#実神鷹 ―助け合い― 3
1月24日まで、委員長の名前を誤植として表記していました。同日より、名前が変更されました。
大変なるミスです。深くお詫び申し上げます。
問題が起きたのは6校時のホームルームの時間。
今日の議題は、文化祭についてだ。どうやらこの学校、6月に文化祭があるそうだ。世間では11月が一番多いとされているらしいが、6月というのも少なくはないらしい。
クラスの出し物にまで話が及んだ後、クラス内から多数の意見が出される。飲食店、迷路、お化け屋敷、演劇、コスプレ喫茶、プラネタリウム……。ベタなものからちょっと変わったものまで。そして多数決の結果、飲食店系に決定した。コスプレ喫茶か、普通の飲食店か、と議論が行われたが、このクラスの皆さんの思考回路は一般的だったらしく、コスプレ派はほとんどいなかった。(それでもちょっとは居た)
「じゃ、何を売るか決めます」
さっきから前で司会をしている、このクラスの委員長、井坂証さんは抑揚のない声で言う。どうやらあまり文化祭には関心がないようだ。仕方なく前に出て話を進めてる感じがする。だがそれなら何故委員長になんかなったのだろう。確か立候補してたような気がするが、僕の記憶違いか?
そんな事を考えてる間にも議論は進んでいく。どうやら、焼きそばを売ることになりそうだ。
さっきから僕は議論の内容には一切干渉してない。教室内では僕は無口な男子生徒として認識されている。実は本質も無口なのかもしれないけど……。
「時間が余ったので、決めることを決めておきましょう」
今日話し合う内容を全て終わらせた乗越さんは、次に進める。次は、誰が店をやるかということ。一年と言えども、参加できない生徒は少なくはない。岡後さんだって、合唱部として活動しなければならないらしいし。
「代表を一人決めたいと思います。私は他に仕事があるので除きます。誰か、立候補する人は居ませんか?」
例によって、沈黙する教室。
「乗越、岡後さんがやりたいだって」
!?
誰かと確認するまでもない、この声は木津だ。あの野郎、岡後さんに押し付けるつもりか!
「そうなんですか?岡後さん」
「え、えっと」
こんなふざけた展開、僕は認めない。岡後さんも認めないだろう。というか、ベタすぎる。押し付けなんて。僕は基本的にベタな事は嫌う体質だ。
「私は部活があるから、無理です……」
「やると言ったんじゃないんですか?」
「い、言ってない」
「嘘、今言ったじゃん」
調子に乗るな木津。
「言ってないです」
「冷やかしかよ。マジ気分悪いわ」
お前がだ木津。
結局、代表者は他の人に決定した。傍から見れば、大したことなさそうな悶着だったが、岡後さんがいじめられているという事実を知っている僕としては、見逃すわけにはいかなかった。
それでも、この時間中はマズイだろうと、必死に我慢して、何とか休み時間まで耐え抜いた。しかし木津の奴、やっぱり引き際がいい。ああもあっさりと引かれるとこちらとしては対処しにくい。
「さっき言っただろ。何嘘付いてるんだよ」
わざと、クラス中に聞こえるような大きい声で、木津が岡後さんに近づく。
「気分悪いんだけど」
「私、言ってないもん」
「ふん。ま、いい。後で屋上来てもらうけどな」
最後は少し声のボリュームを下げて、耳打ちしたような感じだった。それでも、すぐ後ろにいる僕には十分聞こえる声だ。僕はつい拳を握り締めたけど、手は出さなかった。
「行かなくていいよ。あんな奴気にしなくていい」
「あ、うん。でも……」
でも、と言ったまま、黙り込んでしまった。
「分かった。僕も行くよ。狩口も連れて」
「うんっ」
はじけるような笑顔を見せてくる。
そういえば、木津に脅されてた時の岡後さんは、それほど怯えてなかったな……。
その辺り、強い、のだろうか。
初めて会ったときは泣いたけど。それでも、十分我慢してたんだろう。
いじめを――耐えてたんだろう。
記憶喪失の女の子。ハンディキャップ。
しかしハンデというものは、本来平等にするためのものだ。
記憶喪失と対価のハンデなんて、果たしてあるのか、僕にも分からない。
たぶん喧嘩が起きるんだろう。
屋上には、3人で乗り込んだ。
僕と狩口と岡後さん。フェンスにもたれかかっていた木津は、とても不機嫌そうな顔をする。
「何だアンタら。あたしはこいつに用があるんだけど?」
「こいつ?岡後さんのことか。ああ、別に、話をするだけだろ?内容については聞かないよ。ここに居るだけだから」
そう言って僕は鞄を置き、ドアの隣で壁にもたれる。狩口も同様の動きをする。
「そっちで話をするならどうぞ。但し、変なことしたら黙ってるわけにはいかない」
教室ではこんなキャラじゃないが、ここはかっこつけておくべきだろう。
「ふんっ、分かってるくせに、あたしに言わせたいのか。いいよ。あたしはこいつを殴るためにここに呼んだ」
「そいつはご苦労さん。今しっかり録音してやったよ」
僕は携帯電話を取り出し、ヒラヒラと相手に見せ付ける。我ながらナイスアイデアだと思った。
「ふんっ、そんなバカなトリックに引っ掛るほど頭悪くないよ」
あっさり見破られていた。頭が切れる奴ってのも厄介だ。
「あんた達と喧嘩するつもりは、今はない。分かったらさっさと消えろ」
「じゃ、行こうか、岡後さん、狩口」
「ああ」
「うん……」
背後を警戒しながら、屋上を後にする。やはりというか何と言うか、木津は襲ってくる様子はない。相変わらず気持ち悪いくらい引き際がいい奴だ。いや、引きがいいのか。
「まだ、手の内を明かしたくないって感じだな」
狩口が眠そうな声で言う。
「ああ、発火能力な。想像はつくが、やっぱり正体不明なことには変わりないしな。けどいつか、使われる日が来るのかもな」
「ま、また呼んでくれよ。今度は是非、月曜辺りに呼んでほしいな。全く、木曜まで来ると眠くて眠くて」
「お前は金曜日になると役立たずになるのか」
「いや、木曜が一番役立たずだ」
「先に言えよ。もし今日相手が突っかかってきてたらどうしたつもりだよ。つーか何で金曜じゃなくて木曜なんだよ?」
「一気に二つも質問するな。金曜は次の日が土曜だから、ちょっと元気になるんだよ。それに、俺は今日あいつらが襲ってくるとは思ってなかったから」
「何だそれ?予知能力か?」
「そうかもな。新しい能力の目覚め」
「あのさ……」
僕らのバカな会話にいつ口を挟めばいいのかと考えていたのだろう、岡後さんは。
「私、何かあったらすぐに伝えるからねっ」
と、信頼の言葉を僕達にくれた。
「分かったよ」
僕達は同時にこう言った。
「いじめなんてこの世から消えてなくなればいい」
心の底からの本音。