#実神鷹 ―助け合い― 4
「成程。じゃあ、最近は特に動きは無いということか」
「そういうこと。まぁそうぽんぽん来られても困るしな。あ、でも、文化祭に一波乱あるかもしれないから一応注意は必要だからな」
「それ、予言ですか?」
「いや、そんな先のことは予言できないよ。でも文化祭なんかもっともらしいイベントだから、可能性はあるってことさ」
「分かった。用心する。それより、先輩のクラスは何やってるんですか?」
二年一組の教室を覗き込むが、いまいち何をやってるか分からない。シートを敷き詰めて。ある男子は竹を切っている。前の方には和服を着た女性が数人。他にもパイプで何か作ってる人達。何だかやってることがまちまちな感じがする。
「二人の時はかすみたんだろ」
「かすみたんのクラスは何を……?」
「日本庭園。お茶とかお菓子出すんだ。ほら、あの前で和服着ているあの子達が接客係」
見ると、和服がとても似合っている人がいた。しかもポニーテールだ。文化祭では一回でいいからこの店に来たくなった。
「クラスの美人に和服着せてるから。その辺は抜かりないな」
「あのポニーテールの人、可愛いですね」
「あ?もしかして惚れちゃった?呼んであげようか?」
先輩はニヤニヤしながらこっちを見てくる。
「但し、あいつは一筋縄では行かないぜ」
そう言うと、先輩はそのポニーテールの人を呼び出した。本当に良く似合っている。背は岡後さんより少し大きいくらいだろうか。
「坂上、こいつがお前に惚れたんだって。ちょっと告白を聞いてやってくれ」
「ちょっ、そんな事言ってないですよ」
さすがにいきなり告白なんてできない。それに相手は年上なわけだし……。そうやってあたふたしていると、向こうから不思議そうな表情で話しかけてきた。
「きみー、私に興味があるんー?」
やけに馴れ馴れしく幼い口調。それに高い声。そして語尾は訛っている。のほほんとした雰囲気。
「いや、まぁ、和服似合ってるなぁと思って……」
「きみー、和服趣味なん?」
「そんなんじゃないですけど」
「ああ、そうそう。うちの名前は、坂上琴乃。女の子や」
「えっと、僕は実神鷹。男です……」
見たら分かるだろうが。
「実神くん………鷹って呼んでもええかな?」
「はあ、まあいいですけど。こっちは何と呼べば?」
「下の名前で呼んでやれよ。実神」
先輩が横から口を挟む。またこの人はニヤニヤと。
「皆琴乃って呼んでくれとうから、鷹くんもそう呼んでくれてええよ?」
「じゃあ、琴乃さん」
「はい、鷹くん」
何だこの恥ずかしい雰囲気は。喋るだけでドキドキするぞ。それにこの人の訛り、神戸だろうか。大阪とはちょっと違うような気がする。
「顔赤いぜ。実神。おいおい浮気か?」
「違いますよっ」
「あれ?お前付き合ってる奴いたっけ?何で浮気になんのかな?」
「そ、それは………」
「まあまあ霞、そんなに後輩いじめたらあかんで」
琴乃さんが間に入ってくれた。
「ま、琴乃が言うなら、今日は勘弁するわ」
「じゃ、僕はこれで」
これ以上は体裁が悪いと判断し、僕は自分のクラスのほうへと踵を返す。
「さっき言ったこと忘れるなよ!」
「分かってる分かってる。先輩は、僕がそんなに忘れっぽい人間に見えてるんですか?」
振り向かずにそう言うと、先輩はこちらまで走ってやってきた。
「今、敬語使ったろ?いい加減覚えろよ。忘れっぽいおバカさん」
僕に耳打ちすると、また走って教室まで戻っていった。まったく元気な人だなぁ。
教室に戻ると、何故か岡後さんが居て、文化祭の準備を手伝っていた。
聞いたところによると、今日は合唱部が練習休みだとか。
今、教室には岡後さんを除いて7,8人ほどしか居ない。というのも、僕達は飲食店だから、外装内装の飾りつけくらいしかやることが無い。日本庭園ほど手間は掛からないのだ。だから、今教室にいるのは、帰宅部と部活の練習が無いメンバー。
「あれ、木津達はどこ行ったんだ?」
あいつ等も帰宅部のはずだが。
「また屋上行ったよ」
「またか……」
やっぱりあいつは屋上で超能力が使えるのだろうか。
「今日は大丈夫?」
「うん、何にもされてないよ」
「ふと思ったんだけどさ、岡後さん、あのメイドさん――歩美さんにはいじめのこと話してるの?」
歩美さんとは、岡後さんの家に泊まった時に知り合った。自称、岡後さんの姉だそうだ。岡後さんが唯一、家の中で話ができる存在。前に見たときは本当の姉妹のように仲良さそうだった。
「………………………………」
岡後さんは黙ったまま俯く。
「話してないの?仲良さそうだったのに。やっぱ言いたくないの?」
コクリ、と小さく頷く岡後さん。
「歩美さんの前ではそういう話したくないんだ。歩美さん、楽しそうだから。私と話してるとき」
「まあ、19歳でメイドさんだもんなぁ。苦労多そうだな」
うん、と頷き、装飾作りの続きを始める岡後さん。クリスマスツリーとかについてそうな装飾だが、これを教室の内外に貼り付けて大丈夫なのか?
僕は黙って岡後さんの手伝いをした。相変わらず木津たちは戻ってこなかったが、下手に絡まれるよりは、居ないほうがずっとよかった。おかげで岡後さんと色々な話ができる。
「ね、岡後さん」
どうしたの?と、手を止めないまま返事をされる。
「岡後さんの誕生日っていつ?」
「……誕生日って?」
「あ、知らなかった?産まれた日の事なんだけど」
「知らない……」
そう言って、寂しそうな目をする。何か酷いものを見てしまった時のよう、例えば、猫の死体を見つけてしまった時のような。
「メイドさんたちは知ってるのかな。今度聞いておいてよ。誕生日はね、皆でその人の事をお祝いするんだよ。『誕生日おめでとう!』って」
「ふふっ、楽しそうだね。そっか、誕生日か。うん、聞いてみるっ!それよりっ、実神くんの誕生日はいつなの?」
「僕は8月1日。だからまだ先だよ」
「そっかぁ。ちょっと、残念だなぁ」
残念がる岡後さんを見ながら、ぼくは思う。
やっぱりハンデは大きい、と。
こんな純粋な女の子が、いじめにあったり、記憶喪失にあったり、変な奴らに狙われたりするのはおかしい。不公平だ。不平等だ。
あれ?そういえば、前にもこんなこと思ったような……。
「岡後さん、今、生きていて楽しい?」
唐突に聞いてみた。その方が、答えが出やすいような気がしたから。
「楽しいよっ!」
彼女は笑顔で答えた。
記憶喪失になり、いじめられ、身体を狙われても。
それでも彼女は楽しいと言った。マイナス――負の面を全て受け止めてなお、正の面はあると。
こんなしょうもない世界で生きていても、楽しいことなんか無いと思っていた僕は。岡後さんの姿を見て、少し、考えを改めなければと思った。
どうせしょうもない世界なら。
楽しんだ方がいいんじゃないのか?
「自分が、どうして生きているのか、分かる?」
またも唐突に聞いた。
彼女は答えた。
「楽しいことをするためじゃないかな?」
「そっか」
「実神くんは?」
「僕は」
どうして生きているか、だって?
「僕も、岡後さんと一緒だと思うよ」
彼女は無邪気な笑みを浮かべた。
とても平和で、幸せな時間だった。