#実神鷹 ―魔術少年― 6
「な、何が、起こって………」
岡後さんは半ば気を失いそうだった。まったくもって訳が分からないという様子。完全に混乱しきっていた。
「事情は後で。今はあいつをやるんだ。岡後さんはここから動かないで」
「う、うん」
彼女の返事を聞いたところで、僕は小束の方を向く。
彼は戦闘中だった。朝比奈さんとのバトル。両者は激しく動いていて、暗い公園では良く見えないほどだ。目が追いつかない。
と、思ったら、小束が動きを止めた。そうして、突進をかけようとしていた朝比奈さんも停止する。
「埒が明かねぇな、こりゃ」
小束が荒い呼吸のまま吐く。
「埒が明かない?おいおい、それは互いの力が均衡している時に使う言葉じゃないか。今は不適切だ。”負けムード”にでも修正しろ」
「ふんっ。口が達者な女だぜ、こりゃ」
「勝手にほざけ」
朝比奈さんは軽く鼻で笑った後、おい実神!、と僕に呼びかける。
「そこの鉄パイプ使え。あるだろ、それで二人でこいつをやろうぜ」
「……僕に小束を殺せと?」
「死なねーよこいつは。だから大丈夫だ」
「本当ですか?」
僕が怪しいと言わんばかりの目をすると。彼女は。
「いいから早くしろって!9時からドラマ始まんだよ!」
また訳の分からないことを。そう思いながらも、渋々鉄パイプを手にする。しかし、何故鉄パイプなんかが公園に?
『あたしがさっき作った!』
どこからか、そんな声が聞こえた。これは、朝比奈さんのテレパシーだかか。
僕は鉄パイプを構える。野球のバットの構えの要領で、両手で鉄の塊を握る。ひんやりとした、金属独特の冷たさが手のひらに伝わってきた。そして、左足を一歩、前に踏み出す。
「始めようか――」
朝比奈さんの声で、また二人が動き出した。良く見ると、二人とも獲物を持っている。小束は僕と似たような金属の細長い棒のようなもの。そして朝比奈さんは、ヌンチャクだろうか。射程距離としては、小束の方がやや長い。だが、朝比奈さんの方は隙が少ない、リーチの短い攻撃だ。多分あれが朝比奈さんの体に一番あっているのだろう。
それにしても、二人とも早い。
目で追うのが大変だ。正直、僕は何をしたらいいか分からない。この素早く動く二人の中に入って戦えるほど、僕は俊敏ではない。一体どうすれば。
「実神、くん」
岡後さんの声だ。
「どうしたの?」
「あ、あの二人、な、何を……何をして、るんで、すか?」
声が怯えていて、はっきり発音ができていない。そりゃそうだ。目の前でこんな人外バトルを見せられたら、僕でも精神がおかしくなりそうだ。
あれ、僕でも?
僕でも。
何で僕は今普通でいられるんだ?
『お前は今日から、こういう体験を飽きるほどやることになる。お前はその度にそんな戯言を並べるのか。ふざけるな。』
頭の中であの言葉がリピートされた。
僕は今日から、こういう体験を飽きるほどやることになる。
それはつまり―――彼女、岡後さんもそういうことになるんだろう。
岡後さんを狙って誰かが近づいて来、それを僕が防ぐ、守る。
これを何回も繰り返すと、つまりはそういうことだろう。冷静になって、やっと意味が分かった。
僕は知らない間に覚悟を決めたんだ。
こういうことを繰り返す、覚悟を。
けどこれを、僕の目の前の少女に、果たして打ち明けていいことなのか。分からない。言わない方がいいか、言った方が良いか。どちらを選んでも後悔しそうな気がする。
僕が悩んでいると。
”僕の頭に向かって『鉄の塊』が飛んできた。”
「うおっ!」
体が自然に動く。反射だ。けどこれで間に合うのか!?鉄の塊は―――。
僕の頭にそ、れは命中しなかった。
鉄の塊は目と鼻の先、この場合本当に文字通りの意味で、目と鼻の先で停止していた。
浮いたままで―――。
「戦場で余所見をするとは、自殺志願にもほどがある」
そこには。
20代前半だと思われる男性が立っていた。スーツ姿。髪の毛はオールバック。身長は175くらいだろうか。その手には通勤カバンではなく、少し特殊な形をした入れ物が見られる。
「あ、あなたは……」
「だから余所見をするなと言っている。向こうを向け。俺は中田高丸だ」
最後に名前を付け加える形で自己紹介をされた。
「実神鷹です」
「知っている」
直後―――、体が硬直する。金縛りにでもあったのではないかというくらい、僕の体は動かなくなった。そして、脳内に膨大な量の情報を詰め込まれたようだ。頭が痛い。混乱状態だ。
「お前はこっち側の人間だ」
直後、僕の体は放たれた。
「行け」
男性の冷徹な言葉を聞き、僕はゆっくりと、対戦している二人の方向へ向かった。