#実神鷹 ―確かめ合い― 1
「何故だ。何でだ。どうしてこうなる………!」
「へ?実神くん、何か言った?」
学校から歩いて20分程の某所。
というか、豪邸。
僕は今、そこに居る。別に、宝くじが当たって、成金野郎になって豪邸を立てたわけではない。それにそもそも、ここは僕の家ではなかった。
午前11時過ぎ。
色んなことがありすぎて完全に参っていた僕は、10時くらいまで布団の中で、今から朝ごはんを食べようというところ。
「鷹~携帯鳴ってるよ~」
「ん?ああ、はいはい」
コーヒーの入ったマグカップを置いて、僕は携帯を部屋まで取りに行く。着信音から電話だと判断した僕は、切れないうちに出ようと思った。
が―――。画面に表示されていたのは『旭先輩』という文字。
出ようか迷ったが、あの人のことだ、すぐに機嫌が悪くなりそうだし、大事な用かもしれないし。
そう思って出てみた。
後悔することになった。
「お泊りセット持って駅前喫茶店に集合。30分以内。来ないと舞魅ちゃんいじめるからね」
それで行ってみたらこれだよ。
「まさか、この豪邸が岡後さんの家だったなんて……」
僕は先輩にここまで引きずられてやってきた。そしてついさっき、ここが岡後さんの家だということに気が付いたのだった。さらに―――。
「今日と明日、ここに泊まるから。逃げたら舞魅ちゃんいじめるよ」
という全く持って理解不能な言葉を聞かされたぼくだったが、『舞魅ちゃんを――』の部分に負けて、結局従う結果となってしまった。
「というか、岡後さん……」
床に座っていた僕は体ごと岡後さんの方向を向いて、呼びかけてみる。
「何?実神くん」
「僕達、急に押しかけて泊まらせろって、正直言って迷惑だよな」
「え?何で?私は別に構わないんだけど――」
「いや、それでもさ、この、家の人とかは絶対迷惑だって思ってると思うよ」
「家の人は私一人だよ?」
「あ、そっか、あの人たちはメイドさん達か。っていや、そうじゃなくてさ」
「いいじゃん。お泊り。私、家では一人ぼっちだから、こういうの嬉しいな」
そう言って見せる岡後さんの笑顔は、本当に嬉しそうだった。身長のせいか、若干幼くも見える。
「ね、実神くんも嬉しくないの?」
「……………」
僕は――家に姉が居る。姉ちゃん。もし僕が今日ここに泊まったら、姉ちゃんは家で一人ぼっちになってしまう。そう思うと、僕の心境は複雑だった。
先輩曰く、『ああいうこと』があった後には、色々と面倒なことが起きるから、外に出ない方がいい、とのこと。だから、お前は舞魅ちゃんの護衛をしろ、と。実に曖昧な言い方だが、そこら辺はまぁ、色々とあるんだろう。
「実神くん?」
「ああ、ごめん。えっと、そうだね、嬉しいよ」
「本当?」
「うん」
「そっか。よかった」
またも嬉しそうな表情を浮かべる彼女。
まだ何も知らない彼女。
自分が狙われる理由も、僕が護衛につく理由も、また、記憶喪失になった理由も、何もかも―――
知らない彼女。
こんなのは一種のハンデだ。サッカーで11人対15人で勝負するようなものだ。
そんなハンデを背負いながらも、彼女はとても幸せそうだった。彼女は、幸せであるべきだと、そう思った。
「岡後さん」
もう一度彼女の名を呼ぶ。
「僕って、普通の人間だよな?」
「え、うん。多分、そうだと思うけど」
「でも、岡後さんは普通じゃないよね」
「うーん。うん。そうだね。記憶喪失にあったから」
自分の身のことなのに、軽く言ってみせる彼女。
「僕には、岡後さんが普通の人間にしか見えないんだよ」
「……………」
「つまり、岡後さん。僕はこう言いたいんだよ。”記憶喪失ってのは、本当なのか”って」
「それは」
少しだけ表情を曇らせて。
「本当だよ。私、春休みより前のこと、何にも『知らない』から」
「けど、自分の名前は知っていたよね?」
「うん」
「そこがおかしいんだよ。自分の名前が分かって、社会的なことは忘れてしまうなんてのは不自然なんだ」
「そう……なの?」
「多分……」
自信が無かった。僕も科学者というわけではない。ちょっと調べただけだし、それにその調べた内容自体が正しいとも限らない。
少しの沈黙が続いたが、その沈黙は、ドアを開け放つ音によって破られる。
「やあやあ高校生諸君。健全にしてるねぇ。お姉さんもお話に参加させてね~」
テンションの高い、私服姿の先輩が登場した。
「先輩、キャラが定まらないですね」
「気まぐれキャラって言えば通るだろ!いちいち文句をつけるな!舞魅ちゃんいじめるぞ!」
「本人前にしてそういう事言わないでください!ほら、岡後さん怯えてるじゃないですか!」
僕が指さすと、岡後さんはビクッと体を震わせた。
「お前が『先輩』なんて呼ぶからダメなんだ!今は『かすみたん』の時間だ!さぁどうする?今すぐ『かすみたん』って呼ばないと……」
先輩は震える岡後さんに近づいて――。
「唇奪っちゃおっかな~」
ニヤニヤしながら、自分の唇を岡後さんの唇に近づける。
「………やめてください、かすみたん……」
「それでよーし」
ダメだ。この人、真性の百合だ。僕は何よりも、この人から岡後さんを守るべきだ。
「百合じゃねぇよバーカ」
そんな僕の心も読まれていた。