#実神鷹 ―のちの祭り― 1
人は知らないところで他人を傷つけている。
また、人は知らないところで他人を救っている。
それは全ての人に言えること。
役に立たない人間なんていないんだ。
彼女は激しく怒っていた。
お子様ランチのプリンを取られた子どもだって、こんなに怒らないだろう。そう言える位、彼女は怒っていた。
一年三組。エスパー少女。ショートヘアー。風を気って走る。顔が近い。テレポーター。
小金井文香は、怒っていた。
「あたし!何にもしてないじゃない!それなのに何でもういいのよ!」
「だからさっきから言ってるだろ。2年の坂上さんがやってくれたから、もう何にもしなくていいんだよ」
「それにしたって、再発の可能性だってあるんでしょ?」
「いや、無い。坂上さん曰く、絶対に無いらしい。そういう超能力使ったらしいから」
「超能力?その人も超能力者?」と、顔をしかめる小金井。同属嫌悪ってやつか?
「もう!あたしの出番が、あたしの出番が無いなんて……いじめっ子をいじめてやろうと思ったのに……。それなのに……」
この残念がる顔からして、本当にいじめっ子をいじめたかったようだ。いじめは嫌いとか言ってたくせに。まぁこういう奴の場合、話が別、とか言って済ましそうだが。
小金井の立場からすれば、知らないうちにいじめが終わっていた、ということになるんだろう。手伝うと言わせておきながら、知らないうちに終わっていたなんて酷い話だ、と思う。それでも僕にそこまで当たられても困る。第一、いじめがおさまったのなら、それはそれでいいことなんだ。
しかし本当に木津の奴、丸くなりやがった。坂上さんの言葉も半信半疑だった僕から見れば、十分すこいことだ。普段悪い奴がいいことをしだしたら、すごくいい奴に見えてくるから不思議だ。クラスの連中も不審がって僕や岡後さんに聞いてくるが、僕達は何も言ってない。それは言う必要の無いことだし、琴乃さんが絡んでる以上、余計なことを言うのはよくないと判断した結果だった。
「じゃ、そういうことだからさ、僕もう行くから。小金井はクラスの手伝いか?」
小金井のクラスは喫茶店をやっている。
「もう終わった!それより、その坂上さんとやらのところに連れて行きなさい!」
「一人で行けよ」と僕は返す。
「二年一組でお茶屋さんみたいなことしてる。そこに和服でポニーテールの綺麗な先輩が居るから。探せば分かるよ。僕は今から体育館に行くから」
「あたし抜きでいじめ解決した罰として、連れて行きなさい!だいたいそんな店に女の子一人で行けって言うの?ちょっとは甲斐性を見せなさい!女の子連れて歩けるんだからいいでしょ!」
いいでしょ、と聞いておきながら、小金井は僕の腕をぐんぐん引っ張って渡り廊下に向かう。腕を絡められて外れない。僕は力づくで逆方向に引っ張り、停止させた。
キッっと僕を睨む小金井。僕は敢えて目を逸らさずに、小金井の瞳を見続けた。僕達の横を、2,3組のグループがクスクスと笑いながら通り過ぎていく。
「あのさ、小金井」僕は目を逸らさずに言う。「これって、傍から見れば見詰め合ってるように見えないか?」
「ふぇ?」
力が抜けた隙に脱出しようと思ったが、小金井が赤面していくのを見てバカバカしくなったので止めた。
「………分かったよ。連れていってやるよ。ほら、早く行くぞ」
「うん……」
僕の後ろを少し間を空けて歩く小金井。見事に染まった頬を俯いて必死に隠しているが、耳まで赤くなっていくのが分かった。
全く、何やってんだろうな、僕達は。
初めて会った日は手を繋いで。その日の放課後にはキス寸前まで顔を近づけてきて。ついこないだも同じことをやって。この前屋上で話した時は僕に従順になるし(これは僕が調教しただけだけど)。ツンデレキャラになるし。
そして今日、腕を絡めて見詰め合って――。
「あほらしいな――」
少し離れて歩いていた小金井には聞こえなかったようだ。
「何?この店」
「日本庭園……お茶屋さん」
教室の後ろの方に、恐らくは日本庭園であろう、庭があった。ちゃんと石が敷かれてあって、鹿威しに水がたれている。
「あれが、坂上さん?」教室の中ほど覗いて指さす。
「そうだよ。ほら、もういいだろ。営業の邪魔だから」
「客として入ればいいじゃない!」
この傲慢な女の手によって、僕はこの店に客として入ることになってしまった。坂上さんに会うのは問題ないとしても、先輩――旭霞に会うのは御免だ。どうせまた冷やかされるに決まっている。
「お客様、恋人同士でしょうか?ただ今カップル限定サービスを行っているんですけど」
店員さんの言葉に、僕は小金井を見る。小金井は、「ち、違います……」と小さい声で言う。まだ顔が赤い。さっきのやり取りを引っ張りすぎだ。
「あれ~?鷹くん~?どうしたん?そんな可愛い女の子連れて」
注文したお茶を持ってきたのは琴乃さんだった。良くも悪くも、だ。
「どうも。彼女じゃないですから」
「あ、あの、あなたが坂上さんですか?」小金井は気まずそうに琴乃さんに質問する。僕は口出ししないことにした。この人ならうまくやってくれるだろう。
「そうやけど。うちの名前、知ってんの?」
「は、はい。あたしは、小金井文香です。ちょっとお話できますか?」
「ええ、別にええけど」と、和服姿の琴乃さんが正座をする。座る姿も美しい。
「岡後さんのいじめの件についてなんですけど」
「んー?あれはもう解決したけど、何かあったん?」
「いや、そうじゃなくてですね。その、何ですか、坂上さんはどのようにいじめっ子を……」
「そんな話もうええやん。過ぎたことやし。あ、そうそう。それより二人とも、お菓子食べていってね。お茶と一緒に食べたらおいしいんよ」
「あの、坂上さん?」
「鷹くんも食べてね。今持ってくるから」
小金井の言葉を完全にスルーして、琴乃さんは行ってしまった。小金井はと言うと、琴乃さんのペースについて行けず、呆然としていた。僕はてっきり怒り出すのかと思ったけど、何故か落ち着いていてはいた。
「ね、実神」やがて小金井は口を開き、小さな声で言う。
「あの人、超マイペースだよね。いっつもああなの?」
自分の話が通じなかったのが相当ショックだったのだろうか、小金井は疲れ果てたような声を出す。
「あんな姿は初めて見たよ。けどあの人はああいう人だよ」
「ああ、そうなんだ……」
全てがどうでもよくなった、と言わんばかりの表情だ。自分の言葉を、『過ぎたことやし』と流された人の気持ちというのは、果たしてどういうものか。
「はい、お待たせしました」
ニッコリ笑顔でお菓子を持ってくる琴乃さん。そのスマイルは営業用とは思えないものだった。もしくは本当に素で笑ってるのだろうか。とにかくこの人、すごく人当たりがよさそうだ。
「さっきはゴメンね。自分勝手に話し進めて。えっと、小金井さん?」
「は、はい……」もはや返事する気力も無いようだ。
「文香ちゃんって、読んでもええかな?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、うちのことも琴乃って呼んでね」
「はい、琴乃さん」
不思議なことに、『文香ちゃん』と呼ばれたその瞬間、小金井に少し元気が戻ったように見えた。名前で呼ばれたのが意外だったのかもしれない。勿論、僕の勘違いっていう可能性もあるけど。
琴乃さんは相変わらず、人の事を名字で呼ばず、名前で呼ぶようにしている。ポリシーなのかな?
楽しそうに笑う琴乃さん。
接客ではなく、本心で。心から笑う琴乃さん。人生そのものを楽しんでいるかのようだ。
ふと、僕は「琴乃さん」と、思いついた言葉を言ってみる。
「琴乃さんは、何のために生きてるんですか?」
唐突であろうはずの質問なのに。琴乃さんはやけにきっぱりと答えた。まるで初めから答えを用意していたかのように。
「うちは、笑うためやないかなって、思っとうけど?」
笑顔でそう答えた。
「ありがとうございます」と、僕もまた笑顔を返した。