#実神鷹 ―のちの祭り― 2
「お前、友達いないのか?」
「い、いるわよ!でも今日は皆クラスとかの方に行ってて、たまたま暇なの」
まぁこんな感情の起伏の激しい、むしろ怒りの方に感情が特化してそうな女子に、それほどの友達が居るとは思えないが。そこら辺は僕の口出しするところじゃないだろうと思い、黙っておいた。
体育館の一番前の列、2~3人のスペースを確保していてくれてるはずだが――。
「お~いこっちこっち」
「おー狩口、ありがとうな。わざわざ席取ってくれて」
「いいってことよ」と、狩口は眠そうな顔で言った。「クラスの手伝いするくらいならこっちの方が楽だぜ。普通に特等席で見れるわけだしな。おっと、そっちの女子は?あ、噂のエスパー少女さん?」
狩口の声で今日は金曜日だと思い出す。どおりで声に張りが無いわけだ。しかも明日も文化祭だから、狩口にとっちゃ一番つらい日なんだろう。
僕と小金井は、狩口の取っておいてくれた席に座る。すると狩口は、ラムネの瓶を渡してくれた。
「今日は祭りだからさ。まぁ俺のおごりでいいよ」
「ありがとよ。ほれ、小金井」
「あ、ありがとう……」
男子二人、女子一人。体育館のパイプイスに三人座って、三人でラムネを飲む。
いかにも文化祭じゃないか。
岡後さん含む合唱部の出演はもう少し先。次はバンドの演奏らしい。
狩口はラムネを半分ほど飲んで小金井に話しかけた。
「俺、狩口竜な。こいつとは友達」
「あ、あたしは小金井、文香。実神とは、知り合い、だから」
そういえば、こいつら今日が初対面なんだよな。二人並んだら十分絵になりそうだけど、どうだろう。狩口はともかくとして、小金井のタイプはよく分からない。
「何か、あんたたち雰囲気似てない?」小金井は僕と狩口を交互に見て言う。
「そうか?そんな事言われたのは初めてだぜ。な、狩口。お前は言われた事あるか?」
「無いな。そもそもあんまり一緒に居ないしな」
「ふうん。まぁ、別にいいけど……」
言って小金井は黙ってステージの方に集中した。僕もパイプイスの背もたれに体重を預け、ステージを見ることにした。
バンドのメンバーが聞いたことのある曲を演奏している。ギターを弾きながら歌ってる人、後ろでドラムを叩いている人。とても楽しそうだ。音楽は音を楽しむと書く、つまり、楽しんだ者勝ちだ!とはよく言うが、その通りなのかもしれない。
周りははしゃぐ生徒やらテンションを上げる生徒やら。これが普通の高校生の姿なんだろうが、生憎僕も狩口も、普通の高校生ではないと自認している。小金井は……はて、どうなんだろう。
「こういうの見てるとさぁ」狩口は眠そうな声で僕に話しかけてくる。
「何やってんだろうこいつら、って思うこと無いか?」
「そりゃあるさ。もう一人の自分みたいなのが居て、上から見下してたりな。『こんなつまらんことをして何になるんだ』って、嘲笑したり」
「同じ年齢なのに『こいつら子どもだよなぁ』って思ったり、か。立派な病気だな、俺達は」
「いやいや。周りが病気なんだよ」
「あたしも、病気かしら?」
ステージに集中していたはずの小金井がいきなり口を挟んできた。完全に二人だけで話していた気分だったのに、水を指された感じだ。
「ね、あたしも、あんた達の気持ち、全く分からないってわけもないのよ。ほんのちょっとだけ、分かるような気がする」
いつもの小金井とは違う、落ち着いた静かな口調だ。
「止めとけ。そんなモン、分からない方が幸せだよ」
「何でよ?」
「僕達が幸せそうに見えるか?」
見えないだろうな、と狩口は言う。「見えちゃいけないんだよ。そんなモン。もし本当にそう見えるなら、お前も俺らと同じタイプの人間さ」
「でも、あんた達のこと、羨ましくは思う……かな」
周りの歓声によって、小金井の最後の言葉は聞き取れなかった。何て言ったかは分からなかったが、その表情には少し穏やかな何かが見られた。
ステージ上の人たちは次々に入れ替わって行った。僕達はそれを流れる川の水のように、ただぼうっと見ていただけだった。お昼の時間を過ぎたこともあってか、体育館内の人の量も増えつつあった。
僕の勘違いで、合唱部はもうちょっと先だ。
小金井は相変わらず座ったまま。ここに居るのが心地いいのか、他に行くとこがないのか。体育館に入ってからは落ち着きっ放しの小金井。僕はこいつが怒っているところばかりを見てきたから、こういう姿を見るのは珍しいのだ。黙ってりゃそれなりに可愛いのに、と横顔を見ていると、狩口が話しかけてきた。
「次、クラスの連中が噂してたけど、何か面白いことやるらしいぜ」
面白いこと、ね。面白いこと以外にやることなんて無いんじゃないか、という突っ込みは自重しておいて。
「お前のクラスの連中が出んの?」
「いや、五組の奴だけど、面白い女子がいるんだってさ。そいつがマジックショーをするんだとよ」
「ああ、マジックショーか。他のよりいくらか面白そうだな」
次は1年五組のマジックショーです。と、アナウンスが入った。成程、演出のためにさっき幕を閉じたのか。
幕が半分ほど開いたところで、一人の女性徒がステージ脇から飛び出してくる。
最初に目を引いたのは、6月にもかかわらず、首に巻いている長いマフラー。さらに頭には耳あて。その二つのアイテムが夏用の制服とからんで、とても異様な空気を醸し出していた。
身長は150半ばくらいくらいだろうか。身長よりも身体の細さが離れていてもよく分かる。さらに、髪の毛がめちゃくちゃ長い。腰の辺りまであるんじゃないか。この学校、髪の毛の長さについては校則が無いのか?
「皆さんこんにちは~。私、一野谷と言いま~す。今日は今から皆さんにマジックを見て楽しんでもらいたいと思いま~す」
癖のある声でそう叫ぶと、体育館が一気に盛り上がった。いや、待て。イエーじゃねぇよお前ら。
「何だ、あの格好……」
「常軌を逸しているだろ。だがな、あいつ、普段の学校生活でもあの格好してるらしいぜ」
「は?毎日マフラーと耳あてして学校来てんのか?」
「そうだよ。俺は前に一回見たけど、文化祭関係の何かだと思ってスルーした。後で聞いた時はさすがに驚いたな」
「どんな女だよ」
突っ込みどころが多すぎて対処しきれない。
そんなことを喋っているうちに、マジックが始まったらしい。手始めに、持っているハンカチを消すマジックをやっていた。まぁ、初歩のマジックだが、僕にはできない。
小金井はどうしたものかと見てみると、マジックを夢中になって見ていた。まるで小学生だ。一野谷さんの格好についてはどう思っているんだろう?
「じゃあ次はこんなことをやってみま~す」
ステージ脇から、黒い大きな箱みたいなものが出てきた。
「ちょっとそこのイケメンのお兄さ~ん。ステージに上がってきてくださ~い」
明らかに僕達の近くを指差してきた。
だが安心。僕はイケメンじゃない。っていうか、この状況で名乗りを上げる奴なんているのか?相当のナルシストだぞ?
「そこのラムネ飲んでる男子、えっと、左の方、ステージまで来てください」
僕の安心も束の間、完全に僕らのことを指しているということが分かってしまった。周りにラムネを飲んでる男子なんて居ないんだから。
「おい狩口、左の方って言われたぞ。お前だろ?」
僕達は右から、小金井、僕、狩口の順で座っている。
「ステージから見て左だろ?俺じゃねぇよ。つーか俺は行かない。頑張れ実神」そこまで言った所で、狩口は狸寝入りをこきやがった。
「ったくマジかよ……」
「呼ばれたんだからさっさと行きなさいよ」と、小金井が追い討ちをかける。
「分かったよ」と、渋々ステージに上がる。
「お名前は?」
「実神です……」
「それでは今から、実神くんにマジックの助手をやってもらいま~す」
これが僕達の出会いだった。