誰にも聞こえてないだろう、心の中でそう呟いた。
普段口にしない本音がそれだった。