#実神鷹 ―助け合い― 1
例えば、いじめをどう定義するかという問題。
あるいは、いじめられる方には非は無いのかという問題。
結論から言えば、人それぞれだろう。そんなもの、人の性格と同じように星の数の解答が生まれるに違いない。
そしてここで浮上する問題は、その結論に至るまでの過程―――プロセスだ。過程の時点で間違いが生じれば、当然のごとく正しい解答には辿り着けないのだ。
僕なりに3年ほど悩んだ末、出した結論は、『いじめはなくならない』ということだった。何だそんな事か、と思われるかもしれない。確かに、ちょっと考えれば分かるかもしれない。だが、そこに至るまでのプロセスは違うはずだ。
「ふんっ、冗談だぜ…………」
ゴールデンウィークが終わり、1週間が経過した頃。
僕は体育の授業が終わって、教室に戻ってきたところだった。席に着こうとしたとき、その頭が目に付いた。
僕の席は席替えで、4月の席から1つ後退し、窓際最後尾となった。
そしてそんな僕と対する(いや、むしろ共通か)形となった岡後さんは今は僕の前の席だ。単純に、席を入れ替えただけの状態。
別に望んでこうなったわけではない。実際この結果には満足しているが、あくまでもこれはくじ引きの結果でしかない。つまり、偶然の産物。
で、そうして僕の席の前にいる岡後さんの頭、より正確に言えば髪の毛、岡後さんのさらさらショートヘアが、お風呂にでも入ったのかというくらい濡れていた。明らかに体育でかいた汗の量ではない。
「岡後さん、その頭、っていうか、髪の毛どうしたの?」
「んー?ああ、これ。ちょっとね……」
ちょっとね、と言って、右手で自らの濡れた髪の毛をいじる岡後さん。
「ちょっと、どうしたの?」
「水道で濡らしたんだよ」
「何で?」
「な、何でって、そ、それは、さ」
何やらひとりでにあたふたし始めた。どう考えても怪しい。何か隠してる時の挙動だ。
普通の人なら、深く追求しないだろうが、僕はそうは行かない。僕は既に見当はついている。この挙動不審な態度の理由について。
「………誰かに濡らされた?」
小さな声でそう聞くと、同じく小さな声で。
「う、うん」
「誰?4月の時の奴らか?」
「うん……木津さん達」
それは、明らかないじめだった。
体育の後、水道場に連れて行かれ、無理やり髪の毛を濡らしたそうだ。しかも、数人がかりで岡後さんの頭を押さえつけて――。
犯人達のリーダー的存在だったのは、女子にも男子にも嫌われている、木津葉月だった。目立ちたがり屋。背が高い。やたらと髪の毛が長い。常に数人の取り巻きが周りをうろついている。岡後さんをいじめる前は、他の女子をいじめていたという噂もある。とにかく、敵にだけはしたくないタイプだ。
「今のところは、それだけしかされてないよね?」
濡れている髪の毛を指さして言う。ちなみに、僕は岡後さんのお風呂上りの姿を見たことがあるので、別段興奮する理由は無かった。いや、そんなものを見て無くても多分、興奮しないと……思うけども。
「今はね。けど、これからも続きそうな気がするんだ……」
言いながら岡後さんは、鞄の中から弁当を取り出した。弁当を隠したりはされてないんだな。僕は今日は弁当じゃないけど、はて、どうしようか。
「それで、木津の他には誰が?」
「ええっと、船越さんと、泉さんと、陣川さん………」
「3人もいるのか。つまり、木津と合わせて合計4人。けっ、しょぼい奴らだぜ。集団で一人をいじめるとはな。人間失格だな、一回死ねばいい」
「そ、それは言いすぎじゃ」
「そんな事無いよ。いじめなんて最低の行為だよ」
僕からすると、万引き犯が善良に見えるくらい。それくらいいじめは最悪な行為だと思っている。まぁそれなりに嫌な思い入れがあるからな………。
「そいつら、早いとこ絞めとかないとな。しかしどうするか」
「実神くん、お昼ごはんは?」
「え、あ、今日は弁当じゃないんだ」
「じゃあこれ」
たこさんウインナーを箸でつかんで、こちらに伸ばしてくる。えっと、これは―――食べろと言うことですか?
「岡後さん、普通友達同士でこういうことはしないと思うよ。こういうのは恋人同士でやるもんだよ」
「ああ、そうなんだ。知らなかった――。じゃあ」
今度は箸の方を僕に渡してくる。えーこれは。
「好きなの食べていいよっ」
「じゃ、じゃあ、頂きます」
たこさんウインナーを一つ頂いた。当然と言えば当然、おいしかった。にしてもこれ、間接キスじゃないのか?箸共用って。
だが岡後さんは全く気にする様子はなく、おかずを食べ続けている。やはりと言えばやはり。岡後さん、間接キスという概念を知らないご様子だった。
「ま、いいさ」
「へ?何が?」
「岡後さん、さっきのウインナーに免じて、いじめ、解決するから」
こうして、僕と岡後さんと、いじめの戦いは幕を開けたのだった。
この時僕は、この戦いが普通じゃなくなることを、まだ知らなかった。
勿論、彼女も―――。