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♯岡後舞魅 ―助け合い― 6

 いつの日か、こんなことを問われた。


 「あなたはどうして生きているの?」

 

 私はその時、答えることができなかった。


 その時はまだ、私は答えを持ち合わせていなかった。それはただ、記憶喪失になったため。


 「楽しいことをするために生きてる」


 私は思ったことをそのまま言ったけど、実神くんも同じと言ってくれた。


 記憶喪失で昔の記憶が無い私と、15年生きてきた、私を救ってくれた実神くんが、感情を共有できた。そう思ったらとても嬉しかった。


 楽しいことを教えてくれたのは、実神くんだ。


 実神くんと話すのが楽しい。


 一緒にお昼を食べるのが楽しい。


 一緒に居るのが楽しい。


 その楽しさがあれば、木津さんのいじめなんて、耐えられる。耐えてみせる、と思った。


 「実神くんが居れば……」


 





 「キャッ―――」


 「ほら、暴れるなよ」


 「だって、痛っ、止めてよ!もうこんなことして何に」


 木津さんは「ふふっ」と笑う。他の人たちもニヤニヤしている。


 何だこの人たちは――。


 何で私をいじめてそんなに楽しそうなの?ねぇ、何で?何でよ?


 「お前が嫌いだからだよ」


 そう言って木津さんは、私の腹部に蹴りを入れる。私はうずくまることもできず、その痛みに耐えるしかなかった。両腕は固定されていて動かない。


 「何で先公にチクらないの?ね、チクったら止めてもらえるかもしれないよ?」


 不適に笑う木津さん。


 「ね、今すぐチクってきたら?そうするなら離してあげてもいいけど?」


 今度は足に蹴りを入れられた。立てる気がしなくなったけど、腕を固定されてるせいで、やっぱり立っているしかなかった。


 「嫌だ……」


 「……………」


 「嫌だって……言った」

 

 「ふんっ。可愛くないの。じゃあ今日は特別。今日は屋上じゃないしね。言っとくけどここは誰も来ないよ?というか、立ち入り禁止だから」


 「あんたたち、離しなさい」と、私の両脇にいる取り巻きに声をかける木津さん。


 ああ、何かされる……。けど私は、耐える。耐える。耐えるだけ。


 「まずは、この可愛い前髪、燃やしてあげる」


 言って木津さんの右手から赤いモノが取り出される。


 火?発火――能力?


 「い、いや……」


 「何を今更」と呆れたようにこちらに向かってくる。火が、手のひらから指先に移る――。


 「や、だ、熱い、やめ、て」


 声が出せない。怖い。前髪が、燃やされる。


 


 「そこ、何してんの?」


 私の前髪に火がつく、その直前、どこからか声が聞こえた。少し訛ってるような。

 

 木津さんを含めた全員が声の聞こえた方を振り返る。私から見ると真正面にいる、あれは、和服姿の女生徒だ。


 「誰だあんた」と木津さんが凄みを利かせて言う。けど、その人は全く動揺してなかった。さらりと涼しい顔して見せている。


 「んー、えっと、ああ、そうそう、うちの名前は坂上琴乃。女の子や。あんた、名前は?」


 「木津。ここは立ち入り禁止だから、もう行った方がいいよ」


 まるで子どもを相手にするかのような物言いだ。


 「そうはいかへんなぁ。木津さん、あんたら何してんの?その女の子、泣いとうやん。あんたらが泣かせたんちゃうの?」


 対して坂上さんは、やけにゆっくりと、のほほんとした喋り方。この場にはいささか合ってないと言わざるを得ない。関西弁かほかの方言なのか、とにかく訛っている。


 「何にせよ、女の子泣かすなんて最低やなぁ。もう、今すぐその場から離れんと、うちが酷いことするで?」


 「酷いこと?はっ、一人で何をするつもり?あんたもいじめてあげようか?」


 「もう一回聞くで。これが最後やで。あんたら、今すぐこの場から離れて。離れんかったらうちが酷いことするで?」


 「しつこい!もういい、あいつ捕まえろ!」と、木津さんが命令を出すと、取り巻きのうちの二人が坂上さんに向かっていった。と、思ったら、内一人が頭を抱えて膝から崩れ落ちてしまった。何で?と疑問を抱く頃には、もう一人の方も同じように地面に崩れ落ちた。


 ほんの数秒のことで、何が何だか分からなかった。ただ、坂上さんだけは、相変わらず涼しい顔をしてこちらを見つめている。


 「あんた、何を」と木津が口を開く頃には、私の隣にいた取り巻きも地面にどさっと倒れた。


 「何これ……何が起こってるの?何で?」


 私の問いには誰も答えてくれない。


 「くそ!あんた何をした!」


 「酷いことをしただけや。あんたは懲りてないようやから、特別酷いモノを『見せたるわ』」


 言った瞬間、目をギロッっと開く坂上さん。ただそれだけで、一歩も動いてない。なのに。


 「う、うううあ、ああ………ああああ」

 

 突然木津さんが、頭を抱えて唸りだした。そして他の人たち同様、膝から地面に崩れ落ち、泣いてしまった。それはまるで、ホラー映画を見たときのような、恐怖の涙みたいだった。


 立っていたのは、私と坂上さんだけ。その坂上さんが私に近づいてくる。


 「大丈夫やった?あんた、名前何て言うん?」


 「お、岡後、舞魅です」


 「岡後さん………舞魅ちゃんって呼んでもええかな?」


 「はぁ、まあいいですけど。えっと、私は何と呼べば?」


 「下の名前でええよ」


 「じゃあ、琴乃さん」


 「はい、舞魅ちゃん」


 琴乃さんは優しい笑顔を見せてくれた。その安心感ある笑顔で泣きそうになったけど、ぐっと我慢した。泣きたくなかったから。


 「とりあえず行こか。ここ、立ち入り禁止みたいやし、こんな人達と一緒におりたないやろ?」







 「はい……」と、私は言って、坂上さんについて行くことにした。その途中で、学年とクラスを聞かれたので、「1年1組です」と答えると坂上さんは少し驚いた様子だった。


 「舞魅ちゃん、もしかして、鷹くんの友達の舞魅ちゃん?」


 「鷹くん?あ、実神くん、うん、あ、はい。そうです」


 「やっぱり。うち、気付くの遅いな。うちな、霞の友達やねん。旭霞な。知っとうやろ?」


 「はい。知ってます」


 「そうか~」としきりに納得する琴乃さん。そして、また笑顔を見せる。和服と笑顔が良く似合う人だなと思った。


 坂上さんに連れてこられたのは、茶道部の部屋だった。中には部員らしき人たちは見当たらない。


 「ここなら落ち着いて話せるやろ?」と言われ、靴を脱いで部屋に上がる。当たり前だけど、中は畳敷きの和室だった。


 「あの、琴乃さんは茶道部員なんですか?」


 「そうやで。けど今は文化祭準備で活動停止やから、誰もおらんってわけ」


 「そうなんですか……。えっと、琴乃さん、さっきはありがとうございました。助けてくれて」


 「どういたしまして。でも、あんなん見たら助けるのが当たり前やろ?ああいうのいじめって言うんかな。女の子泣かすなんて最低やなぁ」


 「はぁ、えと、さっきのあれは坂上さんがやったんですよね?」


 「あれって?」


 「木津さんとかが地面に倒れていくあれ……」


 「ああ、あれね。うん。うちがやった。霞と知り合いやったらもう驚かんと思うけど、うち、能力者やねん。魔道師まどうしって言うねんけど。それで、さっきのはテレパシーの一種みたいなモンやと思って」


 「お茶、飲む?」と聞かれたので、断るのも失礼だと思って「はい」と答えておいた。今からお湯を沸かすらしい。そうか、茶道部だもんね。和服を着てるのも納得。


 「テレパシーで、どうやってあんなことを?」


 そもそも私にはテレパシーというものがよく分からない。


 「テレパシーっていうのはね、簡単に言えば、うちが頭の中でつくりだしたものを相手の頭に送ることやね。こんな風に目を合わせたら、より正確に伝えられるねん」


 坂上さんと目を合わせると、私の頭にお茶の絵が写った。まるで直接目で見ているかのようだ。


 「すごい!坂上さん!……えっ、でも、これでどうやってあんな風に?」


 「うち、最初に言ったやろ?『酷いことするで』って。あいつらにはテレパシーで、めっちゃ怖い、それこそ酷い絵を焼き付けたから。精神が狂って、立ってられないくらいのモンを」


 「それ――怖いですか?」


 「生きとう間は見ん方がええよ」


 聞いてて恐ろしい話だ。あの時の木津さんの涙の意味が、今やっと分かった。


 「うちもあんまりやりたくないねん。人に見せるってことは、自分も見なあかんから。だから、ああやって忠告して、出し惜しみしててん。ある意味最終兵器やしな。あ、怖い人やとか、思わんといてな。ね、舞魅ちゃん」


 「大丈夫です。そんな事思いません」


 私をいじめから救ってくれたんだから。


 「ありがとう――。多分あの人らもこれに懲りていじめはやめると思う。もしまたされたら、すぐにうちを呼んでな。力になるから」


 「はいっ!」



 私はまた、人に助けられた。実神くんに続いて、琴乃さんにも。他にもいろんな人に守ってもらった。何か、人に頼ってばっかりじゃないのかな。いいのかな、これで……。


 「お茶、今から点てるから、もうちょっと待ってね」


 慣れた手つきでお茶を点てる琴乃さん。私はお茶をたてるところを見るなんて始めてだし、そもそもお茶を飲むのが初めてだ。その緑色の液体、なんて言ったらちょっと嫌だけど、お茶というものがどんな味なのか知りたかった。


 「どうぞ」と、私の前にお茶を置く琴乃さん。すごく様になっているように見えた。


 「ありがとうございます」とは言ったものの、どうやって飲んだらいいんだろう?普通に飲んでいいのかな?こういうのは作法があるのかな?なんて考えていると、琴乃さんは笑って、「気にせんでええよ。好きに飲んでくれたら」と言ってくれた。


 いただきます、と、お茶を一口。意外と熱くなかった。


 「おいしいです!これ!」


 「ありがとう、舞魅ちゃん。ところで、舞魅ちゃんって好きな人とかおるの?」


 お茶を吹きそうになった。さすがにそれはマズイと判断して、何とか堪える。すると、お茶が気管のほうに入ってむせた。


 「大丈夫!?」


 「は、はい……ゲホッ、それより、いきなり、何でそんなこと聞いてくるんですか?」


 「うちも女の子やからね、そういう話もしてみたいんやけど、クラスにはあんまりそういう人がおらんからなぁ。霞は全然乗ってくれへんし、好きな人もおらんて言うし――」


 「そ、そうですか。えっとですね、実を言うと、私、好きっていうのがよく分からないなぁ、みたいな……。冗談じゃないですよ。私、記憶喪失に遭ったから、その辺が曖昧で――」


 「そうなんや……実を言うとうちもやねんけどな、男の子の前になると、何か緊張してまうねん。だから、鷹くんには変な子って思われてるかもやねんなぁ」


 うちはこれが素やねんけど、と、溜息を吐く琴乃さん。「素の自分を見せられへんっていうのはもどかしいモンやなぁ」


 素でもやっぱり少し変わった人だとは思うけど、そんなことは言う必要のないこと、だよね。


 「鷹くん、舞魅ちゃんのこと好きやって、霞が言っとったけど。ホンマなんかなぁ」


 「へ?実神くんが?わ、私のこと?」


 そこまで言ったところで、部屋のドアが開け放たれる。


 そこに居たのは、息を切らして苦しそうな実神くんだった。


 「岡後さん!それに琴乃さん!」


 息も絶え絶え実神くんは叫んだ。その目からは、微かに安心の色を感じた。



 

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